優勝候補(前半戦)
「はあッ、はあッ、はあッ、はあッ」
息が切れる。汗が滝のように流れて視界を塞ごうとする。ユニフォームの裾を伸ばして拭った。けれど拭っても拭っても追いつかない。高温多湿の日本の夏が恨めしい。諦めて膝に手を着き少しでも息を整える。ゴールラインを割ってわずかにプレイが止まったこのタイミングも貴重な休憩時間だ。
優勝候補筆頭のボールズを向こうに回した準決勝。前半残り僅か。スコアは開始早々にそれぞれ1点ずつあげた後、膠着状態に陥っている。これは優勝候補相手によくやっていると言っていいのだろうか。
試合開始直後。敵のパスミスを高い位置でカットした青葉からのボールを受けた私はドリブルで強襲をかけた。試合開始直後でまだ相手守備陣が試合に入れていなかった。その上、高い位置からのカウンターだったこともあり相手マークが寄せきる前にシュートまでいけた。幸運も手伝っての先取点だった。
けれどさすがは優勝候補筆頭。開始早々の失点にも彼らは冷静だった。飛び級組のセンターラインを中心にビルドアップすると、私がいるサイド。私と左SBの間に飛び出し、左SBを一対一で攻略。最後は低いクロスに飛び込んであっさりと同点にしていった。
その後も彼らはガンガン左サイドを攻め立ててきた。彼らの攻撃力を見せつけられては、私も守備にリソースを割かざるを得なかった。幸い何度私に止められても臆することなく一対一をしかけてきてくれるので、あれから追加点を許すところまではいっていない。
けれどこちらも私が奪ったボールから何度もカウンターを仕掛けているが、ゴールを割ることはできていなかった。敵CBを中心によく攻撃をはじき返されていた。私が深い位置からスタートすることになって攻撃に絡めていないせいもあるだろうけど。
回想に耽っていたらプレイが再開していた。敵はビルドアップで前線まで運ぶとCFがまたドリブルで左サイドを駆け上がろうとする。味方のSBがディレイをかける。その間に必死に戻る。SBが抜かれた。けれど間一髪私のケアが間に合った。ゴールとの間に割って入って敵CFと向かい合う。背後では安藤がゴール前をカバーしている。ここで私が抜かれなければ問題ない。
敵CFは右左に体を振りながら近づいてくる。けれど重心は移動していない。見せかけだ。腰を落としてどちらにも対応できるようにする。右に突っ込むそぶり。でも重心の移動は逆。私から右に体を振ってやる。ビンゴ。左足を目一杯伸ばす。ボールに触れた。
転がったボールに飛びつく。すぐさま左足を振りかぶった。
「青葉先輩!」
蹴り抜く。ボールは青葉の足下へ。カウンターだ。私も追いかける。
「はあッ、はあッ」
自分の呼吸音がうっとうしい。汗が後方へ流れ落ちていくのを感じる。
視界の先では、青葉と辰巳、後藤がなんとか敵のDF陣を突破しようとしている。けれどやはり相手はレベルが高い。CBがディフェンスラインをよく統率して阻んでいる。私も援護しないと。けれど敵のMF陣の戻りの方が早い。カウンターの優位性が崩れる。ボールを奪われて逆にカウンターをくらうのをいやがったのか青葉は強引にシュートを撃ちにいく。DFにシュートコースを切られたなかでの一撃は枠を捕らえることができなかった。
ホイッスルの音が鳴る。前半終了だ。
「はあッ、はあッ、はあッ、はあッ」
膝に手をつく。体が重い。このまま腰を下ろしたら根が生えてしまいそうだ。
「美鶴ちゃん。大丈夫?」
「……ええ。まあ」
気遣わしげに青葉が声をかけてくる。なんとか返事をするが青葉の顔は晴れない。そうとう参っているように見えるらしい。今の私は。
「戻ろっか」
「……はい」
背中を押されながら仲田ベンチに向かった。
◇
「東雲、後半も行けそうか?」
「監督!」
「なんとか」
「美鶴ちゃんまで!?」
監督の問いかけに青葉が非難する声を上げるが、それ以上言わせるまえに被せる。
「……すまん。休ませてやりたいのはやまやまだが、敵CFの梶田を一対一で止められるのは現状東雲しかいない。安藤はゴール前を押さえさせなきゃならん。ここで東雲を外すとゲームが壊れかねん」
「大丈夫です。分かってます」
「せめて美鶴ちゃんをSBに下げて負担を減らせませんか? このままじゃ……」
「それもできん。東雲がアタッキングサードを越えるとマークが2枚着く。これだけでこちらの数的優位なんだ」
「でもそれじゃあ美鶴ちゃんの負担が」
「分かってる。だから後半は攻め方を修正する。後半はロングカウンターはなしだ。低い位置でボールを奪った場合はためを作って攻め急ぐな。なんならビルドアップから始めてもいい」
「ロングカウンターを止めるんですか? タダでさえ点を取れてないのに?」
「あれはわざとロングカウンターをかけさせられてるんだ。あのやり方じゃあいくら続けても点はとれん。基本的にボールのスタートは東雲になるから前線に東雲はいない。相手はDF3枚をしっかり残して数的不利にならないよう注意している。辰巳・新倉・後藤の3枚ならそれで防ぎきる自信があるんだ。そして俺たちは東雲を前線に走らせることになる。その二つを目的とした罠を掛けられてる」
「そんな……」
「だけどビルドアップで展開を遅くしても東雲が上がればマークが2枚ついて自動的に数的優位になるんだ。こっちの方が割がいい」
「分かりました。それでいきましょう」
「すまんな。それでも守備への切り替えでは走ってもらうことになる。辰巳、新倉。相手へのプレスを後半は早くしろ。ショートカウンターができれば御の字だし、梶田に深い位置で持たせなければ東雲が走る距離も短くなる。負担を分担してやれ」
「「はい!」」
「この試合勝つぞ!」
「「「応!!」」」
◇◇◇
「前半お疲れさん。まあ上出来だな」
「上出来なもんかよッ。一点取られた!」
CBの石田が吼える。気持ちは分かるがな。フォローを入れる。
「まああれは仕方ないだろ。出会い頭の事故みたいなもんだ。運もなかった。それより13番の危険性を身をもって知ることができたんだから良しとするべきだ。それ以降はうまく作戦がはまってるんだ。問題ない」
「でもあそこまで蒼汰が完璧に抑えられるとは思ってなかったんじゃ? コーチも」
「まあなあ。13番がまさかあれだけ守備もできるとは思ってなかったけどな。けど、なまじ守備もできるから何度もピッチを全力で往復することになったんだ。結果オーライだろ」
そう。試合開始前のミーティングでたてた、13番を押し込んで攻めに参加させないことと走らせて体力を奪う作戦は功を奏している。もうすぐ13番の脚も止まるはずだ。そうなれば勝負は決まる。
「コーチは蒼汰に甘めぇよ。バカ正直にフェイントで抜きにかからなくても体入れて引き剥がせばよかったろうに」
「そうそう。そうしたらもう一点くらいとれて後半楽になったんだぜ」
石田と塚田が口々に文句を言う。梶田からの反論はない。妙だな。一方的に糾弾されて黙ってるような奴じゃないんだが。そう思って梶田を見るとなんだかぼーっとしている。
「おい、梶田。どうした?」
「あ、ああ……。なんでもないよ。コーチ」
「なんでもなくないだろ。どうした攻め疲れか? 後半変えた方がいいか?」
「い、いや。大丈夫だよ。ちょっと13番とのマッチアップを思い出してただけで」
「ああ。お前があそこまで押さえ込まれることなんて普段ないもんなぁ。しかも年下に。ショックだったか?」
「いや、それは別にいいんだけど」
「いいのかよ。じゃあなんだ?」
「それがさ。13番のあの子、よくシャツの裾伸ばして汗を拭ってるんだけどさ」
「暑いからな。そりゃあんだけ走らせれば汗も止まらんだろう」
「でさ。シャツを捲って顔を拭くもんでヘソがチラチラと」
「エロだ。ここにエロがいるぞー!」
「誰か110番だ! 警察を呼んでくれ!!」
「ちょ!? 止めろよ、雅! 良文も!」
「お前まさか。小一女子のヘソ見たさに単調な攻撃繰り返してたんじゃないだろうな?」
「そ、そんなことないゾ?」
「こいつマジかよ。蒼汰さんひくわー」
「キモすぎる」
「ヒデぇ。そんなんじゃないって。コーチからも何とか言ってくれよ」
「梶田。お前、小三にしては業が深すぎるな。将来不安になるぞ」
「コーチまで!?」
さて、そろそろHTも終わる。いい感じに空気はほぐれたが切り替えないとな。
「梶田のエロスは置いておいてだ。後半も戦術に大きな変更はない。右サイドをどんどん攻め立てて13番を押し込め。カウンターは同数できっちり守って、相手が13番の上がりを待つようなら二枚付けて他は相互にフォローだ」
「エロスじゃねぇッ!」
「「「はい!」」」
「とはいっても同点のままじゃこっちも勝てない。どこかで切り替える必要がある。そのタイミングは……塚田に判断は任せる。いいな?」
「りょーかい。コーチ」
「よし。それじゃあお前ら行ってこい」
「「「おうッ!」」」
「無視すんなー!」
後半戦も明日・明後日には投稿予定です。