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入団式再び

 3月。卒団式で卒業する安藤たち6年生とともに私も同級生たちより一足早く仲田を巣立った。桜の花びらが舞う校庭でみんなと最後に追いかけたボールをきっと忘れない。快く送り出してくれたみんなの顔を見て泣いてしまったことも。……それをからかってきた青葉のことも。


 そして4月。4年生へと進級し、ついにその日がやってきた。エスパーダジュニアの入団式の日が。新たな門出に相応しいよく晴れた空の下。エスパーダの本拠地である三保の練習場グラウンドに新メンバーとなる小学生12人が集まった。ちなみに清宮はセレクションで落ちたため引き続き仲田所属だ。


 意外なことだが、エスパーダジュニアは毎年12名しか取らないらしい。8人制サッカーの定員16名には4人足りない。U-10チームは12人でやるしかないが、U-12、U-11は下の学年から飛び級させて対応するとのこと。


 つまりうまくやれば今年からいきなり全国で戦えるかもしれないということ。これは嬉しい。真重氏との話の中でてっきり飛び級はないものだと思っていた。この点だけは仲田に較べて劣る部分だった。私にとっては。けれど、まさか積極的に飛び級を推奨するような制度になっているとは。これは何としても初っぱなからアピールするしかない。


 などと前向きな気持ちになって自分を誤魔化していたけれど、さすがに気になる。周囲のひそひそ話が。


「おい。あれが例の———」

「エスパーダジュニア始まって以来初めての女子選手だってよ」

「本当にあいつ凄いのか? そんな風に見えないけど」

「馬鹿。先輩たちがボロカスにされてたの見てないのかよ」

「いや、見たけどさ。でも———」


 などなど。遠巻きに取り巻いて小声でやり取りしている。みんなそれなりに知り合いらしい。まあ、そりゃそうか。大会とかでよく会ってるだろうし。私はずっと3学年上のチームでやってたから全く面識ないけどね。


 一方的に私のことを知られているらしいのは良いことなのか悪いことなのか。




 監督やコーチ陣からの挨拶が終わると、早速最初のイベントが始まる。午前中はフィジカルおよび基礎技能のテストだ。50m走。2kmのマラソン。反復横跳び。走り幅跳び。垂直跳びなどの各種体力テストを行った後にはコーンやマーカーを置いてのドリブル。各種キックなどサッカー寄りの基礎技術をテストした。


 全力でやるにはやったけど評価はどうかな?




 ◇◇◇




「東雲の記録はどうだ?」

「あ、小津間監督。ランニング系の記録が上がってきてます。ご覧になりますか?」

「ああ。頼む」


 私が鳴り物入りで入団させた東雲美鶴。その一発目のフィジカルテストを今日やるとのことだったのでこうして三保まで足を伸ばした。さてさて結果のほどはどうか。


「これが50m走の結果です」

「ふむ……早いには早いが精々学校の学年で一番というレベルだな」

「ええ」

「スプリントでうちの選手が置き去りにされるシーンが多かったからもっと早いと思ったが」

「はい。わたしたちも不思議に思ったので映像で確認してみました」


 そう言ってノートパソコンを見せてくれる。再生されるのは二つの。いや一つの映像。


「これは?」

「二つの映像を無理矢理縮尺を合わせて一つにくっつけたものです。下が東雲。上が去年の全国小学生男子陸上100mのファイナルです。見てください」

「なんと……」


 映像に映るのはスタート直後から映像上半分の選手たちの先を走る東雲の姿。スタートで先を行き、二歩目からの加速勝負で突き放し、やがて追いつかれ追い抜かれた。


「東雲はとにかくスタートの飛び出しが早いんです。そしてトップスピードまでの加速も異常に早い。トップスピードそのものはほどほどですが。無理矢理映像をくっつけているので誤差はあるでしょうが10m走なら日本最速の小学生ということになります。しかもスターティングブロックなしのスタンディングスタートでですよ」

「サッカーのピッチはハーフだいたい50m。3分の1なら35mくらいか。その中で10mに限れば最速ということは」

「アタッキングサードでの飛び出しはほぼ無敵でしょうね。そのまた半分の大きさしかない8人制コートなら言うまでもありません」


 なんという選手だ。二人して東雲の見せた能力に戦慄していると、他の検査を担当していた人間が更に裏付けるデータを持って走ってきた。


「東雲の跳躍力系の結果が上がりました! 小津間監督。見てください!」

「どうした。東雲がどんな結果を出したんだ?」

「全国小学生の……新記録です。走り幅跳び。……垂直跳びもとんでもない記録が出ました」


 然もありなん。これではっきりした。東雲美鶴の瞬発力系の運動能力は圧倒的だ。これが下半身だけのものとは思えない。上半身も同様だろう。これらがあの謎のフィジカルの強さを支えている主因と見た。それにしても。


「陸上界に持ってかれなくて本当によかった」

「まったくです」




 ◇◇◇




 午後からは6人6人に別れてのミニゲームだ。GK以外は適当にばらけてポジションに着く。私は仲田の時と同じ左SHへついた。2-2-1のフォーメーション。人数が少ないのですぐにグチャグチャになるだろうけど。


「このミニゲームでは特別ルールを設ける。一人の選手がボールに連続で触れて良いのは最大3タッチまでだ。3タッチ目には必ずパスもしくはシュートを選択しろ」


 とはこの試合を仕切るコーチの指示だ。ショートパスで試合を組み立てるエスパーダ流に適応させるためなのだろうけど……ドリブルが封じられるのは面倒だな。まあ、やれるだけやってみよう。



 こちらからのキックオフ。私とCFがセンターサークルに入る。CFが蹴ったボールをダイレクトで右SBへ。二人のSBの間でパスを交換しながら持ち上がる。


 過度なボールタッチを禁じられていることから、敵は積極的にパスコースを切りに来る。その上でボールホルダーへプレスに来た。一気に試合の速度が上がる。


 ボールキープを封じられた味方を助けるため、素早くパスコースがつながる位置に移動しないといけない。それを相手も塞ぎにくる。当然だ。パスさえ封じれば攻守が交代するのだから。


 要所でのオフ・ザ・ボールの動きどころか、常に移動し続けることになる。敵も味方も。期せずして、全体が動き続けながらショートパスをつなぐバルサのようなプレーとなった。


 ダイレクト・ワンタッチ・ツータッチでよくパスがつながる。さすがテクニック重視で選手を選んだだけのことはある。敵も味方も全員が全員高い技術を持っていた。感覚的には4年生にして、仲田の去年の主将、安藤の6年生時のテクニックと同程度がやや上だ。


 けれど問題もあった。攻めきれないのだ。最後の一線。ディフェンスラインを食い破るために居て欲しいところへ味方選手がいない。意思疎通ができていなかった。今日初めて組んだ面々なんだから当たり前だが。


 ボールキープが許されれば、味方が飛び込むまでのためを作ったり、敵を複数引きつけてスペースを作ったりと修正する余地があったのだろうけど。これを打開するには何かアイデアが必要か。



 いいよ。やってやる。



「へいッ!」


 パンパンとボールがつながった先、CFを追い越して敵陣深くへ踏み込み、パスを要求する。すぐに足下へ精度の高い早いパスが供給される。この辺り本当にやりやすい。


 が、敵側も能力の高い連中が揃ってる。ボールが届く前に素早くDFがゴールとの間に割って入って張り付く。仕方なくDFへ背中を向けてボールへのアプローチを防ぐ。このままDFを背負ってクサビになる。



 そう敵味方双方に思わせた。



 ボールが届く。爪先を底へ入れてボールを頭上後方へ跳ね上げた。ワンタッチ。


 ターンしてDFと体を入れ替える。DFの頭上を越えてきたボールをドロップ。ツータッチ。


 左足を振り上げる。再度落ちてきたボールを甲でミート。スリータッチ。


 ボレーシュートをゴール右隅へ突き刺した。得点を告げるホイッスル。味方から歓声が上がった。


 自陣へ戻る。その途中、パスをくれたCFが声を掛けてきた。


「ナイッシュー」

「そっちこそアシストありがと」

「お前本当やべえな。なんだあのボレー」

「あはは。……それより。これでスペースが空くよ」

「……おう。任せとけ」


 この察しの良さ。本当にやりやすい。……でもなぜか少し悔しくもある。こういう関係が仲田でも築けていれば。ここに私はいなかったかもしれない。そんな後ろ向きな思考を振り払って走り出す。


 さぁ。一本止めて、もう一点だ。


 そう意気込んだ矢先。なぜか私だけ許容されるタッチ回数が減らされた。解せぬ。




 敵の小気味良くつながるショートパスに振り回されながらも最後の一線を守って段々と追い込んでいく。まず第一にフィニッシュを妨害し、許されたボールタッチの回数を消費させ、唯一残したパスコースに罠を張る。


 苦し紛れに出されたパスをスパンと味方がインターセプトした。攻守のスイッチが切り替わる。すぐに出されるショートパス。私の足下にボールが来て。それをダイレクトでフィード。


 何もショートパスだけにこだわる必要はないよね。サイドチェンジしたボールを逆サイドのSHが追いかけてドロップ。大きく展開したおかげでフリーになっている。前に落としたボールに追いついて再度前へ出す。そしてスリータッチ目でアーリークロスを上げた。


 ボールはファーサイドへ。フィードの直後からスプリントしていた私の前へ落ちてくる。DF2枚が寄せてくる。シュートコースを消しながら。


 これまで敵も私たちも相手へバランス良くプレッシャーをかけていた。ボールキープに制限がある以上、ボールホルダーへの圧力は自由にプレーさせない程度でよく、パスコースを塞ぐ方がより重要だったからだ。


 けれど先ほどのゴールで私への警戒度が跳ね上がった今、そのバランスが崩れた。私へのプレッシャーを強めた分、空く部分が出てくる。ただでさえカウンターからの早い展開で戻りが追いついていない今ならなおさら。


 クロスボールをダイレクトで蹴る。選択はシュート、ではなく低く速いボールでの折り返し。想定外の事態かつ速いボールにDFは足も出せない。マイナス気味のグラウンダーがゴール前を横切っていく。そこに詰めてきた人間が一人いた。


 味方のCF。速い球をワンタッチでピタリと止めるとコンパクトに足を振り抜き、コースを突いて見せた。ホイッスルが鳴り、2ゴール目が生まれる。


「おっしゃぁッー!」


 ゴールを決めたCFがガッツポーズ。私に向けて手を振ってきたので振り返しておく。


 これで2-0。残り時間も少なく、このままゲームセットとなった。ミニゲームではあるけれど1ゴール1アシスト。エスパーダデビューとしてはまずまずじゃないかな。




 ◇◇◇




 本日最後のイベント。ミニゲーム。ボールタッチを制限した意味を早々に理解したのか、みなリズム良いショートパスとそれを受けるための小刻みな移動を繰り返す躍動感のあるサッカーを展開していた。


 けれどボールキープを封じられた状態で、同じく優秀な相手に対してショートパスでディフェンスラインを崩すためには、明確な目的の下に意識を統一する必要がある。今日初めて集まったメンツでいかにそれを実現するか。自発的にリーダーシップを取れるものが出てくるか。そしてそこに協力できるか。


 それが今日のテーマだ。それができなければ得点を取るのは難しい。だが、彼らなら。サッカーのエリートとして集った彼らならばきっとできるはず。



 期待を込めて見守る。が。



 ワンタッチでディフェンスラインの背後へ抜け出した東雲はツータッチでボールをコントロール。スリータッチ目で強烈なボレーシュートを叩き込んで見せた。


「なぜ、そこで個人技で打開する…………」


 なぜできてしまえる。いや。もちろん東雲を取ったのは組織の力だけでは打開できない場面を個の力で覆すためではあるのだが。だがそもそも個人技を封じるためにボールキープに大幅に制限を付けたんだぞ。いくら何でもそれは予想外だ。


「……あはは。東雲は凄いですね。……とはいえこれではこのミニゲームの目的が果たせませんが」

「東雲のボールタッチ回数を1回……いや2回減らせ。ここからはダイレクトのみだ」

「やむを得ませんか。伝えてきます」


 ダイレクトプレーしか許さないのはさすがにどうかと一瞬思ったが念には念を入れる。ともかく。これで東雲の個人技は封じられた。否が応でも組織で組み立てるようになるはずだ。


 だが。


 東雲にボールが渡るとダイレクトにロングパス。逆サイドのSHが前に運んでアーリークロス。これを全速力で最前線まで駆けた東雲がディフェンスを引きつけながら更にダイレクトに折り返し、フリーで受けたCFが押し込んだ。ここまで僅かパス4本。相手に体勢を整える間を与えぬ電光石火のカウンターだった。



 見事。実に見事だ。……だが違うんだ。この時間は組織でじっくり崩して欲しかったんだ。




「結局勝敗を分けたのはビッグプレーヤーの有無でしたか……」


 頭を抱える私の横で、しみじみと呟くコンディショニングコーチ。


「頭が痛いな。このままだと東雲のワンマンチームになりかねん」

「良くも悪くも東雲の影響力が大きすぎますからねぇ」

「東雲はU-12に飛び級させる。U-10では基本控えだ。まずは東雲抜きでチームとして成立させないと、どんな場面でも東雲に頼るようになりかねん」

「ディエゴと他10人ですか」

「ただ勝利を目指すだけならそれでもありだが、ジュニアはあくまで育成だからな」

「ですね」


 2年後に向けた構想はいきなり躓くことになったが、これも嬉しい悩みというやつだろう。


ブックマーク1,000件突破ありがとうございます。

次は目指せ2,000件ということで引き続き応援よろしくお願いします。

ブックマークまだの人はこれを機会に登録してくれてもいいのよ? |ω・`)チラッ

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