県大会決勝トーナメント初戦(後半戦)
「決勝トーナメント初戦の相手はアスラクラロ沼津に決まった」
「「ええー!?」」
大会二日目朝。トーナメントの組み合わせクジを引いてきた監督のその第一声にチームメイト全員からブーイングが上がる
「そうかそうか。そんなに嬉しいか。でもそれだけじゃないぞ。アスラクラロ沼津に勝てれば準決勝の相手はなんと。……分かるか安藤?」
「まさか…………エスパーダですか?」
「That’s Right! その通り。清水エスパーダU-10だ」
「「…………」」
「…………That’s Rightじゃねーよ」
今度は沈黙。相変わらず静岡県のクラブ事情に疎い私は今ひとつ周囲の反応に乗れない。なので横にいる青葉に聞いてみる。
「エスパーダはともかくアスラクラロ? でしたか。そこって強いんですか?」
「強いよー。J3のクラブの下部でね。エスパーダと同じく4年生からのセレクション制なんだ。トップチームの差か、さすがにエスパーダほどの選手層じゃないけど静岡県の東部地区では間違いなくNo.1。静岡県全体で見てもまあNo.2だろうね。ちなみに私たちが夏の大会で負けたイノセントFCを1次リーグでは2-0で破ってるよ」
「なるほど……ボールズより上なんですね」
「そうだね。アスラクラロにしてもエスパーダにしても4年生からのクラブだから、まだできてから半年ちょっとしか経ってないチームだけど。それでも……」
大会2番手と1番手に次々と当たるわけか。なるほど。クジ運がとてもとても悪い。みんなのブーイングも頷ける結果だ。
「ほれ。騒ぐな騒ぐな。これから俺がお前らにジャイアントキリングを起こすための秘策を授けてやるから」
「「…………」」
「な、なんだよ? お前らみんな、その疑いの眼差しは」
まあ素直な反応だろう。私もだんだん分かってきたが、私たちの監督は育成者としてはそれなりに優秀であっても、戦略家・戦術家としてはそこまでじゃない。これまでも画期的な作戦なんかはなかった。それが、いきなり秘策とか言い出されても……ね。
「全くお前らときたら。まあ聞け」
頭を振って気を取り直した監督がボードを片手に話し出す。
「アスラクラロ沼津U-10の今大会での基本フォーメーションは4-2-1だ」
「随分守備的なチームなんですね」
「そう思うか、東雲? だろうな。でもそうじゃないんだな。これが」
私の合の手にもったいぶってくる監督。うざ。
「アスラクラロ沼津のストロングポイントはこの二人。2番と5番の両SBだ」
「SBですか……」
「そう。こいつらは攻撃中はガンガン上がってくる。SBというより性格的にはWBに近いな。つまりアスラクラロ沼津は試合状況によって4-2-1から2-4-1。さらには2-2-3と超攻撃的なチームに変化するってことだ。一旦自陣に引き込んでおいてから怒濤のような厚みのあるカウンターを仕掛けて一気にゴールを脅かしてくるぞ」
「話は分かりますが、小学生が、それもできて半年ちょっとの急造チームがそんな高度な作戦を使いこなせるものなんですか?」
この私の問いかけに監督は口籠もり、なんとも言えない顔をする。なんだろう?
「……もっともな指摘なんだが、東雲に小学生の技術レベル云々を言われるとなんか凄い納得いかない感が」
どういう意味か。
けれど周囲もうんうんと頷いている。解せぬ。
「脱線したな。それで結論から言うとちゃんと形になってる。さすがセレクションで選ばれたエリートたちだな。ただ東雲の指摘の通り、まだ複雑な変化まではできないはずだ。だから」
「だから?」
「まずこのSBのうち右側。5番を封じる。そうすれば攻撃の起点になるのは一カ所だけだ。おまけに2番はスピードとスタミナこそお化け級だが足下の技術や攻撃力は5番やボールズの連中に較べれば一段劣る。安藤を中心に右サイドの二人で網を張れば絡め取れるはずだ」
「「おう!」」
となると後はどうやって肝心の5番を封じるかだけど。
「それで私が5番に張り付くんですね」
しかないよね。だけど———
「いや? 東雲には基本前線にいてもらうぞ?」
……え?
「え。でもそれじゃあどうやって5番を抑えるんですか?」
「抑えないぞ。あっちから勝手に自陣深くに引き籠もってもらうんだ」
「?」
私だけじゃなく、みんなの頭上に?マークが浮かぶ様が見える。
「なんだ。わからないのか? 本当に? そうか。分からんのかぁ」
やれやれとばかりに首を振る監督。端的に言ってくっそうざい。
「まず最初はみんなでなんとかアスラクラロ沼津の攻撃を防ぐんだ。そして新倉から前線で張ってる東雲へパスを入れる。するとどうだ。ゴールの間にはGKと後はDFが2枚から多くても3枚。辰巳にマークをつけることも考えると東雲をマークするのは多くても1枚から2枚。これならどうとでもなるだろう? なるべく派手にゴールを奪ってやれ」
あ。察してしまった。きっと他のみんなも。
「するとどうだ? 5番は東雲を警戒して前線に残る東雲を放置できなくなる。自然とオーバーラップできなくなるって寸法だ」
周囲からひそひそ話が聞こえてくる。
「あれって前の東雲封じだよな」
「パクリだ。ボールズのパクリ」
「なんだよ。あんな自慢ありげにしておいて結局パクリかよ」
「おかしいと思ったんだよなー。監督の頭から秘策が浮かぶなんて」
言いたい放題言うみんな。然もありなん。しかも最初に相手の攻撃をどう防ぐかについては結局精神論だしね。
「パクリじゃない! こういうのは応用って言うんだ! ほら、試合がそろそろ始まるぞ。作戦は以上だ。気合い入れて行ってこい!!」
「「はーい」」
◇
とそんな感じの試合前ミーティングだった。
「よしよーし。お前らよくやった。前半は満点のできだぞ。まあこれも俺の作戦があってこそだけどな」
「「ういーっす」」
狙い通りの展開になりご満悦な監督。それに対するみんなからの返事は適当だけれど、格上相手にリードしているだけあって不満そうにしている人間はいない。
「後半も東雲は高い位置で張れ。5番を相手コートに押し込めてプレーさせるんだ」
「はい」
「新倉、後半は更に東雲に警戒が集まるはずだ。周囲をよく見てアンバランスになってる部分をついて行けよ」
「はーい」
「安藤、今のところ上手く相手は嵌まってくれてるが、後半から少しは変化を付けてくるかもしれん。CFの挙動にも注意をしておけ」
「はい!」
「よし! このままアスラクラロ沼津に勝って、次のエスパーダの前に勢いをつけるぞ! 行ってこい!!」
「「おす!!」」
コートに戻る前に手に持っていたコンビニ羊羹の残りを口に放り込む。うん。くっそ甘い。でもこれで糖分の補充はばっちりだ。夏のボールズ戦を教訓に自転車競技でハンガーノック対策によく使われている羊羹を用意したんだ。試合前とHF用に試合数×2本分用意してある。
さあ、後半も頑張ろう。
◇◇◇
ああ、そんなに単調に行くんじゃないって。読まれてるぞ。もっと周りを使っていけ。……あぁくそ、取られた。
いや。そう言いつつも分かってるんだ。練習でしてないことがいきなり本番でできるわけなんてないって。俺たちはまだ結成して半年ちょっとの急造チームだ。まだまだ本領発揮するのはこれから。今は再来年の冬に全国へ行くための準備段階なんだってことは。
でも。でもさ。それでも俺たちは静岡の東部中からサッカーが上手いという理由だけで集まったんだ。それがエスパーダ相手ならともかく地元の街クラブなんかに負けるわけにはいかないだろう?
実際、先週の一次リーグでは問題なかった。中部地区優勝のイノセント相手だって楽勝だったんだ。それがなんで準優勝の仲田なんかに。……仲田なんかになんでこんな化け物がいるんだよ。
視線を切った一瞬のうちに視界から消えた。相方のCBが代わりに詰めてプレッシャーをかけてくれる。けれど苦もなくボールを収める。体を寄せてもはじき返す。足を出すのが事前に分かってるかのように逆を抜いてくる。
相方とデュエルしている間に戻る。デュエルを制したあいつと向き合う。まるで前半のあの時の焼き直しだ。でも今度こそ。目の前に迫ってくるあいつの顔。唇をぺろりと舐め、目を爛々と輝かせながら突っ込んでくる。
くそッ。ちょっとはビビれよ。
身長もガタイも遙かに上の男に対して正面から突っ込むか普通? ありえないだろ。俺の目の前にいるのは本当に小学一年の女子なのか? 猛獣の相手をさせられてるんじゃないか?
妄想を振り払う。俺の寸前で切り返した赤の13番。一歩ズレると縦に抜きに来る。
舐めるなッ!
咄嗟に俺も反転して体を寄せる。けど。俺の胸をつっかえ棒のように押す細腕があと一歩俺を踏み込ませない。なんでだ。なんでこんなの押し返せない。ボールへアプローチに行けないまま自分のスピードが緩むのを感じる。もうこれしかない。
◇◇◇
ピーッと主審の笛が鳴る。敵のSBに美鶴ちゃんが引き倒されたことによるファールだ。慌てて彼女に駆け寄る。
「だ、大丈夫!? 美鶴ちゃん!」
「うん。へーき。大丈夫だよ。青葉」
「よ、良かった」
「そんなことよりいい位置でフリーキックをもらえたよ」
「そんなことって……」
無意識にいつもの敬語が飛んじゃってるんだけど本当に大丈夫なんだろうか。転んだショックのせいなんじゃ? それとも戦闘モードに入ってるから? けれど私の心配をよそに美鶴ちゃんはボールを押さえて、笑みを浮かべながらゴールを睨んでいる。
「えっと、美鶴ちゃんFK蹴りたいの?」
「いいの? 青葉?」
笑顔をこちらにむけてくる美鶴ちゃん。かわいい。目が爛々としてるのがどこか野生動物的だけど。
「もちろん。美鶴ちゃんがもらったFKなんだから」
「ありがとう! それじゃどうしようかな? この距離だから……そうだ! あれにしよう!」
はしゃぐ美鶴ちゃん。超かわいい。そう言えば美鶴ちゃんのFKは初めてかも。いいアイデアを思いついたみたいだけど、どんなシュートを撃つんだろう。離れて見守る。
「なんだ。東雲にFK譲ったのか」
「美鶴ちゃんがもらったファールですし、蹴りたいみたいだったので」
同じくFK失敗の時には飛び込むべく、辰巳先輩が寄ってきた。
「東雲がFK蹴るのはこれが初めてか。どんなシュート打つんだろうな」
「楽しみですねー」
ボールからやや離れて仁王立ちの美鶴ちゃん。主審がホイッスルで合図を出す。そして———ってあの子!?
あろうことかおもむろにパンツの裾をたくし上げた美鶴ちゃん。両脚は剥き出し。股は食い込んでVの字になってしまっている。そしてそのまま助走すると全身をしならせて思いっきり左足を振り抜いた。
ボールは壁の上を越える。そしてそのままゴール右奥へ。けれどコースを読んでいたのかGKが飛びつく。両手を伸ばしキャッチング———ボールを押さえたかと思った瞬間GKがファンブルする。こぼれたボールはそのままゴールマウスを割った。
試合を決定づける3点目。拳を突き上げて歓声に応える美鶴ちゃん。慌てて駆け寄る。そしてズボンの裾を下ろす。
「もう! 何やってるの!?」
「?」
キョトンとした顔でこちらを見返してくる。何が? と言わんばかりだ。
「ズボンの裾を捲るなんてしちゃダメでしょ!」
「何で? 足がスムーズに動かせていいんだよ? これ」
「そうじゃなくて! あー! もう! はしたないでしょ!! 女の子がそんなことしちゃダメ! みんな見てるんだから!!」
「あはは。神経質すぎるよ。小学生の脚なんてみんな興味ないって」
「どこにどんなヘンタイさんがいるかわかんないでしょ! もう絶対やっちゃダメだからね!」
「えー?」
「えーじゃありません! そうしないと二度とFK蹴らせないからね」
「そんな。……ロナリスペクトなのに」
何かブツブツ言ってるけど無視。私の目の黒いうちはあんなはしたないこと許さないからね!
「よ。ラッキーだったな。ナイスゴール」
苦笑しながら辰巳先輩が寄ってくる。その言葉に美鶴ちゃんが不思議そうに返す。
「ラッキー?」
「GKがキャッチングをミスってくれたからな。まあセレクションで選ばれるようなGKにもたまにはあんなミスがあるか。運が良かったな」
「うーん? あれをGKのミス扱いにするのはさすがにかわいそうじゃないかな?」
「へ?」
「……あのシュート何かしたの。美鶴ちゃん?」
「うん。無回転で撃ったからね。手元で揺れるみたいに落ちたはずだよ。GKから見ると。だからはじいてもしかたないっていうか」
「……えっと無回転シュートって何?」
「ボールの中心1cmくらいかな。そこを正確に、かつ擦らずに押し出すように蹴るとボールにほとんど回転がかからないんだ。そうすると野球のナックルボールみたいに不規則に落ちる球になるんだよ」
「「…………」」
「パンチングで逃げてればよかったんだろうけど、ギリギリ手を伸ばせばキャッチできるところ狙って蹴ったからね」
「「…………」」
「だからGKは悪くないかなーって。……あ、監督が呼んでる。それじゃ二人とも。失礼します」
ペコリと頭を下げ、監督に呼ばれて去って行く美鶴ちゃん。どうやらこの試合はお役御免らしい。
「……あはは」
「……ははは」
残された辰巳先輩と二人、乾いた笑みを交わす。夏の大会でも思ったけどあの子のとんでもなさは本当にもう。それに本人が何でもないようにあっけらかんとしてるから嫉妬すらしようがない。将来の大物ってみんなあんな感じなのだろうか。
この後、美鶴ちゃんが下がったことで5番が息を吹き返す。本来の波状攻撃を取り戻したアスラクラロ沼津の猛攻についに仲田ゴールが割られる。けれど時既に遅し。限られた残り時間での抵抗はそこまで。試合は3-1、仲田の勝利で幕を下ろしたのだった。
実はこの対戦相手のモデルとなったクラブのトップチームはこの頃はまだ地域リーグ所属でJリーグには加入していません。というかそもそもJ3そのものがこの頃はまだありませんが。
その他にも探せばまだこの頃は小学生サッカーは8人制じゃないとか、エス●ルスもジュニアユースからだったとか色々ツッコミどころはありますが、創作の都合上ということでご了承ください。