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スカウト

 

「今日は突然お邪魔しまして申し訳ありません。私、エスパーダの真重と申します」


 鴇子と二人、家に帰ってきた私に来客を告げた母。手洗いを終えてリビングに入るとテーブルにはお父さんと母の他にもう一人、スーツ姿の成人男性が座っていた。彼は私の入室と供に立ちあがって出迎えると開口一番、名刺を差し出してきた。


『株式会社エスパーダ サッカー事業本部 強化部 スカウト課 ジュニア世代担当 真重弘文』


「エスパーダの……スカウトの人ですか。ということは」

「はい。美鶴さんは来年度から4年生ですよね。是非エスパーダジュニアに来ていただけないかとお誘いに来たんです」


 小学生相手に実に丁寧に話す人だ。サッカー関係者というよりビジネスマンみたいな。いや。実際はこの人もビジネスマンなのか。


「それは、セレクションに誘われているということですか?」

「いえ。そうではありません。美鶴さんには今更セレクションは不要と考えています。このお誘いはエスパーダジュニアの選手として来ていただきたいということです。特待生扱いとして指導料は免除。その他に遠征などの経費もエスパーダで負担します」

「特待生扱い……」

「はい。先ほどまでご両親にも説明させていただきましたが。我々スカウト部門は県内を始めとして全国の小学生サッカー選手について調査し、失礼ながら勝手に点数付をして評価をしています。その中で美鶴さんは同年齢の中で最高値、それも頭一つと言わず飛び抜けていると評価しています」


 全国の小学三年生の中で最高との評価。自分でもそれなりに自信があったが、プロの目で見てそう評されるのは素直に嬉しい。


「……ありがとうございます。だからこのお誘いを?」

「もちろんそれもありますが、それだけではありません。……美鶴さんはエスパーダの現U-12チームをご存じですよね」


 唐突に話題を変えてきたけれど何かあるのか。


「もちろん。一昨年や今年、それこそ直接対決でエスパーダには道を阻まれていますから」

「それを言うなら去年は美鶴さんたちにやられていますけどね」


 そう言って真重さんは苦笑する。そして話を続けた。


「現U-11チームやU-10チーム。そして来年新たに作るチームも同じコンセプトのもと編成する予定です。そのコンセプトに美鶴さんがガッチリと嵌まると考えています」

「それは———」

「ところで美鶴さんはスペインリーグをご覧になりますか?」


 一見、また話が飛んだように聞こえるが、ここで私は真重氏が何を言いたいのか分かった。


「見ますよ。お父さんも私もラ・リーガのファンですから。……白い巨人の方ですが」


 察して先回りした私に、再度苦笑する真重氏。


「これはこれは。でしたらライバルクラブのバルセロスもよくご存じですね」

「はい」

「私たちエスパーダジュニアはバルセロスとおそらく同じ方向を見ています。もちろん小学生なりのレベルではありますが。そしてバルセロスにはあって、エスパーダにはないものがある。つまり」


「リオネル・メッチ」


「そういうことです。私たちは貴女に彼の役割を期待しています」

「私にそこまでの能力があると?」

「間違いなくあります。というより、リーガの中でのメッチとU-10の中での美鶴さんを較べると、美鶴さんのほうが抜きん出ていると評価しています」


 ここで一度言葉を切り、こちらの反応をうかがってくる。メッチか。私の好きなロナードのライバルではあるけれど、神の子に例えられて悪い気はしない。


 けれど是非を応える前に、ここで一つ前から気になっていたことを聞いてみることにした。


「エスパーダのポゼッションフットボールはライカーノルトのバルサから着想を得たんですか?」

「いいえ。私たちのあのサッカーはライカーノルトではなく、むしろ昨年からのベッブのものと同種です。そして私たちはベッブ・バルセロス登場の1年以上前からポゼッションフットボールに取り組んでいます。むしろ私たちこそがポゼッションフットボールの元祖」

「そうなんですか!?」

「といいたいところですが違います。実は日本国内に2003年頃から既にポゼッションフットボールに取り組んでいるところがあったんです。柏のアカデミーなんですが。それを見て、うちでジュニアから一貫して取り組んでみようと」

「はぁ……なるほど」


 なんと。バルセロスが世界に衝撃を与える5年も前から同じ事を考えていた人が日本にいたとは。実に驚いた。


 そんな私を見て楽しそうにしていた真重氏。けれど本来の役目を思い出したのか、話を前に進めるべく切り出してくる。


「それでいかがでしょうか。エスパーダに来ていただけますか?」



 もともと四年生からのエスパーダへの移籍は考えていたことだ。「もちろん」と答えようとして、ふと、本当に何気なく頭にいくつかの顔が思い浮かんだ。監督やコーチ。清宮たち同級生に他のクラブのメンツ。そして———青葉。


 そして考えてしまった。私がいなくなってしまったら彼女はどうなるんだろう、と。



「どうしました?」


 口を開こうとして固まってしまった私に、訝しげに問いかけてくる真重氏。


「……その。エスパーダに行くの、五年生からじゃダメですか?」

「……エスパーダへの加入は新四年生のみとなっています。これは全国へ挑むU-12の時までにチームの連携を煮詰めるために必要な期間を確保するためです。例外はありません」

「…………」

「それに指導する人間や環境も最高レベルに近いものが揃っていると自負しています。上を目指すのであれば一刻も早く来ていただくことが美鶴さんにとっても望ましいと。そう思います」

「…………少し考えさせてください」

「分かりました。こちらも答えを急ぎすぎましたね。じっくりと考えてみてください」


 今日の話はここまでになった。立ち上がり荷物をまとめて玄関へ向かう真重氏。


「確認したいことがあればいつでも連絡をください。良いお返事を待っています」


 そう言って去って行った。その背中を両親とともに見送る。そしてエレベーターホールに消え、見えなくなった頃。ぽつりと呟いた。


「……どうするべきかな。お父さん」

「美鶴が何を悩んでいるのかは分かるつもりだよ。でも、それは美鶴が自分で決めるべきことだと思うよ」

「そっか」


 そうだね。でも……厳しいね。お父さん。


「一つアドバイスするとすれば、どちらを選んでも正解ということはないと思う。美鶴がサッカーで何を目指すのか。何をしたいのかで選ぶべきじゃないかな」

「うん。わかった。よく考えてみる」




 ◇




 日付変わって月曜日。けれど昨日の影響は大きく、授業にもてんで身が入らないまま放課後を迎える。今日からクラブ活動も再開だ。のそのそと着替えて校庭へ出る。


 U-12チームで集まって練習をする。安藤、辰巳、後藤。そして他のみんな。このチームもあと残り僅か。私と青葉をのぞいてもうすぐ六年生はみな退団だ。


 その後は私たちは現在のU-11チームへ合流し、新U-12チームを形成することになる。青葉も私もずっと今のチームにいて、現U-11チームには一度も参加したことがない。


 これは、個人の実力に合わせて飛び級を許しつつもみんなが試合に出られるようにということで複数のレギュレーションに跨がっての参加はさせないという仲田のルールのためだった。新チームでの慣熟にはそれなりに時間を要するだろう。


 U-11チームは5年生が11人。4年生が5人で形成されている。特に発育のいい選手が3人いてディフェンスラインを形成しているため、守備はなかなかのものだが、ビルドアップと決定力に課題を抱えている。青葉が入ればパスの通りは改善されるだろう。けれど決定力については———


 そんなことを考えながら練習をこなす。すると練習後の着替えの最中、青葉から声を掛けられた。


「美鶴ちゃん。練習中心ここにあらずって感じだったけど、何考え事してたの?」

「え!? いえ。別に何も。普通に練習してましたよ?」

「うそー。明らかに今動揺したし、普通の美鶴ちゃんがタッツ先輩なんかにボールカットされるはずないじゃん」


 それは酷い言い草なのでは。辰巳に。


「もうすぐ先輩たちとはお別れなんだなぁって考えてたんです」

「あぁー。みんな六年生だからね。卒団式まであと2ヶ月くらいかな?」

「ええ」

「……でも。それだけじゃないよね?」

「え?」

「先輩たちの卒業は今に始まった話じゃないじゃん。今更急にそれが気になったりしないでしょ。他に何かつい最近あったんじゃない?」


 妙なところで鋭い。


「いえ。特には。実感したのが今日だっただけです」

「ううーん? 本当にそれだけ? …………ぺろ」

「ちょッ!? なんで急に私の頬を舐めるんですか!?」


 青葉の突然の凶行に抗議する私。けれど青葉は意に介した様子もなく問い詰めてくる。


「これは嘘をついている味だ。やっぱりまだ何か隠してるね?」

「嘘をついている味って。そんなの味で分かるわけないでしょう!」

「いーや。私には分かるね。ほら! お姉さんに洗いざらい話しなさい!」


 そんなことを言いながら飛びかかってくる青葉。腕を回し、私を羽交い締めにしながら脇腹を擽ってくる。


「ちょっと!? やだ! やめてって! 私そこ弱いんだから!」

「ならとっとと白状しなさい! この敏感さんめー!」


 打撃を加えれば簡単に振り払えるが、まさかそこまでするわけにはいかない。


「分かった! 分かったから止めて! 青葉!!」

「えー? もうちょっとミツルニウムを補給したいから、降参はもう少し後でいいよー?」

「今すぐ! 早く!」

「ぶー」


 しぶしぶと離れる青葉。ようやく解放され、ゆっくりと呼吸を整える。それを見計らって青葉が促してくる。


「それじゃあ聞かせてもらいましょう」


 仕方ないか。観念して本当のことを話す。


「昨日エスパーダにスカウトされた」

「うん」

「四年生になったら来て欲しいって」

「うん」

「驚かないね?」

「まあ美鶴ちゃんならスカウトされるでしょ。普通に。それで? OKしたんだよね?」

「…………」

「してないの?」

「返事は待ってもらってる」

「なんで? いい話じゃない」

「別に。このまま仲田にいてもいいかなーって」


 じっと私の目を見てくる青葉に居心地が悪くなり、視線を逸らす。


「美鶴ちゃんの夢の実現には行った方がいいんじゃないの?」

「何を」

「Jリーガー。になるんでしょう?」

「そうだけど……別に。仲田にいたって———」

「でもエスパーダに行った方が早いのは間違いないよね」

「それは……」

「回り道してる余裕なんてないんじゃないの?」


 分かってる。分かってるよ。そんなの。でも。


「見せてよ。私にも。女の子が本当にJリーガーになれるのか」

「なるよ! 絶対!!」


 思わずそう叫んでいた。そんな私の頭を青葉が撫でてくる。


「ああ。ほら。泣かないで。美鶴ちゃん」

「泣いてなんて———」


 青葉が私の目の下をそっと指でなぞる。その指には大粒の水滴が付いていた。


 あれ? 私なんで泣いて。


 自分でもよく分からない。けれど自覚するともうダメだった。後から後から涙が流れてくる。そのまま青葉の胸元にそっと抱き寄せられた。


「いつもはクールぶってるのに意外と泣き虫だよね。美鶴ちゃんは」

「……うるさい」


 なされるがままに時間が過ぎて。ようやく涙が収まったところで顔を上げる。そしてささやかな意趣返しを。


「でもいいの? 青葉」

「何が?」

「エスパーダが去年優勝したから、今年は静岡からは別にもう1クラブ全国に行けるよね。私がいたら全国行けたかもしれないのに」

「心配ご無用。美鶴ちゃんがいなくてもちゃんと私がみんなを全国に連れて行きますー」

「無理だね」

「無理じゃない」

「絶対無理!」

「絶対行ける!」


 互いに譲らない。角突き合わせてにらみ合う。


「じゃあ賭ける?」

「いいよ。また裸踊りしてもらうから」

「ふん。今度は美鶴ちゃんが裸踊りすることになるんだから。残念だわー。このナイスバディを披露できなくて。可哀想だわー。美鶴ちゃんの貧相なボディを晒すことになって」

「うっさい!」


 今世は。今世こそはCの大台に。前世よりも良い栄養状況や適切な運動でよりよい発育が望めるはず。


 この賭け事の結果どちらが裸踊りを晒すことになったのか。いや。それを語ることは蛇足だろう。




 ◇




「それで返事を聞かせてもらえるということだけど。いい返事だと思っていいのかな?」

「はい」


 次の休日。真重氏に連絡を入れた。こちらから出向くと行った真重氏に対して断りを入れ、両親とともにエスパーダ本社に乗り込んだ。観光スポットである美保にある社屋。どんなところなのか一度見てみたかったのもある。それと話を早くするため。


「でも入団するに当たって一つ条件があります」

「……うかがいましょう」


 何を言い出すのかと警戒するように身構える真重氏。


「小学校を卒業して、中学生になってからのことなんですが」

「なるほど。いえ、ご心配されずとも、私たちとしては卒業後は是非そのままエスパーダレディースのジュニアユースに入っていただきたいと」


 緊張を和らげる真重氏。ここだ。これは強襲だ。


「いえ。そうではなく。『エスパーダ』のジュニアユースに入れて欲しいんです」

「は?」


 予想通り一瞬何を言ってるのか分からずポカンとした顔をする。そして復帰すると。


「いやいや。ジュニアユース年代からは男女別でして」

「それは単なる慣例で、規則ではありませんよね」


 間髪入れずたたみかける。


「本気で仰ってるんですか?」

「もちろん。ジュニアユースどころかユースも。そしてトップチームでもレディースではなく『エスパーダ』でプレイしたいと考えています」

「13歳以降、男女での体格差は大きく広がっていきます。それを甘く見ては———」

「今も私は3つ年上といっしょにプレイしています。身長差20cm以上。体重差20kg近く。そんなの私にとっては当たり前です。でもフィジカルで対抗できないと思ったことはありません」


 言うべきことはいった。そろそろ話はいいだろう。締めにかかる。


「エスパーダ・ジュニアユースへの加入が認められない場合はこの話はお断りします」

「…………」


 絶句する真重氏。突き放すだけではいけない。ここで妥協する姿勢を見せる。


「何も見込みがないのに男子といっしょに使えとはいいません。実際に使ってみてダメだったらレディースでもなんでも行きます。ただ規定だからではなく試して欲しいんです」

「……私の一存では判断できません。監督たちと相談してきますので少々お待ちいただけますか?」

「もちろん。よろしくお願いします」


 退出する真重氏を見送る。その場で監督陣の意見を聞いてもらうためにわざわざここまで出張ったが、望み通りの展開になった。ソファーに身を預けて彼のもどりを待つ。両親が大人相手になんという交渉をするんだと驚きの目で見ていたが無視。まだ勝負は終わっていないのだから。


 やがて真重氏が帰ってきた。


「協議の結果が出ました。エスパーダ・ジュニアユースに加入後、5試合は無条件で出場してもらいます。そこで結果が出せなければレディースへ移籍していただきます。それでよろしいですか?」

「ありがとうございます。十分です」


 5試合も猶予があるなら十分だ。そこで暴れて以降の居場所を勝ち取る。


「それではこれからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 真重氏の差し出した手をガッチリと握った。


感想欄でエスパーダに加入しないというのが既定路線みたいになってて焦りましたw

このままじゃ感想に返信できないなと急いで書き上げた結果がこちら。

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