インターミッション
「美鶴ちゃんの好きな選手って誰?」
「なんですか? いきなり」
ベスト4入りが決まった試合の後、次の準決勝までの間の休憩時間。青葉が話しかけてきた。
「いやー。暇だからさー。ちなみに私が一番好きなのはデビッド様ね。この前のドイツW杯も超カッコよかったしさー」
「ミーハーめ。お前のポジションならジダヌかヒデって言っておけよ」
そこに辰巳も割って入ってきた。
「えー。ジダヌは禿げてるし、ヒデはもう引退しちゃったじゃないですかー。そういうタッツ先輩は誰が好きなんです?」
「スペインのレウールだな」
「の割にはタッツ先輩の得点パターンって少ないですよね」
「ほっとけ。これから引き出し増やして得点パターンを増やすんだよ」
「期待しないで待ってまーす。それでそれで? 美鶴ちゃんは?」
「てめぇ……」
プルプル震えている辰巳を放置してこちらに水が向けられる。
「そうですね。私はロナードが好きです」
「ブラジルの?」
「あー、いえ。ポルトガルの左MFです」
「うーん? ああ、あの! ……えっへっへ」
「なんです? 気持ち悪い笑いして」
「いやー。あえてポルトガルのSHでフィーボじゃなくてあっちなんて美鶴ちゃんも意外とイケメン好きだなぁと思って」
これは新鮮な反応だった。私の知る時代では彼はライバルのメッチと一位・二位を争う世界最強フットボーラーだった。けれどよくよく考えてみればこの時期の彼はまだ売り出し中の若手に過ぎない。特に日本では。まだまだポルトガルの現役レジェンド、フィーボに較べれば知名度は低いか。確かに代表でも定位置の右はフィーボに譲っているしね。もうすぐ始まる07ー08シーズンではプレミアとCLの得点王の他にバロンドールやFIFA最優秀選手賞まで取るはずだから一気に知名度があがるだろうけれど。
「別にイケメンだから好きってわけでもないんですけど……。彼は近いうちに世界最高の選手と言われるようになると思いますね」
「へー? そんなに?」
「ええ。彼はバロンドールを取る器です。具体的に言えば07ー08シーズンのバロンドールまでに」
「言うね。そんなに自信があるなら本当にそこまでにバロンドールを取れるか賭けようか?」
「いいですよ。何を賭けます?」
「負けた方がなんか奢る?」
「つまらないですね。どうせならどこかの合宿で負けた方が裸踊りを披露するというのはどうです?」
「……本気?」
「もちろん。青葉先輩は負けるのが怖いんですか?」
「そんなことはないわ! やったらぁ!!」
かかった。
青葉を決して負けない賭けに引きずり込むことに成功した。別にいつものゴール後の手荒い祝福にむしゃくしゃしていた意趣返しというわけではない。
この後、ロナードが06-07シーズンのバロンドールで二位に選出されたことで青葉が泣きを入れてくるが許すことはなかった。歴史は変わることなく翌年目出度く青葉は裸踊りを披露し喝采を浴びることとなるがまあこれは別の話。
◇
「さて、次はいよいよ優勝候補筆頭のボールズだ」
「優勝候補? そんなに強いんですか?」
飯田コーチのその発言に、まだこの辺りのクラブの力関係が分かっていない私から聞いてみる
「ああ。今大会どころか県大会でも優勝候補だな。ボールズは1年生の入団時からセレクションをやってる上に、エスパーダと提携していてプロのコーチがついている。才能ある子供たちを集めてみっちり鍛えてあるわけだな」
「エスパーダと提携。……そんなクラブもあるんですか」
清宮の情報にはなかったな。ミスったか? ……いや。どのみち入学式直前に引っ越してきた私じゃあセレクションに間に合わなかったか。
「代わりに本当に有望な選手は4年生になると同時にエスパーダジュニアに引き抜かれるから戦力的には落ちるはずなんだが、今年はその他も粒ぞろいの上に飛び級してきてる3年生が抜群にいい」
「CFの梶田、CHの塚田、CBの石田の飛び級組をセンターラインに据えた3-3-1だ。ヤマハラと違ってゾーンディフェンスなんてことはしてこないと思う。思うんだがさっきの試合の前に言ったとおり、ミラーゲームは究極、マッチアップ同士の一対一での優劣が試合を分けることになる。ボールズのやつらに……負けるなよ。お前ら!」
「「おう!」」
Jリーグ下部に入るような小学生の実力はいかほどのものか。実力を測るいい機会だと前向きに考えよう。うん。楽しみだ。
◇◇◇
「さて、みんな。次の準決勝の相手は仲田だ」
「ええ? なんだ。ヤマハラは負けたのかよ。噂のディフェンスを粉砕してやろうと思ってたのに」
「仲田ねー。あそこは男女の新倉と安藤くらいだろ? そこそこやるの。辰巳はただのイキリくんだし。それでなんで負ける?」
「まあ、仲田に負けるくらいだから実際はたいしたことなかったんじゃねぇの。俺たちがわざわざ相手するまでもなかったというか」
準決勝の相手を知らせると途端にガヤガヤしだす飛び級組。こいつら、実力は確かなんだが常に慢心ぎみなのが玉に瑕だな。ちっと引き締めないと。
「ほら。田んぼーズ。静かにしろー。これから説明するから」
「ちょっと、コーチ。田んぼーズは止めてくれよ。こいつらといっしょにするなって」
「そりゃこっちの台詞だし」
「いやいや。俺の台詞だろ」
構ってても進まないな。先へいこう。先へ。現物を見た方が早い。
「結論から言えば、ヤマハラのディフェンスは噂倒れじゃなかった。ありゃかなりやっかいだ。うちでも攻略には苦しむだろう」
「ええー? でもコーチ。なんでうちが攻略に苦労する相手に仲田が勝ててるんだよ? あいつらの攻撃陣にそこまでの力はなかったと思うけど」
「まあ、その分析は概ね正しいな。だから答えは簡単だ。新戦力が加わったんだよ」
「新戦力ー? このタイミングで? 転校生かなんか?」
「まあ、百聞は一見に如かずだ。塚田の親御さんが仲田とヤマハラAの試合のビデオを撮ってくださった。こいつを見てみよう」
「かーちゃんとーちゃん、姿が見えないと思ったらそんなことしてたんか」
ビデオカメラとモバイルディスプレイをつないで手早く準備を整える。上映開始だ。
「こりゃあ……確かになかなかの守備だな」
「ああ。こんだけ固められちゃあ縦パスをなかなか通せねぇし、無理に入ってもな」
「そうか? 俺がポストプレイすればなんとかなるだろ」
「うーん。他に手段がなければそうするけどリスクが高いな」
「あ。辰巳が行った」
「で潰されたな。あっさり」
「まあ、あんだけスペースがなくちゃなぁ。んでカウンターと」
「ああ、ああ。……ああ」
「10回に1回のロングパスが1回目から出たな。運ねぇな。仲田」
「とまあ、前半はこんな形だったわけだ」
ここでビデオを一旦止める。
「まあ妥当なところだとサイドを抉って横から攻めるか?」
「そうだな。チェックする相手とボールを同時に視界に収められなくなれば崩れるかもしれん」
「いや。俺のキープ力を信じてくさびに入れろよ」
塚田良文、石田雅、梶田蒼汰の田んぼーズ3人がヤマハラの攻略法を議論しだす。興味を持てたのはいいことだが今のテーマはそっちじゃないんだな。
「じゃあ、仲田がこの守備を攻略した後半いくぞー」
「あ、ちょっと待って。もうちょっと考えさせて」
「待たない。クイズじゃないんだよ」
そう言って、映像の再生を再開する。
「注目は仲田の左SH。13番だ」
「小っちゃいな。何年生だ? しかも女子?」
「東雲美鶴。一年生だそうだ」
「一年!? これがコーチが言ってた新戦力か!? 一年坊の、しかも女が!?」
「……カワイイ」
「お巡りさんこっちです!!」
「このロリコンを逮捕してください!」
「ちょ!? 止めろよ、良文! 雅も!」
「いや。ボールズの評判を下げるわけにはいかんだろう」
「おれも善良な一市民として通報の義務が」
「なんでだよ。単なる感想だろ? しかも二つ違いぐらいでロリコンってなんだよ」
「うわ。こいつマジだ」
「やべえよやべえよ」
「ほら、そろそろだぞ。映像に集中しろ!」
「「「へいへい」」」
こいつら……。
そして例のシーンに差し掛かる。
「新倉がシュートか? 珍しいな一か八かのロングシュートなん———えぇ……?」
「おいおい。なんでそれがコントロールできるよ?」
「で、そのままターンしてキックフェイントしてシュートと」
「どうだ?」
映像を一時停止して問いかけてみる。
「いや、どうもこうも……」
「あれ、一年生女子の皮を被ったバルサの選手じゃねーの」
「ああ。スペインの代表クラスならあんなんできそう」
「おいおい、お前ら。現実逃避はよせ」
「いや。そんなん言われても……」
「新倉のあれ。スルーパスじゃなくてシュートだよな。威力的に。しかもちょっとバウンドして浮いてたぞ」
「ああ。それを振り返りながら受けて、はじくでもなく落とすでもなく、引き寄せる? それにあの走り込み方だと直前まで後ろにいたヤマハラのSHがブラインドになってるだろ」
「まあスルーパスを通す場所は事前に打ち合わせしてたとしてもそれでもな」
「そんで、飛び出してきたGKを冷静にキックフェイントで躱して、厳しい角度でも問題なくゴールに流し込むと」
「「「…………」」」
「「よし。蒼汰とあの13番を交換しよう」」
「なんでだよ!?」
「まあ、そうするとうちはエスパーダジュニアのU-10チームにも勝てそうだな」
「コーチまで!?」
「冗談だ。さあまだ続きがあるぞ」
再生ボタンを押す。続きが流れ出す。
「なるほど。サイドに引き寄せてサイドチェンジで振り回して崩すか」
「いや。簡単に言ってるけど、ありゃあその前のゴールで警戒させてたから守備ブロックのバランスが崩れたんだろ」
「そんで最後は前掛かりになったMF陣の裏に飛び出して受けて、DF2枚をフェイントで躱して、GKの上を通してゴールか」
見せるもの見せたので映像を止める。
「というわけで、みんな。どうやってこの子を止めようか?」
「映像を見る限り、この子は接触を避けてプレーしています。フィジカルに不安があるんでしょう。周りが四年生や三年生のなか一年生なんだから当然ですが」
早速13番のマッチアップ相手になるSBの白石が気づきを述べた。
「そうだな。ボールに足を出すより体を寄せることを優先しろ。圧力をかけて自由にプレーさせるな。ただし、その役目は白石じゃなく宮野に任せる」
「それじゃあ13番に二枚マークをつけるってことですか」
「ああ。あの13番は飛び出しもかなりやっかいだ。ボールコントロールが異次元に上手いから少々無茶なボールでも収めちまう。だから白石は少し距離をとって飛び出しに備えろ。宮野が抜かれたら、お前がディレイをかけて宮野の戻りを待つんだ」
「はい!」
「ということで、他は少々枚数が足りなくなるがみんななら何とかフォローしあって対応できるな?」
「「「はい!!」」」
「よし。他に選手側からなにかあるか?」
「「「…………」」」
「それじゃあ最後におれからもう一つ。13番を封じるためにもっとも効果的な方法だ。それは———」