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リザルト

 

「勝ったの……かな?」

「勝ったんでしょうね」


 間抜けな会話。ゴールを告げたホイッスルの後に更に長く断続的な笛が吹かれた。試合終了を告げるものだろう。なら私たちが勝った、でいいはず。けれどその現実感のなさが先の青葉との間抜けなやりとりにつながっていた。


「みんな整列を始めたね。やっぱり試合終了でよかったみたい。私たちも行こっか。美鶴ちゃん」

「……ですね」

「うん。…………美鶴ちゃん?」


 口での返事ばかりで一向に立とうとしない私を訝しむ青葉。先のシュート後、ずっと尻餅をついた状態でいた私。


「どうかしたの。美鶴ちゃん?」

「どうかしたと言いますか……その」

「うん?」

「…………立てなくて」

「へ? ……え!? ケガしたの!?」

「いえ。そうではなく」

「おい! ケガしたのか!?」


 青葉の勘違いを否定しようとしたところで、試合終了後のまま傍にいた敵のCBが慌てて駆け寄る。


「あー、いえ。ケガはしてないです」

「何言ってんの!? 美鶴ちゃん立てないんでしょ!?」

「そうなのか!?」

「立てないには立てないんですが」

「すまん。俺のせいだな」

「いえ。そうではなく」

「ひとまず整列場所までは俺が運ぼう。その後すぐに救護スタッフに診てもらってくれ」

「いや。だから———」

「いいから。行くぞ」


 的外れな責任感に突き動かされたボールズのCBに抱き上げられ、訂正の言が止められてしまう。そのまま公開羞恥プレイと相成った。いっそ殺せ。


 その後青葉の肩を借りて、礼。さらに羞恥プレイ第二ラウンドスタート。救護スタッフがいるテントまでの旅路だった。




 ◇




 両親やコーチ、青葉とボールズのCBに付き添われて救護スタッフとして詰めていた女医に問診を受ける。


「それで。どんな感じかしら?」

「その。ケガをしたというわけではなくて。何というかエネルギーが切れて動けなくなった感じというか」

「エネルギー切れ?」

「ええ。自分の意識と関係なく体が停止してしまったというふうな」

「ふむ。確かに外傷はないわね」


 観察の後ペタペタと触診する女医。


「……もしかしてボーッとした感じとかする?」

「あ、はい。言われてみれば」

「ふむ。なるほど。ちょっと待っててね」


 そう言うとごそごそと荷物を漁り始める。そして取り出したのは。


「ほら。これでも舐めてなさい」

「むぐ。……飴?」


 有無を言わさず口に放り込まれたのは普通の飴玉だった。


「そうよ。糖分を取って安静にしてればそのうち回復するわ」

「それだけで!?」


 驚く青葉。同じく驚いているお父さんが詳しく聞く。


「娘の症状は何だったんですか?」

「おそらくハンガーノックですね」

「ハンガーノック、ですか?」

「ええ。娘さんご自身の見立て通り、体がガス欠になった状態のことをそう言います」

「僕もサッカー歴は長いですが聞かない症状ですね」

「ええ。ロードレースとかマラソンとか一般的には耐久競技で発生する症状です。サッカーみたいな短期集中型の競技で発生するのは珍しいですね」

「昼食も取ったばかりだったはずなんですが」

「食事を消化してエネルギーに変えるのにも時間がかかります。それ以上のスピードでエネルギーを消費して体中の糖を使い切っちゃったんでしょう。おそらく娘さんは非常に代謝がいい体質なんだと思います。特にごく短時間で爆発的にエネルギーを燃やすような瞬発力系の」

「なるほど」

「放っておいても食事の消化が進んだり、分解に時間がかかる脂肪がエネルギーに変わりだせば自然に回復すると思いますが、糖分を直接摂ればより有効ですね」

「それで飴玉を」

「はい。なのでもう心配入りませんよ。まあさすがに次の試合には間に合わないと思いますが」

「え゛。次、決勝なんですけど」

「諦めてね♪」


 いや。諦めてって。そんないい笑顔で言われても。


「ダメだよ。美鶴ちゃん」

「新倉さんの言うとおりだよ。美鶴。後はみんなを信じて任せるべきだ」


 周囲で次々と同意の声が上がる。私の味方はいないのか。一縷の望みをかけて残る一人を見つめた。私、次の試合も出たい。


「いや。そんな目で俺を見られても。俺関係ねーじゃん」


 ですよねー。

 ボールズのCBはすぐさま棄権を表明した。




 ◇◇◇




「どうだった、石田?」

「大丈夫。ケガはしてなかったって」


 チームに戻った俺にコーチが聞いてくる。


「そうか。そりゃ一安心。でもそれじゃあ結局何だったんだ? 動けなくなるほどだったんだろ?」

「それが……エネルギー切れだってさ」

「エネルギー切れ?」

「血中の糖を使い切った状態……たしかハンガーノックだとか」

「サッカーでそんなことが起こるのか。まああの子はずっとハードワークしてたし、特に最後の2点を奪った動きは尋常じゃなかったからな」

「ああ。ごめん、コーチ。ものの見事にやられちまった」

「いや、責めてるわけじゃない。気にするな……と言っても無理か。だが、ありゃ規格外もいいとこだな。最後のワンプレイ。何が起きた?」

「チャージをすかされた。本当に何の抵抗もなくってさ。で、バランスを崩してる間に躱されたんだ。でも、たぶん白石ぱいせんは逆だよな」


 視線を向けると右CB、同時にチャージを仕掛けた白石が頷いている。そして口を開く。


「ああ。俺の場合は向こうからも肩を当てに来た。で、まるで巨木にでも体当たりしたみたいに一方的にはじき飛ばされたんだ」


 目の当たりにしていても本人から聞かされると更に衝撃的だ。同時に両側から仕掛けられたチャージに対して、片方には剛で対処して、直後にもう片方には柔で対処する? そんなことが可能なのか?


「ふうむ。白石に強引に対処できるなら、なぜ両方とも力ではじき返さなかった? ……そっちのほうがその後スムーズに動けるからか? それともそうせざるをえない理由があった? それに最初に自分から動いたのは時間差で対処するためか? 同時に当たることは避けたかったのか?」


 ぶつぶつとコーチが独り言を呟きながら検討している。けれど明確な結論は出なかったらしい。


「ダメだ。分からんな。何かあの当たりの強さにはからくりがありそうだが」

「それはあると思う。俺が体重を乗せて引っ張ったら簡単に崩れたし」

「体重差か。そうだよな。体重差は圧倒的なんだ。その押される力を逸らしたり、うまく利用しているのか。逆に引っ張られると自分の工夫では対処できなくなるか……なら」

「いや。引っ張ったら確実にファールを喰らうからダメでしょ。常にファール覚悟で止めるなら別だけど」

「だよな。…………ダメだな。今すぐ妙案は出てこん。次当たるときまでには何か対策を考えておきたいが。ところで」


 そこで検討を一旦打ち切り、コーチと二人、気になりながらも無視していた、けれどとうとう無視しきれなくなった件に向き直る。


「何で石田を睨んでるんだ、梶田?」


 そう。戻ってきてからずっと蒼汰が俺のことを睨んでいた。何を言うでもなくずーっと。かなり不気味だった。けれどコーチに促されたことでようやく口を開く。


「雅はずりーよ」

「「何が?」」

「はぁ? 何がじゃねーよ。シノノメちゃんをだっこしたことに決まってんだろ! しかもお姫様だっこだとぉ!? マジふざけんな!!」

「「…………」」

 お前がマジふざけんな。


「さぁ、みんな片付けるぞー。表彰式が終わったらすぐ帰れるようになー」

「「「うーっす」」」

「あ、ちょっ。みんな無視は酷ぇだろー!」


 一年生女子をだっこしたことに嫉妬してガチ切れする残念すぎるエースを放置してみんな帰り支度を始めた。




 ……まあでも軽くて柔らかかったな。




 ◇◇◇




 決勝戦、本当に出してもらえなかった。後半はもう動けるようになってたのに。県大会へ向けての温存だって。県大会は11月とまだまだ先なのに。



 決勝は大会2番手との前評判どおりの相手。イノセントFC。


 黄色のシャツにブルーのパンツとソックスというツートンカラーにまとめた彼らは飛び抜けた選手はいないものの、きっちり全員で守って全員で攻めるという基本に忠実なチームだった。また、控えまで含めて粒が揃っており、プレー中もガンガン選手交代をしてくる。常にフレッシュな選手を投入することからくる豊富な運動量を武器に最後は走り勝った印象の試合だった。


 前試合でボールズとの攻守交代の連続で疲労をためていた仲田はあと一歩守り切れず、あと一歩攻めきれず。0-2で敗れることとなった。


 こうして仲田U-10チームの夏は準優勝で幕を閉じた。




 ◇




「それでどうだった。美鶴?」

「楽しかったよ。初めての大会だったけど得るものは多かったな。準優勝もできたしね」

「そうじゃなくて」

「うん?」


 帰りの道すがら母が聞いてくる。お父さんはクラブのみんなの父親衆に『打ち上げじゃー』と連れて行かれた。


「あの救護テントに連れて行ってくれた男の子のことよ。なかなかイケメンだったじゃない」

「はぁ?」


 そして母からの世迷い言。何を言ってるんだこの女は。


「だからぁ。お姫様だっこまでされちゃって少しは意識したんじゃないのかなーって。男の子として」

「…………」


 アホか。


「ちょっと。その呆れたような目は何よ?」

「その通りの目だよ。分かってるじゃん」

「何よ、生意気ー。ねー、鴇子ー?」

「おー?」


 手を引かれてテクテク歩く鴇子へ同意を求めるふりをする母。鴇子は分かっていない。当たり前だ。


 何だその恋愛脳は。それにそんなこと小学一年生の娘に聞くか、普通? そんなものなのだろうか。世の母親とは。


 そもそもこっちの中身は20を越えたいい大人なんだ。小学生相手に恋愛感情なんぞ持つか。……まあ、前世でも恋愛感情なんて一度も抱いたことはないけど。あれは兇手という過酷な環境だった故なのか? あるいはそういう感情や欲求がもともと私は薄いのだろうか?


 そう考えると逆に今後私は誰かに恋愛感情を持つことがあるのだろうかと、変な不安がこみ上げてくる。うーん……


「美鶴はファザコンが過ぎるから、まともに恋愛ができるか心配だわ」


 余計なお世話だ。それに私はファザコン……ではないはず。家での定位置はお父さんの膝の上だったりするけど、まあ小学生女子としては普通だよね。うん。


 そんなことを考えながら女三人、夕方の家路を辿るのだった。


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