県大会決勝トーナメント初戦(前半戦)
季節は変わって秋。
夏の大会で準優勝を果たした私たち仲田サッカー少年団は、中部地区代表として県大会へと挑んでいた。
県下の信用金庫がスポンサーとなって開催されるこの大会は、県を東部・中東部・中部・中西部・西部へと分割し、それぞれの地区予選から勝ち上がって来たクラブで争われる。
エリアが大きい東部・西部からはそれぞれ10チームずつ。中東部・中部・中西部からはそれぞれ4チームずつが上がってきている。
県大会初日はこの合計32チームを4チームずつ8つのブロックに分け、リーグ戦を行う。そして大会二日目にそれぞれのブロック一位を集め決勝トーナメントとなる。なお、この県大会の優勝・準優勝チームにはさらに上の東海大会への参加資格が与えられる。
我らが仲田サッカー少年団は、組み合わせのよさにも助けられ一次リーグを無傷で突破していた。そして大会二日目。決勝トーナメント初戦。
「美鶴ちゃんッ!」
私の足下にボールが入ってくる。敵の猛攻をなんとかカットした味方SBから青葉を経由して届けられた大切なボール。優しくトラップしながら前を向く。敵の右SBはオーバラップしていたため前が空いている。遠慮なくサイドを抉らせてもらった。
CB2枚のうち私に近い選手が張り出してくる。空いたスペースは残りのCBとSBがカバーして、変則的な3バック状態になっている。
ボールを持ったまま内側へカットイン。そうはさせじと詰めてくる右CB。一旦足を止めて向き合う。後方からは右SBが必死に戻ってくる気配。あまり時間はかけられない。でも。問題ないね。
私を1枚で止めようなんて。
虫が良すぎるその甘い考えをすぐに後悔させてやる!
左足でボールを前に出す。相手が足を伸ばせば届く距離。目線を正面の敵から切って中を確認。正面で動く気配。と同時に足裏で押さえてボールを引き戻す。伸びてきた足の一寸先をボールが転がる。
戻ってきたボールを左足の踵に当てる。以後のコントロールは右足に。右足の甲で押し出す。そのまま体も右へ。正面のCBにさよならを。
先ほど中を見やったことで残りのバックスはパスコースを警戒して動き出している。二重の誘いはうまくいった。ニアサイドはがら空きだ。そのスペースを食い破りつつ右足を振り上げた。
フリーの状態からボールを狙い通りミート。GKの飛びついたその先、ゴール右上へと突き刺してやった。ホイッスルの音がなる。試合が動いたことを告げる音が。
「美鶴ちゃんナイッシュー!」
「あぐ……離して。青葉先輩」
いつものごとく青葉が飛びついてくる。無駄と知りながらも抗議する。
「えー。ヤダー」
「やだって……子供じゃないんだから」
「世間的に小三はまだまだ子供ですー」
「訂正します。幼児じゃないんだから聞き分けてください」
「それでもヤダー。美鶴ちゃんのお肌どこもかしこもプニプニだから触れてて気持ちいーんだもん」
「だもんって……。重いんですよ。無駄に疲れるからさっさと離れて」
「酷い。わたし全然重くないよ! 羽のように軽いよ!」
「羽毛も32キロ分もあれば重いんですよ」
「えッ!?」
私の指摘に慌てて離れる青葉。
「さあ、戻りますよ」
「ちょ、ちょっと待って! なんで私の体重知ってるの!?」
「勘です。私にかかる重さからそれくらいかなーと」
「勘!? 勘で1キロ単位までピタリと当たるの!?」
「30キロ台だと当たりをつければあとは0から9まで、10分の1の確率で当たりますよ」
言いながらハーフウェーラインへ戻る。
「当てずっぽう? ……本当に? って待って待って!」
待たない。
相手のキックオフから試合再開。相手は自陣深くへとボールを戻していく。こちらを引き摺りこもうとするかのように。先ほどまでと同じ展開だ。あえて誘いに乗って深くへ踏み込んでいく。
こちらのMFがみなハーフウェーラインを越えた当たりで向こうのスイッチが入る。攻撃への切り替え。けれど。
やはり先ほどまでの、度々ゴールを脅かされ、紙一重で守り抜くしかなかった時とは違う。まるで攻撃に迫力がなくなった。現に今、安藤が統率するDFラインに阻まれるとあっさりボールを失った。
その原因ははっきりしている。目の前の右SB。こいつが私を警戒して前線へ上がれなくなったからだ。攻め手が減った相手の攻撃を安藤は網を張って待ち構え、見事絡め取ってみせたのだ。
安藤から鋭い縦パス。このチームのダイナモ、青葉へと通る。ボールを受けた青葉は速やかに前を向く。敵のCHが伸ばした足を躱し自ら上がる。その前には私と辰巳。トライアングルを形勢している。
ボールをもらいに少し下がる。マークについた5番と4番、右SBと右CBもピッタリと着いてくる。無視してそのまま引き連れる。
青葉がパスを出す。チョイスは辰巳。マークを1枚背負った我がチームのCFだ。その足下へ緩いパスを送り出した。
瞬間、私についているマークマン二人の視線がボールを追う。私は腰を落とす。たたんだ脚がエネルギーをため込む。そして解放。私の体を前へと撃ち出す。次の瞬間トップスピードへ至った私はマークを振り切った。
その前方に辰巳がダイレクトで折り返したボールが転がってくる。収めた。飛び出し直後の体勢のまま前傾していた体をドリブルしながら引き起こす。ルックアップ。アタッキングサードへ侵入した。
前が空いてる。このままペナルティエリアへ。
「させるかよ!」
青の4番が追いすがって体を寄せてくる。右手の手押しで押し返しボールへのアプローチを阻む。ガタイが上のCBを相手にした押し合いにスピードが緩むものの更に前へ。
「そのまま押さえてろよ!!」
その間に快足を飛ばしたSBが前へ回り込む。ペナルティエリアから先、ゴールへの道を切りにきた。
そのままSBへ突っかける。刹那の間、周囲の気配察知に意識を割く。右側視界の外、オフサイドにならない位置に辰巳。マークを一人背負ってる。そして。
なら———
決断。手押しを緩め、右後方のCBを至近に引きつける。右に視線を一度やり、同時に左足を振り上げた。私のキックモーションに3人がそれぞれの反応を返す。
CBは私の真横へ足を伸ばして辰巳へのパスコースを切る。SBは体を投げ出すような勢いで特に私の右前方のシュートコースを消す。GKは腰を落としながら、やや左側へ重心を移す。
残念。どれも外れだよ。
蹴り足はボールの上を通過する。そのまま軸足をケンケンの要領で一歩前へ。目を見開く周囲の敵をよそに、蹴り足を逆向きに振り下ろす。ヒールキック。
左足の踵やや内側で捕らえたボールは右後方へ転がる。ペナルティエリアの外側へ。そこへ走り込んできた選手が一人。赤の6番。
「美鶴ちゃん、ナーイスッ!!」
駆け込んできた勢いのままダイレクトでボールを蹴り抜く青葉。けれどボールを吹かさないようにしっかりと上体をかぶせた豪快なミドルシュート。そのシュートは無人のコースを切り裂くとそのままゴールネットに突き刺さった。
再度のゴールに観衆が沸く。そして満面の笑みで駆け寄ってくる青葉。
「美鶴ちゃん、アシストありがとー!!」
青葉が両腕を広げた。私はその内側へ踏み込む。その腕が閉じる、その直前。体を沈めて腕の下をぐぐり抜けた。
「あれ? 美鶴ちゃーん、歓喜のハグタイムは?」
「ハグはもうしたでしょう。おばあちゃん」
「ちょっ!? ボケ老人扱いは止めてよ! 美鶴ちゃんが直前で避けたんじゃん!!」
無視して自陣へと引き上げた。後ろでは青葉に絡んだのか絡まれたのか、辰巳とのぎゃあぎゃあ騒ぐ声がしてくる。無視無視。
その後まもなく前半終了の笛が鳴った。2点リードとなった仲田の8人は悠々とベンチに引き返す。私のそばにもいつものごとく青葉が駆け寄ってきた。
「前半お疲れ、美鶴ちゃん」
「青葉先輩こそお疲れ様です」
「今のところ格上相手にいい感じだよねー」
「監督たちの作戦がはまりましたね」
「ねー。いつもこうだと楽でいいんだけど」
「あはは。相手も作戦を練ってきますし、いつもそういうわけには……」
「まあね。でも今回ばかりは本当、監督に感謝だわ」
そんな話をしながら試合前のミーティングを思い出す。
後半戦は明日投稿予定です。