表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/42

静岡最強(前半戦)

 黄色い津波。その光景に先ほどのミーティングでの監督の言葉を嫌でも思い出すこととなった。




「お前ら。さっきはアスラクラロ沼津相手によくやった。完勝だ。次はいよいよ静岡最強エスパーダだ。この勢いで次の試合も頑張ろう」

「「はい!!」」


 格上相手に圧倒した試合運びで士気が上がりに上がっている仲田選手たち。J1下部何するものぞと意気軒昂だった。さあ次はどんな試合をするんだと監督からの作戦を待ちわびている。


 待ちわびて、けれど監督がなかなか次の口を開かない。みんな焦らされ次第に困惑へと変わっていった。そこでみんなを代表してキャプテン安藤が質問する。


「監督。次の試合の作戦は? エスパーダとどう当たりますか?」

「うん。全力を出し切ろう」

「え……? いや。それはそうですが他に何か戦い方とかはないんですか?」

「ないな。正直な話なんも浮かばん。どうしたもんかな」


 いやいや。ぶっちゃけすぎでしょ。周囲は一転静まりかえってしまった。ここで士気を下げるようなことをしてどうするのか。周囲がざわざわしだす。


「……えーっと。監督はエスパーダのさっきの試合見てたんですよね? どんな試合だったんですか?」


 監督のポンコツな作戦立案能力に見切りを付け、ひとまず相手の情報を得ようとする安藤。監督は先ほど試合を決定付ける3点目を決めた後、私に交代を告げると後の指揮をコーチに任せ、一人エスパーダの偵察に行っていた。相手の直近の情報を持ってる唯一の人間だ。


「圧倒的だった」

「圧倒的?」

「ほとんど相手にボールを持たせることなく一方的に攻撃して勝ってたな」

「……そんなにですか」

「ああ。まるで黄色い津波のようだった。積極的なプレスと素早いパス回しでひたすらタコ殴りだ。実際スコアも4-0と一方的だった」


 4-0という明確な数字が出てきたことにざわつきは一気に大きくなった。ひそひそ話が始まる。


「エスパーダの相手ってSuzukiFCだったよな?」

「ああ。SuzukiFC相手に4-0かよ。今年のエスパーダはまじやべえな」


 なお、毎度の如く私は知らないクラブだったので青葉に聞いたところ、静岡の自動車会社サッカー部から始まったJFL所属クラブの育成世代チームで西部地区最強。ボールズと同格かやや強い程度のクラブとのことだった。


「…………他には何かありますか?」

「とにかく全員足下の技術がすごく上手い印象だったな。控え含めFP全員がボールズのCHに近いレベルだ。逆に意外だったのはフィジカルはそこまででもなかったことだな。どうやら今年はテクニック偏重でセレクションしたらしい」

「なるほど」

「とにかく全員がエース級で穴がない。おまけにそいつらがきっちり組織だって連携してやがる。こうなっちゃ付け焼き刃は意味がない。とにかく仲田のベストな形を全力でぶつけるんだ!」

「「……はい」」


 監督の発破にも力ないみんな。ミーティングが終わった後も、相手選手の誰々はトレセンに呼ばれてたらしいなど相手の噂話が飛び交っていた。そんな中私ひとりは相手選手の情報ではなく、先の監督の話の中に出てきたいくつかのキーワードが気になっていた。


『全員足下の技術がすごく上手い』『テクニック偏重でセレクション』『積極的なプレス』『素早いパス回し』『相手にボールを持たせることなく』


 キーワードからあるクラブの姿が浮かび上がる。でも、まさかね。その想像を一蹴した。




 ◇




 けれどそのまさかだったなんて。


 常に全員が動きながらコンパクトな陣形を維持してワンタッチやツータッチで素早くパスをつないでくる。うまく追い込んでもダメだ。少々無理なスペースで受けてもその確かな足下の技術で収めボールを失わない。そして無理に前に行かない。本当に危なくなれば最終ラインへ戻すことも厭わない。仲田は振り回されるばかりだ。そして振り回されてスペースが空いたところを絶妙な個人技で切り裂かれ失点した。


 逆に仲田ボールになってもいいところがない。エスパーダは組織的なプレッシングを主軸にFWからDFまで積極的にボールを奪いに来る。ちゃんとカバーリングまで考えた見事なプレス。仲田側は慌ててパスを出さざるを得ず、あえなくカットされた。奪えばすぐさまエスパーダ全員のスイッチが切り替わる。そしてパス回しによる揺さぶりの再開だ。とにかく仲田はボールを持たせてもらえない。一方的な試合展開が続く。


 こんな戦い方を私は知っている。スペインのとあるクラブを発信源に一時期世界中を覆ったサッカー。本家本元が操るこの戦術は評論家をして対戦相手をピッチ上から消し1チームだけで試合をしていたとまで言わしめた。


 ポゼッションフットボール。試合中全てでボールを支配し、相手になにもさせずに一方的に勝つという戦術。



 なんでこれをこの時代の日本の。しかも小学生のクラブがやってくる!? ベップ・バルセロスの登場もまだ一年先のはずでしょ!?



 静岡最強クラブが未来の戦術を駆使する。あまりに衝撃的だった。がむしゃらに事態打開を試みるが上手くいかない。数少ないこちらがボールを持つチャンス。そこで私までボールがこないのだ。


 私についているマークは一枚。常にボールホルダーと私の間を切るように位置取ってくる。この程度ならどうとでもなるのに。オフ・ザ・ボールの動きを繰り返し、マークを外しながら、歯噛みして味方を見る。


 エスパーダが私を封じるために取った方法は私自身を枚数を費やして止めるのではなく、その前。そもそも私にボールが渡るのを防ぐということだった。エスパーダは全体的に厳しくプレスに来るチームだが、CF・CH・CB・左SBにはより厳しくプレスに行ってる。それも左側面から私との間に挟まるようにプレスをかけることを徹底している。特にこのチームのパス供給源である青葉にはおそらく相手で一番守備に長けている人間がベッタリと張り付いて決して自由にプレーさせない。



 くそッ! このチームの押さえどころをよく分かってる!



 でもこんな徹底したハイプレスがこのままいつまでも続けられるはずがない。どこかで体力の限界が来る。その時こそ仲田の反撃の時。それまでは我慢———そう考えていた時、エスパーダのFWが枠を外しプレイが切れた。


 そのタイミングでエスパーダが選手交代をしてくる。一気に4人も。けれどそれでもプレーの質が落ちることはなかった。そう言えば監督が試合前にエスパーダのFPは控え含めボールズのCHと同格のテクニックを持ってるって言ってたっけ。


 これでスタミナ切れの望みはなくなった。むしろパスを追って走らせられるこちらのスタミナ切れを心配しないとならない。



 結局、私は一度もボールに触らせてもらえないまま、終了間際にもう一点追加され前半を終了した。




 ◇




 HT。後半に向けた戦術修正の時間。けれど選手も監督も押し黙り何も発言できない。それだけ一方的にやられた前半だった。スコアは0-2。エスパーダのボール支配率はおそらく80%を越える。ピッチ上に仲田の8人はいないも同然だった。スコア以上の敗北感がある。


「まさかここまでとはな……」


 監督が呟く。まさしく全員の思いを代弁した感想と言っていいだろう。


「……どうしたもんだかな」


 続いての呟きにも応えられるものはいない。彼らのあれはまさしくポゼッションフットボールだ。もちろん小学生なりの荒削りなものではあるけれど。そのコンセプト通りテクニックで勝る選手を揃えてきている。体力面での問題も何度でも交代可能な8人制サッカーのルールでなら克服可能だ。


 私の知る歴史でも08年に登場したこのスタイルが完全に破られるのは13年から14年あたりまでかかっている。そう簡単に敗れるものじゃないけどそれでも。諦めるなんて選択肢はないから。


「私たちも積極的にプレスをかけていきましょう。特に前から。相手に楽にビルドアップ指せてはダメです。それに前で取れれば一気にチャンスになります」

「それはいいが……。大丈夫なのか、体力的に?」

「私は大丈夫ですよ。補給食も用意してますし。辰巳先輩も大丈夫ですよね?」

「お? お、おう。もちろん。だよな? 新倉、後藤?」

「「おう!」」


 これでよし。やはり乗せやすい人間を最初に乗せるに限る。あとはゴール前だけど。もう時間がない。ピッチに戻る途中で安藤に耳打ちするにとどめる。


「キャプテン。後半相手がサイドを抉ってきてもバックスはゴール前に陣取って釣り出されないようにしてください」

「それじゃセンタリングが上げ放題になるぞ?」

「それは仕方ありません。でも相手はテクニック重視でキャスティングしてるだけあって電柱型のFWがいません。高さでならうちが勝ってます。単純に放り込まれるだけならそうそうやられないはずです」

「うん……」

「それより釣り出されてバックス間にスペースを作るほうがまずいです。そこに走りこまれて前半は失点してます」

「なるほど確かに。ある程度割り切るしかないか」

「ええ。それからボールを奪えたらすぐ縦にロングボールを縦に出すようにして下さい。万一奪い返されると危険です」


 本来のポゼッションフットボール対策なら、バックスが広がらない代わりにサイドのMFが低いところまで降りてケアするが8人制では駒が足りない。ハイプレスにカウンターの起点、それに加えてサイド深くまでSHがケアするのはいくらなんでもオーバーワークだ。ここは割り切りが必要だろう。



 これで打てる手は全て打った。それでも変わらず仲田が苦しい。伝えた対策は全て付け焼き刃だ。それ以上に何しろほとんどのマッチアップでテクニック的にはエスパーダの後塵を拝している。組織的な対策が上手くいっても各所で個人技を武器に打開を図られた時にはどうしようもなくなる可能性が高い。けれど後はみんなを信じるしかない。


後編は明日投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ