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初公式戦

 仲田サッカー少年団に入団して早2ヶ月。私にとって初の公式戦の機会がやってきた。


 第35回JS旗争奪少年サッカー大会。地域の青年会議所が主催し静岡県中部地区の35クラブが参加する小さな大会だが、ここで上位四位までに入ると、後日開かれる県大会への参加資格を得られる。そのためには今日三戦、来週三戦のトーナメントのうち最低四つを勝たなければならない。


 この大会のレギュレーションはU-10。我が仲田サッカー少年団のトップチームたるU-12チームは県大会常連の強豪らしいが、U-10は今一歩。去年は三回戦で同点の末PKで破れており、今年に期待がかかっている。


 U-10の最高学年である四年生は人が多い世代で、スタメン8名、控え8名の計16名のうち14名を占める。残りの2枠が飛び級。そのうちの一人が青葉。そして最後の一枠になんと私が収まっていた。入団式の次の練習の際、私はU-10に加わるように指示を受けたのだ。これはずいぶんな抜擢らしく他の皆は二年生に合流し、まだ公式試合のないU-8チームを形勢している。どうやら入団式後の練習でのプレーが評価されたらしかった。そんなこんなで仲田サッカー少年団の赤と黒のユニフォームに身を包んで今日の日を迎えていた。背番号は控えの左SHということで13番を頂戴した。


 もうまもなく、一回戦の開始だ。監督と飯田コーチを囲んでミーティングが始まる。


「一回戦のスタメンには東雲も加える。相手の南部は実力的には楽勝なはずだ。東雲はこれが初試合だが落ち着いていけ」

「はい!」


 初練習から今日までの間にU-10チームには本当は二試合練習試合が組まれていた。けれど日本の梅雨ゆえか、不幸なことに二試合とも雨で流れてしまっている。もちろんクラブ内の練習でチーム連携は確認しているけれど、楽な相手のうちに実戦でも試しておけということらしい。気遣いは素直にありがたい。


「開始早々は無理せずボールを回せ。攻め上がることよりボールにみんな触れて緊張をほぐすことから始めるんだ。いいな?」

「「はい!」」

「よし。行ってこい!」


 大人達に背中を押され、コートに入る。ハーフウェーラインで整列し相手と挨拶。赤い味方ユニフォームと青い敵ユニフォームがそれぞれのフィールドへ散らばっていく。


 フォーメーションは3-3-1。私は左のSH(サイドハーフ)を仰せつかっている。定位置についてしばらくすると味方のキックオフで試合が始まった。


 FWがCH(センターハーフ)へボールを戻す。CHについているのは三年生の青葉。私のように試合にスムーズに入るためではなく、実力でスタメンを勝ち取っている。入団式の際の発言は決して大言壮語ではないということだ。その青葉から私へパス。


 これを慎重にトラップして足下でキープ。背後にいる左SBへ戻した。彼からGKへ。GKからCBへ。右SBを経由して右SHへとゆっくりとボール回しを続ける。相手も最初からガンガン来る気はないのか、深くまでは入ってこないのでそれからしばらくは悠々とパス回しを続けられた。


 みなが3回ずつ程度ボールに触っただろうか。ボールを押さえたCB———U-10チームのリーダーである四年生の安藤、愛称アンディーがそろそろ行くぞと指示を飛ばす。彼のドリブルに従ってゆっくりと陣形を押し上げる。ここで相手もマークにつき始めた。


 安藤はマークがしっかりつく前にボールを前へ。青葉へ縦パスが通る。青葉が前を向いたところで敵CHが張り付いた。青葉はその場でボールを右へ左へ転がして相手との駆け引きを始める。その一対一の行方に相対しているCHだけでなく周囲の視線が一瞬引き寄せられた。


 今!


 私の正面に張っていた右SHの隙をついてスプリント。裏側へ抜け出す。前方一歩の距離にボールが転がってくる。トラップしてそのままドリブル開始。私の動き出しと同時に青葉が、私の狙うスペースへ蹴り出してくれていたのだ。


 青の4番、敵SBが飛び出してくる。中央へ抉りこむ形へ進路変更。相手も内を絞りながら迫ってくる。彼我の距離は後二歩。トップスピードに乗ったまま左サイドへ切り返す。


 中央突破を警戒していた敵SBは一瞬反応が遅れる。ペナルティエリア脇へ侵入。SBは必死に追ってくる。追いつかれるまで後三歩、二歩。クロスを入れた。SBが目一杯伸ばした足の先を通す。


 ボールはグラウンダーでペナルティエリア内へ。敵CBの裏へ飛び出した赤の8番、味方CFがスライディングしながら足で合わせた。ボールはゴール右側へ。GKが横っ飛び。その指が、僅かに届かない。転がったボールは———ポストの右側を越えた。


 ゴールキック。シュートは僅かに枠を捕らえることができなかった。


「畜生!」


 最後にボールに触った8番辰巳———愛称タッツが尻をついたまま頭を抱えて吠える。ピッチ外で見守る父兄からも残念そうなどよめきが漏れた。


「ドンマイ、タッツ先輩。ナイスシュートですよ。この調子でガンガン行きましょう」


 こぼれ球を狙って詰めていた青葉が助け起こし、自陣に引き上げる。私もそこに合流する。


「東雲、ナイスクロス。アシスト付けてやれなくて悪かったな」

「いえ。辰巳先輩こそナイス飛び出しでした。この調子なら早い段階でゴールを割れますよ」

「そうそう。それと私の絶妙なスルーパスが全ての起点だったことを忘れないように」

「はいもちろ「態度でけーんだよ、新倉は」あ痛ッ。タッツ先輩がぶったー」

「ほれ、馬鹿言ってないで守備すんぞ。攻撃は守備から始まるんだ」


 そう言って、辰巳は一足先に駆けだしていった。


「何あれー。最初に落ち込んでたのはタッツ先輩じゃん」

「まあまあ。辰巳先輩の言うことももっともです。まずは敵の攻撃を止めましょう」


 不満そうに口を尖らせる青葉をなだめて私も定位置へと向かった。


 相手のゴールキックで試合再開。敵GKはDFに預けて確実に前に進めることを選択する。こちらもまだハーフウェーライン前からは仕掛けない。相手はこちらの右サイドから攻め寄せてきた。が、どうも攻撃の意志が統一できていない。CBや左サイドのCH、SBが上がってこないのだ。さっきの攻撃で萎縮しているのだろうか。


 敵の攻撃の枚数が足りない。結局囲まれてあっさりとボールを奪われてしまった。その瞬間仲田サッカー少年団の攻撃スイッチが入る。


 ボールをカットした右SBがボールを青葉へ。これをさらにワンタッチではたいて縦に。辰巳が受ける。青の6番と5番が慌てて挟み込もうとするが、寄せきる前にスルーパスを出した。


 先ほどの敵の攻撃の影響で右サイドががら空きだ。そのスペースへのスルーパス。右サイドのSHが駆け込んでいる。そのままドリブルで右サイドを抉る。敵CBが置き去りにされた左SBの代わりに寄せていく。辰巳がペナルティーエリア正面へ駆け込む。そちらのケアに右SBが動く。


 味方右SHからクロスが上がる。ゴール正面に駆け込む辰巳と彼をチェックする敵右SBの頭上を通過するボール。ファーサイドへ駆け込む私。全力で地面を踏み切る。体を弓のように反らしながら斜め前方へ上昇。額にボールの感触。地面に叩きつける気持ちで引き絞られた体を解き放った。


 ボールは咄嗟にGKが出した足のすぐ前方に着弾。弾んで足と手の間を抜き、ゴールネットを揺らした。


「「おおおぉぉぉぉ!!」」


 歓声が上がる。ピッチの中からも外からも。自陣を振り返れば青葉が飛びついてくる。


「わぷッ?」

「美鶴ちゃん、えらい! よく決めた!」

「わわ!? ちょっと青葉先輩止めてください!」


 青葉はそのまま私の髪をかき混ぜてくる。本当に止めて欲しい。ただでさえ癖っ毛なのだ。空気を含んで鳥の巣みたいになってしまう。じゃれあう私たちのところへある意味このゴールの立役者、右SHの後藤も駆け寄ってきた。


「公式戦初ゴールおめでとう。東雲ちゃん」

「後藤先輩もアシストありがとうございました」

「おい。ゴトゥー! なんでスルーパスを出した俺に戻さない!?」

「いや。僕もアシストポイントが欲しかったし」

「俺じゃ決めらんねぇーって言うのかッ!?」

「さっきのフリーで撃ったスライディングシュートを決めてれば僕も信用して任せたんだけどねぇ」

「ぬぐぐぐぐ」


 さらに寄ってきた辰巳先輩が後藤先輩に噛みついている。囮にされた形なのが気にくわなかったようだ。まあ、後藤先輩のほうが上手で軽く流しているけれど。


 ピピッとホイッスルの音。


「ほら、君たち。嬉しいのは分かるけど早く戻りなさい。試合を再開するよ」

「「「すいませーん!」」」


 主審に怒られ、蜘蛛の子を散らすように走り出す私たち。




 敵のキックオフで試合再開。けれど先のカウンターであっさりと失点したのが聞いているのか、さらに攻撃はぎこちないものになった。具体的にはスリーバックがゴールに張り付いたまま前に出てこず、敵陣中盤にぽっかりとスペースが空いてしまっていた。


 FWとMFの5人だけで攻め上がってくる。けれどオフ・ザ・ボールの動きもろくにない。受け手は突っ立っているだけ。それぞれにマークが付いているため、ボールを持っているものはパスの出し所に苦慮している。


 その後ろにそっと寄っていって足を出してやった。ボールは転がって敵の正面にいた味方SBのもとへ。彼はダイレクトで浮かせながら私へ戻してくれた。腿でトラップして前方へ流しながら前を向く。ドリブルを開始して一気にトップスピードへ。


 敵SHが慌てて詰めてくる。チップキックで再度ボールを浮かす。ボールは彼の頭上を越えて背後へ。私自身もダッシュで抜き去る。ボールと合流してドリブルを再開。目の前には広大なスペースが広がっている。そのまま左サイドを切り裂いていく。


 青の4番がまた飛び出してくる。最初の攻撃と同じような展開。中へ絞り込んでいく。青の4番と一対一。左へ切り返す。今度は負けじと相手もついてきた。けれど私はもう一度切り返す。相手は目を見開きながらバランスを崩す。


 先ほどと同じ展開にすれば、さっきやられたことを意識してくれると思った!


 悠々と青の4番の右を抜いていく。最期の抵抗とばかりに伸ばされた手を身を捻って躱す。そのままペナルティエリアへ。敵CBもさっきと同じ展開を警戒していたのか、辰巳先輩の飛び出しを恐れて彼に張り付いている。もうこちらには干渉できない。


 GKと一対一だ。飛び出してきた。彼我の距離が詰まる。GKが身を横に倒しながら滑り込んでくる。その上をふわりとループシュートが飛んでいく。GKが身を倒して、もう立て直せないのを見極めてから私が撃った。ゴールネットが小さく揺れた。


「「おおおぉぉぉぉ!!」」


 先制点と同じく歓声。今度は辰巳先輩が飛びついてきた。


「東雲ーッ! お前まで俺を囮にしやがってからに!」

「いえ。辰巳先輩が脅威だから相手が勝手に警戒したんですよ」

「うん? そ、そうか?」


 ちょろい。


「そんなわけないじゃないですかー。タッツ先輩ちょろー」

「んなにぃ!? 東雲! どういうことだー!」


 せっかく丸め込めたものを引っかき回す青葉。彼女は辰巳をからかうことを生き甲斐にしているのだろうか。まあ確かに辰巳は弄られキャラだとは思うけど。


「ほら。そんなことより早く戻らないとまた審判がこっち睨んでますよ」

「誤魔化すんじゃねぇー! おい!? コラ待て!」

「待ちませんー」


 辰巳を放ってハーフウェーラインへと戻る。その途中で監督が私を手招きしていることに気付いた。そちらへ寄っていく。監督の傍には四年生のMF。どうやら私は交代らしい。


「よし。東雲よくやった。ここでお前は交代だ」

「まだハーフタイムにもなってないですけどいいんですか?」

「いいさ。お前は秘密兵器だからな。まだあまり目立たせるわけにはいかん」

「目立っちゃダメって……もう二点取っちゃいましたけど?」

「まだ初戦だぞ? 二点くらいじゃそこまで目立てないさ」

「そうですか。分かりました」


 これで初戦はお役御免。あとはベンチから見守ることとなった。確かに今日はまだ三試合もある。この身は小学一年生。正直スタミナに不安がある。体力温存は必要か。


 そしてこの試合、仲田サッカー少年団は二点先制されて心が折れた南部小を攻め続け大量得点を奪う。監督の言うとおり私の二点はスコアだけ見ても目立つことはなかった。


 ■仲田VS南部

 11:0


 辰巳:3得点

 新倉:3得点

 後藤:2得点

 東雲:2得点

 安藤:1得点




 さらにこの日残り2試合、仲田サッカー少年団は危なげなく勝ち抜いて大会二日目へと駒を進めた。私を秘密兵器扱いするという監督の方針通り、この日はスポットで参戦するだけに留まったのだった。


 ■仲田VS治田東

 4:0


 辰巳:2得点

 新倉:1得点

 後藤:1得点


 ■仲田VS西名

 4:1


 辰巳:2得点

 新倉:1得点

 後藤:1得点


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