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静岡最強(後半戦)

 

「ここまでは上手くいってますね。小津間監督」

「そうだな」


 コーチの山城がそう声を掛けてきた。そう。ここまではこちらのプランニング通り上手く回っている。後半から仲田は適切な手を打ってきた。プレッシングの多用によるビルドアップの阻害とゴール前の守備ブロックの堅持。初めて見る戦術だろうにたいしたものだ。仲田の首脳陣はよほどサッカーIQが高く、戦術論に明るいのだろう。


 けれどどれほど首脳陣が有能でも実際にプレーするのは選手たちだ。仲田の選手たちがいかに果敢にプレスをかけてこようが、うちの選手たちにとってただ躱してパスをつなぐだけならたいした問題ではない。何しろテクニックで上回っているのだ。


「唯一懸念してた13番にもここまで仕事をさせていませんし」

「そうだな」


 そう。唯一危険視していた敵の一年生エースには対策を施している。ビルドアップの最中には彼女がいるエリアは必ず避ける。唯一マッチアップで負ける部分だからだ。そして相手の攻撃では彼女自身ではなくその一つ前で潰す。あれはおそらく止めようとしても止められない類いの選手だ。なら答えは簡単。そもそも走り出させなければいい。


 サッカーは11人。いや、8人か。いずれにしてもチームでやるスポーツだ。一人の強力な選手の存在だけでひっくり返せるものではない。他の7人が勝っているのなら十分封殺可能だ。けれど。


「だが、このままでは終わるまい」

「まさか? いくらなんでもそれは……」

「真に規格外の怪物というのはそういう存在だ。一人で戦略的・戦術的優位を凌駕する」


 仲田の13番。彼女が本物だというならこのまま予定調和で終わるなんて事はないだろう。終わっても欲しくない。そも、今回の試合のエスパーダにとっての目的は彼女の見極めにあると言っても間違いないのだから。



 そう言ってる先から試合が動いた。仲田のDFが懸命にボールをカットした。おそらく10回に1回の僥倖。そして大きく縦に蹴る。ろくにコントロールせずただ右サイド奥へ放り込んだ。彼女のいるエリアに。


 ダッシュ勝負だ。だがここで味方のSHがいい仕事をした。彼女のマークに付けていた右SHが彼女の進路に体を入れた。一瞬の妨害。さらに自分は置いていかれる。けれどこれで味方の右SBが早く追いつく。


 だが。


「ふん。小学生のくせにかわいげのないプレーをする」


 間に合わないのは決定的になったというのに、スピードを緩めるどころかさらに加速して見せた。こちらのSBにプレッシャーをかけるためだ。焦ったSBは高くから落ちてくるボールをバウンドさせてから押さえればよかったものをダイレクトにトラップに行ってしまう。


 結果ドロップが大きくなる。そこを抜け目なく詰めていた13番に刈り取られた。そのままSBを置き去りにする。ディフェンシブサードを越えてさらにペナルティエリアへ。ドリブルで食い込んで来た。


 前からはCB、左前方からはもう1枚のSB。後ろからは先ほど抜かれたSBとCH。瞬く間に包囲網が形成される。



 さあ、これをどう躱す?



 けれど13番の選択はどれでもない、抜かないというものだった。迫るCBとの間にまだスペースがある間に一つ右へ切り返す。そして右足を振り上げる。インサイドでボールの側面を思いっきり擦り上げる。ミドルシュート。


 左SBの頭上を大きく越えたボールはそこから美しいアーチを描く。巻いて落とす。公式戦でミドルシュートを打ったというデータはなかったはずだがそんなのも持ってたか。東雲美鶴。全く底が知れん。


 GKへも一切のアクションをさせないそのシュートはみなが見守る先でゴール右上隅に予定調和のごとく突き刺さった。


 歓声に揺れるピッチ。それに応え、さらに苦戦を強いられてきた味方を鼓舞するように人差し指を一本突き上げてみせる。いっそう声援が加熱する。スター性も申し分ないか。


「決まりだな。東雲美鶴は本物だ。4年生になったら死んでも押さえろとスカウトチームに伝えておけ」

「はい」


 東雲美鶴は長ずれば間違いなく日本の、そして世界の女子サッカー界を一変させる存在になる。そんな選手が静岡にいたことは幸運だ。これでこの試合の目的は果たした。後は。




 こちらのキックオフで試合再開。敵のビッグプレーにもこちらの選手たちに動揺した様子はない。敵のプレスを寄せ付けないワンタッチのパス回しで前線まで運び、個人技で揺さぶった上で再度つないであっさりとフィニッシュして見せた。



 そうだ。それでいい。相手が怪物一人で一点取ってくるならお前たちは8人で一点返せばいい。それで差は縮まらないのだから。何ら臆する必要はない。




 ◇◇◇




 さっきの一点は痛かった。ようやく一点を返してさあこれからというところを手痛く挫かれた。士気が明らかに減じてしまっている。さらに興奮が引いたことでこれまで意識から遠ざかっていた疲労が押し寄せてきている。交代を繰り返し常にフレッシュな相手へプレスをかけ、パスを追いかけていたのだから仕方ないことではある。みんな肩で息をし、顎が上がってしまっている。


 ボールを奪えない。ボールを運べない。エスパーダの支配を破れない。私の所へボールがこない。残りも時間も僅か。ゲームセットの笛は刻々と迫っている。



 でも。嫌だ。負けたくない。

 私はプロの世界で戦う選手になるんだ。



 静岡最強? それがなんだ。私の前に立ちはだかるな!!



 いつかの感覚が私を内側から灼く。熱く熱く。衝動が私を突き動かした。



 エスパーダのシュートが枠を外れた。ゴールキック。プレーが止まる。そしてこちらからのボールで再開になる。


 ここしかない!


「よこせ!」


 自陣底まで降りてボールを要求する。待っててボールが来ないなら自分からもらいにいくだけだ。GKは驚いて目をまるくするも私の勢いに押されてボールを蹴った。


 背後に一枚張り付いた気配。予想外の事態だろうに対応の早いことだ。もっとも張り付いたのは失敗だけど。


 振り返りながら後ろに右足を軽く掲げる。GKから出た浮き球を掲げた右足のアウトサイドでちょこんと蹴り上げる。同時にスプリントをかける。張り付いていたCFの裏へ。同時に落ちてきたボールを胸で落として更に前へ。


 右視界外からCHがスライディング。ボールを刈り取りに来る。これはボールを浮かし、自分も小さく跳ねることで回避した。着地とともに更に前へ。


 ハーフウェーラインへ近づく。前方には右SH。腰を落として身構えている。右へ切り返すそぶり。相手も僅かに釣られた。その左へボールだけを通す。私自身はボールを視線で追ったSHの右側を躱した。トップスピードのまま走り抜けボールに追いつく。更に前へ。


 ハーフウェーラインを越えた。ゴールとの間にある障害はあとGK含め3枚。残りは他を警戒しているか、あるいは既に置き去りにしている。気にする必要はない。



 いける!!



 追いすがってくる連中を引き連れてディフェンスラインへ突っかける。先に出てきた右SBを細かいボールタッチに切り替えたドリブルでギリギリまで引きつける。我慢しきれず飛びついてくる。そこを左前方にボールを出して躱した。SBと体を入れ替えて抜き去る。前へ。


 前方にはカバーに入ったCB。ボールに追いついた。コイツを突破すればペナルティエリアでGKと一対一になれる。けれどもう相手との間に小細工を弄せるほどのスペースはない。



 最後は強引に行く!!



 縦にボールを出して自分も後に続く。これが逆に虚を突けたのか相手の反応が一瞬遅れた。けれど咄嗟に反転しながら肩を前に入れてくる。身をよじりながら無理矢理躱す。シャツを掴まれた。無視。それどころじゃない。


 GKが飛び出してきていた。体を投げ出して横倒しになりながら滑り込んでくる。ボールを浮かして逃がす。けれどこのままじゃ軸足も刈られる。


 気付くと軸足も地面を踏み切っていた。ボールとともに空中へ。けれどここで先ほどシャツを掴まれていたことが徒になる。空中で体勢が崩れる。ほとんど横倒しだ。このままじゃ着地できそうにない。更なる怒りの衝動が私の背中を押す。


 私の邪魔を———


「するなッ!!」


 空中で右足を振り切る。甲にしっかりとボールを捕らえた感触。その直後ピッチに転がった。勢いがついて何回転かした後、起き上がる。


 ボールはッ!?


 笛の音。ボールはゴールマウスの中に転がっていた。遅れて響いた歓声が追加点が入ったことを告げた。



 すぐにボールを抱えるとハーフウェーラインへと走る。もう一点だ。そうすれば同点。PK戦になれば結果はまだまだ分からない。ボールをセットした。


 試合再開の笛が鳴ってエスパーダがキックオフ。後ろに戻す。そしてが大きく前方に蹴る。時間稼ぎのつもりらしい。すぐに拾って———まだ先ほどの試合再開の笛が鳴っている。いい加減しつこい。とっくに試合は再開してるだろッ。


 それよりさっさとボールを拾わないと。なぜか誰も拾いに行かない。なんでッ!? いやいい。苛つくより自分で拾いに行った方が早い。そちらに駆けだして———


 直線上にいた青葉に押し留められた。




 ◇◇◇




「なに青葉!? さっさとボールを拾って攻撃しないとッ!!」


 抱き留めた美鶴ちゃんがガバッと顔を上げると私を睨み付けてくる。とても小一とは思えない強すぎる眼光。それでも。伝えないと。


「もういいんだよ。美鶴ちゃん」

「何がいいのッ!?」

「もう試合は終わったんだ」

「まだ終わってない! 何も!!」

「終わったんだよ。ほら試合終了の笛が鳴ってたでしょ?」

「え……?」


 何を言ってるのか分からないというポカンとした顔。そして口元が引きつっていく。


「何言ってるの、青葉? あれは試合再開の笛で……」

「そのすぐ後。エスパーダがキックオフした瞬間にもう一度長い笛が鳴ってたよ」

「嘘。……嘘、嘘!」

「本当だよ」


 そして険が取れた瞳に今度は大粒の涙が浮かぶ。そっか。美鶴ちゃんにとってはこれが初めての敗戦か。やっと子供らしいところ見せてくれたね。それでこれを受け止めるのが先輩としての私の役割。


「違う。だって私負けてない。エスパーダにだって全然負けてない」


 いやいやと首を振りながら訴える。ポロポロと涙がこぼれていく。ずるいなぁ。美少女は泣いていても絵になるや。


「そうだね。美鶴ちゃんは凄い。エスパーダの選手のだれよりも凄かった」

「だったら———」

「でもね。仲田はエスパーダに負けちゃった」

「あ……」


 そこできっと美鶴ちゃんは負けた事実を受け止めることができた。俯いて肩をふるわせる。その頭をそっと抱き寄せて自分の胸に押し当てる。汗臭くないといいなと思いながら。



 その後、まだ涙が止まらない美鶴ちゃんと手をつないだまま整列し挨拶を終えた。そのままミーティングに。反省すべきところを反省し、県大会でベスト4に入った健闘を称え自由解散となった。


 その後、みんな残って決勝を見届けた。決勝は反対のトーナメント表を上ってきたボールズとエスパーダ。結果はエスパーダが3-0で快勝。優勝を飾った。そして後日の東海大会へはこの2チームが進む。


 こうして仲田サッカー少年団の今年度の大会は終わったのだった。


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