ベスト4(後半戦)
後半開始。相手チームからのキックオフだ。
けれど一点リードするヤマハラAは無理に攻める気はなかったらしい。CFがボールを持つと単独で上がる。仲田陣地右サイドのスペースに侵入して停止。後藤が寄せたところでボールを大きく蹴ってゴールライン外へ出した。
時間稼ぎだ。自陣でボール回しをして万一にも高いところで奪われるのが嫌だったのだろう。それくらいならわざとボールを渡して、ディフェンスを固めたほうが安全だと言うわけだ。完全に仲田の攻撃陣は舐められている。前半一度もいいところがなかったので仕方なくはあるが。
案の定、ヤマハラAはCF以外は引いて守っている。抵抗なく簡単にボールは青葉の元まで届いた。
ゾーンディフェンスに対する正攻法は例えば、ワンタッチの素早いパスワークで敵守備ブロックを引きずり回して崩す。けれどこのチームにそこまで正確かつ速いパスを供給でき、受けることができるのは、私・青葉・安藤の三人くらいしかいない。これでは厳しい。
あるいはポストプレイができる人間を守備ブロック内に送り込んで、くさびにしながら崩す。これも厳しい。辰巳は典型的なワンタッチゴーラーでキープ力は高くない。足下の技術がうまく体も強い安藤ならいけるかもしれないが、CBの彼を最前線に送り込むのは著しくバランスを欠く。
なら、あと執れる手段は。
青葉と視線を交わす。双方小さく頷いた。
青葉がボールを持ったままアタッキングサードに差し掛かったことで彼女の前に守備ブロックが構築された。
行く!
スプリント。左サイドから斜めに守備ブロック内へ走り込む。守備ブロックの一層目、敵右SHの背中を越えたところで、敵のプレスを躱した青葉からのパスが飛んでくるのが見えた。要求通り低く目一杯強いパス。
これを敵の3番と4番、CBと左SBとの間で受ける。3番とボールの間に背中を入れてアプローチを防ぐ。右足裏でボールに触れて勢いを殺しながら軸足側へ引き寄せる。この動きで足を出してきた4番を躱した。そのままターン。DF陣による守備ブロック第二層を突破。
ペナルティエリア内へ進入。GKが飛び出してくる。左足を振り上げてシュート体勢に。GKが腰を落としながら両手を広げる。振り上げた足をボール手前で止めて左に切り返す。キックフェイントにかかって慌てて飛ぶGK。改めて左足を振り上げる。GKの腕の届かない角度から流し込んだ。
いかにゾーンディフェンスといえど狭いながらスペースはそこにある。ならそこに飛び込んで速いパスを受け、寄せきられる前に突破すればいいという乱暴なこの作戦。
やりきった。
「「おおおぉぉぉぉ!!」」
試合を振り出しに戻すゴールに歓声が上がる。その声に応えるように右腕を掲げた。
「美鶴ちゃん、最高!」
「わぷぅッ」
飛びついてきた青葉に抱き潰される。
「それに、ドヤ顔もかわいい!」
「ぷはッ。……ドヤ顔なんてしてないです」
「えー。してたよー。ピッチ外の歓声に向かって腕振り上げながら」
掲げたままになっていた右腕をそろそろと降ろす。
「…………そんなことないです」
「えー」
「ほら。まだ追いついただけです。さっさと戻りますよ」
青葉を放置して自陣に戻る。
「ちょっとー。美鶴ちゃん待ってよー」
待たない。
◇
ヤマハラAのキックオフから試合再開。同点に追いついても相変わらず彼らの攻撃は消極的だ。あくまでカウンター狙い。その機会がないなら別にPK戦までもつれても構わないとでも言うようだ。
けれどその考えは甘い。そのことをすぐにでも証明してやる。
攻撃面においては変化のなかったヤマハラAだが守備面では若干の変化があった。ハーフウェーラインあたりからプレスに来るようになったのだ。これはより積極的になったというべきなのだろうか? まあこれはこれで好都合だ。
ボールを前に持ち上げてはプレスを避けて戻す。その繰り返しで相手の出方を押さえたところで攻撃の組み立てが始まる。ボールは司令塔の青葉のもとへ。プレスが来る。青葉は左前方へと大きく蹴り出す。
これを収めたのは私。走りながら受けてそのままサイドに開いていく。守備ブロックが私とゴールの間に展開される。予想通りだ。やはり先ほどのゴールで私への警戒度が跳ね上がっているらしく、より密度の高い守備ブロックとなっている。切り込まれてもなんとか封殺しようということだろう。
これで第二の手段が執れる。
切り返す。マークを僅かに外して大きく蹴り出す。サイドチェンジ。逆サイドには後藤が走り込んでいる。フリーで受けた。そのまま深く抉る。プレス役の左SBが飛び出していく。けれど私のサイドへ圧力をかけていた守備ブロック全体のスライドは遅れる。その空隙。左SBとCBの間に空いたスペースへ青葉が走り込む。地を這うような低いクロスが出る。
青葉は足を振り上げる。ダイレクトシュート。CBが足を投げ出してシュートコースを切る。けれど青葉の足はミートしない。スルー。青葉の裏側。ゴール正面に飛び込んでいた辰巳がこのボールを冷静にインサイドで流し込む。青葉を警戒してニアにポジションをとっていたGKにはどうしようもないコースだった。
ゴールネットが揺れる。ホイッスルの音が逆転を告げた。周囲からの歓声。
「ナイススルー! 新倉!」
「ゴトゥー先輩こそナイスクロスです!」
青葉と後藤が拳を突き合わせている。そこへ駆け寄——らない。青葉がこちらへ勢いよく振り向いていた。両腕をがばっと広げながら。
「あれ? 美鶴ちゃん? 祝福のハグは?」
「ありませんよ。そんなの」
「そんなー。美鶴ちゃんのサイドチェンジが切っ掛けなんだから祝福の輪に入ろうよ」
「遠慮します」
危なかった。あと少し近寄っていたらあの腕に捕まっていたところだ。咄嗟の感覚を信じてよかった。殺気などとはちょっと違ったので判別が難しかったが。
「おい! ゴールを決めたのは俺だぞ! 何で主役を差し置いて勝手に喜び合ってるんだ!!」
そんな私たちの様子に収まりがつかないのは辰巳。完全にあぶれていた。わざとだろうけど。仕方ないなと溜息をついてから青葉と後藤が辰巳に声をかける。
「タッツ先輩、ナイスごっつぁんゴールー」
「ナイスごっつぁん! タッツ!!」
ひどい。
「おい待て! なんであれがごっつぁんゴールなんだ!? 完全に実力だろ!?」
「いやいや。あれはほぼ私のゴールでしたよ。7:3くらいで」
「そうだな。あれはほとんど青葉のゴールだった。8:2くらいで」
「やだ。そんな。褒めすぎですよ。後藤先輩。私の力なんてほんの9割くらいです」
「どんどん俺の割合が減ってってるじゃねぇかッ!?」
漫才は続いている。ピッピとホイッスルを鳴らされている三人。私は当然早々とその場を離れており、おとがめ無しだった。
その後残り時間が少ない中でヤマハラAはなんとか試合を振り出しに戻すため、ハイプレス戦術を敢行した。けれどさすがにそこまで練り込めてはいなかったのだろう。組織だっているとはとても言えず、逆に裏へ裏へと空いたスペースを取られ、もう一点を献上することになるのだった。私に。
■仲田VSヤマハラA
3:1
東雲:2得点
辰巳:1得点
◇◇◇
なんでだ? どこで作戦が狂った?
いや、答えは分かってる。あいつだ。あいつの動きがスイッチを入れたように後半から変わった。それを切っ掛けに俺たち自慢の守備ブロックはずたずたに崩されてしまったんだ。
俺たちが三年生の時に監督がこれをやろうと持ってきたビデオ。イタリアの名門クラブたちのその守備戦術。味方との距離を常に測って、俯瞰しながらポジションをとらないといけないこのディフェンスを形にするのはとても大変だった。けれど始めて一年。それなりの完成度となったこの4月以降。俺たちはどこのチームより圧倒的な守備力を手にした。
練習試合ではどの相手にも無失点。うちのU-12チームにすら失点を許さなかった。きっと俺たちなら優勝候補のあいつらにだって勝てる。そう思っていたのにまさかその前。ベスト8でつまづくなんて。
それも全部このチビ助のせいだ。敵の13番。左SH。敵チーム唯一の一年生。その背番号もあって人数合わせだろうなんて言ってたけれど。とんでもない。
前半はこんなんじゃなかった。ボールを持ってもプレスをかければ無理せず戻すだけ。パスミスこそしないものの積極性にかけるそのプレイが人数合わせ説に信憑性をもたらしていた。猫を被っていやがったんだ。
後半最初のやつらの攻撃。今振り返ってもなんであの攻撃が成立したのか理解できない。司令塔の新倉が正面から迫ってきた。こちらも予定通りCHがプレスに行く。俺たちは守備ブロックを形勢。同時に13番が斜めに走り込んできた。そこでCHのプレスを躱した新倉がスルーパス。いや、アレはパスだったのか? 無理にシュートでも狙ったんじゃないか。それくらい強いキックだった。足下とは言え強すぎる浮いた球。それを13番は走ってついたスピードは緩めないまま振り向いて受けようとする。
はじいた所を奪う。瞬間の意思統一のもと13番を覆う網が狭まった。けれど。
嫌な予感がした俺は足を出した。目一杯伸ばして。仮に足下に奇跡的に落とせたとしてもこれなら掻き出せる。そのはずだった、のに。あいつが右足で触れたボールは物理法則なんて知ったことかと言わんばかりに足に吸い付いていた。
なんでだ。なんでそうなる。軸足がわずかに浮いていたことが関係あるのだろうか? 分からない。分かるのは吸い付いたボールがそのまま軸足側に引き寄せられ、俺の伸ばした足を躱したということだけ。
そしてバランスを崩す俺の前でそのままターンを終えたあいつは風のように守備ブロックを抜け出していった。一失点。
試合を振り出しに戻された。けれど俺たちは戦術を変えなかった。これが俺たちのやり方だ。カウンターの機会なくPK戦になってもいい。去年PK戦でうちに負けているやつらは苦手意識があるはずだ。
守備は二つだけ修正する。プレスをかける位置をあげることと、13番。あいつにはスペースを僅かたりとも与えないこと。けれどそれも裏目に出ることになった。
今度は守備ブロックの外でボールを受けるとそのまま開いてタッチライン際を走る13番。こいつを自由にさせるのはまずい。何をするか分からない怖さがあった。俺が縦を切る。その上で側面から守備ブロックで押しつぶす。
そのはずだった。けれどあいつはあっさりとマイナス方向に切り返してチェックを外すとボールを強打した。まさかのサイドチェンジ。右サイドを締めていたので左サイドは大きく空いてしまっている。俺たちはまんまと引き寄せられていたわけだ。あいつ一人に。
これだけ大きく動かされるとどうしても守備ブロックのスライドが追いつかない。そのギャップを突かれてもう一点奪われた。
この時点で試合は決まってしまった。未完成のハイプレスで点を奪いにいった俺たちだが、逆にこれまで与えていなかったスペースを空けてしまう。個人技で負け、やつらお得意の裏へ走る戦術でバイタルエリアへ抜け出される。そこでボールを受けたのはまたも13番。機能していないゾーンディフェンスを捨てて隣のCBとふたりで潰しにいったが、ふたりしてあっさりとあいつのフェイントにかかり抜き去られた。
バランスを崩しながら見送った先では、無情にも飛び出したGKの頭上をボールが山なりに飛び越していくのが見えた。
こうして俺たちの夏は終わった。終わってしまったんだ。