ベスト4(前半戦)
私の公式戦デビューから一週間後。大会二日目。
今日の初戦を勝てば仲田サッカー少年団はベスト4入りで次の県大会に進める。
相手は奇しくも去年PK戦の末に敗れた相手。ヤマハラA。もちろん一年経っているのでメンバーそのものは相手もこちらもほとんど変わっているが、雪辱戦には違いない。監督やコーチたちは気合いが入りまくっていた。
「相手の基本フォーメーションはうちと同じ3-3-1。飛び抜けた選手はいないが、小学生ながらよく訓練されたディフェンスによる堅い守備とそこからのカウンターが売りのチームだ。けれど恐れることはない。ミラーゲームはそれぞれのマッチアップでの勝ち負けが試合の勝敗を決める。個人単位で見ればお前たちのほうが上だ。一人一人が積極的に行け!」
「「はい!」」
「よし。いい返事だ! 行ってこい!!」
ミーティングを終えてピッチに入る。試合開始前の挨拶を終えるとそれぞれフィールドに散らばった。県大会出場がかかった大一番。この試合は私もスタメンに選ばれていた。
こちらのキックオフで試合開始。最初の攻撃は私とは逆側の右サイドから始まる。辰巳、青葉から右SHの後藤へ。辰巳とコンビネーションで崩そうとするが、縦パスを入れられず後ろの右SBへ戻す。
右サイドSBからCBの安藤へ。安藤から再度ビルドアップ。青葉へ縦パスを通す。前を向く。けれどそこから前へとパスを出せない。横パスで後藤へ。けれど後藤も前へ蹴り出せず戻す。またビルドアップのし直しだ。
そんなことがしばらく続いた。パスを回しながら切り込むチャンスを作ろうするが、敵バイタルエリアに踏み込んでいけないという状態が。ボールホルダー以外には無理にプレスをかけてこないためボールこそ奪われていないが、有効な攻め方を見いだせないでいた。
私も途中でパスをもらったからその原因は分かっている。相手のディフェンスが原因だ。敵は常にこちらのボールを持っている選手と向かい合う人間をを頂点に、ゴールとの間で三角形となる守備ブロックを作っている。ボールを持った状態でゴールを向くとちょうどボーリングのピンのごとく敵選手が並んでいるように見える。
これはボールを持った人間からすると非常に圧迫感がある。攻撃のトライアングルを構成する味方はその網にかかっているし、正面から見ると縦パスの出し所もなさそうに見えてしまう。結果横パスに逃げることになる。
けれど、守備ブロック全体がスライドし、すぐさまボールを持った人間の前にボーリングのピンができあがる。これが今起きている膠着の原因だった。
「へい! 新倉! こっちだ!!」
しびれを切らした辰巳が守備ブロック内に切り込みながらパスを要求する。青葉は一瞬だけ繋がった辰巳へのパスコースをよく通した。けれどその瞬間、守備ブロックが辰巳を包み込む。囲まれた辰巳に為す術はなかった。シュート体勢に入るより先に寄せたCBにボールを奪われる。
「戻れ!」
誰かが叫んだ。
ボールを奪った敵CBは即座にロングフィード。ボールはどうにかパスで崩そうと前掛かりになっていた仲田の面々の頭上を越えていく。唯一守備ブロックに加わらず前線に残っていた敵CFがボールを収めた。
「ちぃッ!」
さらにロングフィード直前に敵両SHが攻守を切り替えて飛び出していた。カウンターだ。私も全力で追うが追いつけない。最高速度は向こうが上だ。
ビルドアップ以降、CBの安藤は攻め手に加わっていたため、まだハーフウェーラインのこちら側にいる。2対3。数的不利だ。おまけに守備の要、安藤を欠いている。
敵CFは味方の上がりを待つため、ためを作ってから前進。なんとかディレイをかけようとするこちらのSBを引きつけてパスを出す。このパスをSHがダイレクトに折り返す。フリーになった状態でボールを収めた敵CFは冷静にGKの逆をついてゴールマウスを割った。
敵の先制。スコアは0-1となる。前半は残り2分。ATを含めてもあと1プレイがいいとこだろう。この局面を打開できるか?
残念ながらこのままHTを迎えることとなる。このまま前半を終えるため、守備をより固めるかと思ったけれど、敵チーム、ヤマハラAは1トップを前線に残したままだった。結果、先ほどのカウンターにやられたイメージが色濃く残る仲田は思いきった攻め方をできなかった。結局、敵の守備ブロック内に食い込むことができないまま。審判が笛を口に運ぶところを見た青葉が苦し紛れにロングシュートを放つもGK正面。キャッチされたところでホイッスルとなった。
◇
「どうだ、お前ら。後半やれそうか?」
「「…………」」
HT。監督からの問いかけに選手16人からの返事はなかった。それほど前半は完璧にしてやられていた。ボールポゼッションは圧倒的に上だったにも関わらず、一度として守備ブロックを攻略することができていない。強引に行ったワンプレイは逆にカウンターによる失点となった。運も絡んだのだろうけど、たった一度の攻撃にしてやられたことが仲田の士気を下げていた。
「なんだなんだ。お前ら落ち込んでるのか? ったく。まだまだ勝負はこれからだぞ」
監督はそう檄を飛ばすものの、彼自身もなぜヤマハラAの守備を崩せないのか理解できていない様子で、理論だったアドバイスが出ない。そのためチームの士気も回復せず、そのことに監督はさらに苛立つ。悪循環に入っていた。
「そうだ。なんでもいい。前半で何か気付いたやつはいないか?」
監督との間を取りなすように飯田コーチが問いかける。だれからも声が上がらない。なので私から発言してみることにした。
「いいですか? コーチ?」
「おう。東雲か。何か気になることがあったか?」
「相手はゾーンディフェンスをしています」
「うん? ゾーンディフェンスならうちもしてるだろ?」
「いいえ。仲田の守備はU-12チームも含めて、エリアでマークの受け渡しをしているだけのマンマークです。これまで当たった他のチームも」
「だから、それがゾーンディフェンスだろう?」
コーチは不思議そうにしている。監督も特に異論はないらしい。どういうことだろう? この頃には欧州を始め世界的にゾーンディフェンスは普及し終わっていると思ったけれど、日本にはゾーンディフェンスはまだ伝わっていない? あるいは誤解されて伝わっている?
地面にガリガリと図を描きながら説明する。監督やチームメイトたちもその図をのぞき込んでいる。
「相手は基本的に引いて守っています。チャレンジに来るのはピッチ残り1/3、アタッキングサード手前辺りから」
「ああ」
「この時、他の敵選手はボールとゴールの間にプレスに行った人間を頂点とする三角形を作るように陣取ります」
「そんなふうに動いていたな」
「これがゾーンディフェンスです。マンマークは敵選手を基準として選手相手に守備をしますが、ゾーンディフェンスはボールと味方選手を基準としてスペースを守備をします。ボールホルダーの前には常にコンパクトな守備ブロックが形成されるため、縦パスの出し所に困ることになります。無理に出しても周囲にスペースがないのですぐ潰される。だから横パスをするしかなくなり敵ゴールへ近づけない。これが前半起きていたことです」
「むむむむむ」
「これではうちの主要な得点パターンである、青葉先輩のスルーパスで相手の裏へ抜けてシュートという形は機能しません。先に守備ブロックを崩してやる必要があります」
「俺たちが知ってるゾーンディフェンスとは全く別物だな。東雲は中国からの帰国子女だったか。……中国ではこんなディフェンスが一般的なのか?」
「中国というよりはヨーロッパですね。トップチームからジュニアまで基本的にはゾーンディフェンスが主流のはずです。ヨーロッパ発信というだけで今では世界に広がっているはずですが」
「ちっ。ヤマハラの監督は確かセリエA好きだったか。……この守備ブロックの崩し方は分かるか?」
「ゾーンディフェンスの代表的な攻略法はいくつかありますが、仲田がとれるのはそのうち二つでしょうか。ただ目立つなという指示は守れなくなりますが」
「いいさ。ベスト4進出が最大の目的だ。思いっきりやれ」
「それでは———」
後半戦は明日投稿(予約済)です。