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姉妹

ちょいと箸休め的なエピソードを投下します。

 私が仲田サッカー少年団に入り早三年が経とうとしている。

 今の私は小学三年生。年齢も9歳となった。



 初年度からU-10チームに参加した私は以降、彼らに帯同してレギュレーションを毎年上げていった。昨年はU-11チームとして地区大会からフルに参戦した。


 県大会準決勝ではエスパーダU-11と再戦。ポゼッション対策として用意していたなんちゃってゲーゲンプレスを武器に挑み、なんと僅差で勝利を収めることができた。スペースに関する理解が必要な高等戦術だったけれど、前年のヤマハラA戦でスペースを意識させられたことが役立ったのだろう。ジャイアントキリングを成し遂げ、エスパーダの東海大会進出を阻んだのだ。勢いに乗る仲田は決勝にも勝利し、静岡1位として東海大会に乗り込むとそのまま優勝カップをもぎ取った。


 そして今年。U-12リーグを全勝で県大会へと進出した仲田は決勝戦へ進出し、そこでエスパーダU-12と雌雄を決することになる。都合3度目の対戦。再びゲーゲンプレスを繰り出した仲田。けれど二年の熟成期間を経て、より完成度を増したエスパーダのポゼッションフットボールは仲田のプレスをひらりひらりと躱し続けた。結果一方的なスコアでエスパーダに敗れ仲田の全国挑戦は終わった。チームメイトの安藤や辰巳はもうすぐ仲田サッカー少年団も卒業することとなる。余談だが、全国へ進んだエスパーダは衝撃的な結果を残し、優勝旗を静岡に持ち帰ることになった。



 そして年が変わり1月。正月休みは終わり小学校も始まったものの、まだクラブの練習は再開していない、そんなある休日の午後。清宮たちに誘われて自主練という名のミニゲームに行こうと靴を履いていた玄関で後ろから声をかけられた。


「姉さん」


 振り返れば後ろにいたのは妹の鴇子だった。日本に帰ってきた時にはまだ1歳だったこの子も今では3歳。来月には4歳になる。考えてみればこの体に転生した時の私よりもう数ヶ月ばかり年上なのか。この3年間弱で見た目はすっかり第三の猫娘と化している。当時の私よりも少し大きいかな。そして母によるお嬢様化計画により、ロングヘアーとなっている。天然パーマがかかったウェービーな感じ。同じくお嬢様化計画により私のことは『姉さん』と呼んでいる。『お姉ちゃん』ではなく『姉さん』が母的にはジャスティスらしい。


「何、鴇子?」

「サッカーしに行くの?」

「そうだよ。夕方には帰ってくるように言われてるけどね」

「私も行きたい。連れてって」


 なんですと?


「連れてって……鴇子もサッカーがしたいの?」

「そう」


 コクンと頷く鴇子。そういうことらしい。別に連れて行くのは構わないのだが一つ問題がある。


「お母さんはなんて言ってるの? お母さんは鴇子にあまりサッカーはさせたくないみたいだったけど」

「ママは関係ないわ。私が何をするかは自分で決めるの」


 お嬢様化計画の弊害か、鴇子はこの年にして立派なプライドを持った一個の人格として確立してしまっている。つまり…………わがままだ。これは何を言っても聞くまい。


「まあいっか。じゃあ運動しやすい格好に着替えておいで。私はここで待ってるから」

「うん!」


 鴇子はパタパタと家の中へと駆けていった。




 ◇




 先に公園に来ていた清宮に声をかける。


「清宮。来たよー」

「おう。……うん? 今日は妹付きか?」

「うん。鴇子もサッカーをやってみたいって言うから。いいよね?」

「ああ。もちろん。よろしくな」

「……よろしくお願いします」


 鴇子を連れてきたことに驚いていたようだけど軽く受け入れてくれた。クラブのイベントで両親の付き添いが必要だったりした時に鴇子も連れてきていたので顔見知りではある。軽く挨拶を交わしていた。


「じゃあ、ちょっと鴇子と軽くボール蹴ってくるね。それから合流するから」

「おう。こっちは適当にやってるわ」

「おいで。鴇子」

「うん」



 距離を取って二人向かい合う。インサイドで軽く蹴って渡してやる。鴇子もそれをインサイドで止めた後、改めてインサイドで蹴ってくる。特に歩かされることなく足下に来た。


 ふむ。ダイレクトで蹴り返してくるかと思っていたけどまさかしっかりトラップするとは。


 驚きを隠し、パスを続ける。ボールが私たちの間を何度か往復した。


 うん。思ったより様になっている。


「鴇子。お父さんとかとサッカーの練習してた?」

「してない。今日が初めて」


 マジか。


「トラップとかどこで覚えたの?」

「姉さんが試合中にそうしてたから真似しただけ」


 なんですと?


「……他のこともできる?」

「たぶん」


 もう一度パスを出す。すると鴇子はダイレクトに蹴り返してきた。インステップキックで。


「うん。それじゃあこれはどうする?」


 今度はふわりと浮かせた球を送る。それを鴇子は胸で落とすとまたもインステップキックで蹴り返してきた。私の足下に収まる。……なんともはや。


 人生最初のボールタッチでこれか。我が妹ながら———いや。妹だからこそ面白くない。だれが言ったか『姉より優れた妹などいねぇ』名言だと思う。たやすく追いつかれるわけにはいかない。今の私はもちろん当時の私にも。


「じゃあ、これはできる?」


 ボールを跳ね上げると足・頭・足と3回ずつリフティングしてから鴇子へ送った。受け止める鴇子。早速チャレンジする構え。ボールを浮かす。足でトスして1回、2回。バランスは崩れ3回目で明後日の方向へ飛んでいった。さすがにこれは無理だったか。よし。


「むー」


 不満げに唸りながらボールを追いかけて、繰り返し挑むもどうしても3回の壁を破れないご様子。どうやら運動神経は抜群にいいようだが、繊細なボールコントロールはまだまだこれからだろう。まあそもそも今日初蹴りだけど。




 ◇




 その後、清宮たちに合流してミニゲームを行った。4対3の変則的な組み合わせだけど、まあ問題あるまい。あくまでお遊びだ。けれど鴇子はチームに混ぜてもやはり、そこそこ様になっていた。さすがに9歳児とためを張るとまでは言わないが、穴という穴にはなっていない。その存在はちゃんと数的有利として作用していた。私の影響か、スペースがあるとすぐにドリブル突破したがるのが玉に瑕だが。


 だからだろう。そのトラブルは起こるべくして起こった。ドリブルで清宮に突っかける鴇子。清宮が足を伸ばしてボールをはたいた後、止まれず自分から足を引っかけて倒れてしまった。べしゃりと勢いよく。


「す、すまん。大丈夫か!?」


 みんな駆け寄る。慌てて助け起こす清宮。鴇子を立たせて砂をはたく。そしてケガがないか全身を確認しようとして一歩後ろずさって離れた。顔を赤くする鴇子。これは泣くか———そう思った次の瞬間。



 鴇子が宙を舞った。



 そして頭から清宮に激突した。その鳩尾に。まさかのロケット頭突きだった。どこかから『ドッコイ』というかけ声が聞こえた気すらする。


「げふッ」


 搾り出すようなうめき声をあげ膝から頽れる清宮。土下座みたいなポーズになった。いかに三歳児とはいえ、体重は15キロくらいある。そんなものが加減なく鳩尾に激突したなら、それはそうなる。


 そして身動きできない清宮をよそにサッと立ち上がると、足を振り上げ追撃を加えようとする鴇子。


「ちょッ!? 何してるの、鴇子!? ダメッ!!」


 頭突きの瞬間にはあっけにとられて反応できなかったが、慌てて取り押さえる。


「何って仕返し」


 鴇子はそう言いながらなおも攻撃しようと拘束から抜け出しを図る。どうやら顔を赤らめたのは泣く衝動ではなく、怒りの攻撃色だったらしい。


「仕返しって。そんなのしちゃダメに決まってるでしょ!」


 そもそも仕返しにしたってやり過ぎだ。けれど鴇子は何を言ってるのか心底分からないとでもいいたげなポカンとした顔をしながら首を捻る。


「ダメってなんで」

「スポーツはルールに従ってやるの。勝手に反撃しちゃダメなの」

「ルールは守ってるよ」

「はぁ?」

「めにはめを。はにははを」


 なぜそこでハンムラビ法典。というかどこでそんなの知った。過剰報復をしかけたのは清宮のことを自分より下の階級だと思ってるからか。などなど一瞬で多数の疑問が噴き出したが、とりあえず。


「それはサッカーのルールじゃないから」

「そうなんだ」


 ひとまず納得したらしい。ようやく矛先を収めてくれた。


「…………なんて恐ろしい姉妹だ」


 なぜ私をひとくくりにする。納得いかない清宮の呟きだった。




 ◇




 結局サッカーどころではなくなり、そこでお開きとなった。まあちょうどいい時間だったのもある。鴇子と手をつないで家路を辿る。今日明らかになったのは鴇子の希有な運動神経と、そして思わぬ攻撃性。


「……たぶん鴇子にはサッカーは向いてないと思うよ」

「うん。もうやらない。反撃しちゃダメとか意味分からないし」


 報復で暴力振るっていいスポーツなんてあるか!


 どう考えても私よりよっぽど凶暴だと思う。この猫娘はペルシャでもアビシニアンでもなく虎だ。残念ながら母の鴇子お嬢様化計画は近く頓挫するだろう。どうやら私と同じく、強靱・頑健な特異体質でもあるらしいし。お父さんと母の組み合わせからは猛獣系娘が生まれる定めなのだろう。危険な配合というやつだ。


 鴇子に向いている競技は格闘技くらいだろうか。あるいはテニスみたいな個人競技かつネットで対戦相手と隔離されたスポーツならワンチャンあるかもしれない。ラケット投げつけそうで怖い気もするが。


 そんなことを考えながら歩いているとやがて家に着いた。


「「ただいまー」」


 家の奥へ向かって一声かけて靴を脱ぐ。そうしていると奥から母が出てきた。


「お帰りなさい。美鶴にお客様が来てるわよ。手を洗ったらリビングにいらっしゃい」

「お客? うん。わかった」


 確かに玄関に見慣れぬ靴が一揃い。成人男性ものだ。知り合いではないと思うが果たして誰が来たのか。洗面所を経由してリビングへと向かった。

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