入団式
5月の第三日曜日、幸いなことに晴天に恵まれたこの日は仲田サッカー少年団の入団式の日だった。
私は他の入団希望者といっしょにグラウンドで式が始まる時を待っている。
入団者は私の他には清宮とその仲間たち計6人。その私たちを先輩たちが取り巻いていた。総勢では50人くらいになるだろうか。同じ地域だからか知り合いもいるらしく、新規入団者の何人かは先輩たちとおしゃべりをしている。比較的緩い雰囲気の中、コーチ陣が現われるのを待っていた。なお親たちはさらに遠巻きに子供たちを見守っていた。
私は当然のことながら知り合いの先輩はいない。なので自分から話しかけることもなく周囲を観察していた。ここにいるのは、そのほとんどが男子。女子は中学年らしき人が一人、高学年らしき人が一人、私を含めても3人しかいない。
「サッカー王国とは言え女子はやっぱり少ないんだ」
「逆逆。サッカー王国だからこそ静岡には女子サッカークラブが結構あるんだ。ここからちょっと行ったところにもいくつかあるから女子は大概そっちに行っちゃうんだよね」
私の独り言に返ってくる声があった。そちらを振り向けば先ほど見た中学年の女子の姿。健康的に日焼けした顔にカラッとした笑みを浮かべている。
「そうなんですね。教えてくださってありがとうございます。えーっと……」
「青葉だよ。新倉青葉。三年生。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします。私は東雲美鶴と言います」
「じゃあ美鶴ちゃんね。私のことは上の名前でも下の名前でも好きに呼んで」
「それじゃあ青葉先輩で」
「おっけ。美鶴ちゃんって噂の中国からの帰国子女だよね?」
「何が噂なのかは分かりませんが……中国からの帰国子女であることは間違いないです」
「うんうん。まあ噂の内容についてはおいおい。日本には帰ってきたばかりなの?」
「はい。三月の終わり頃に」
「そっか。それで女子サッカークラブがあることを知らなかったんだね」
「はい。このクラブのことはクラスの男子に聞いたんですが女子クラブのことは話しに上がらなかったので。えっと、青葉先輩は女子サッカークラブの存在を知ってたんですよね? 何でそちらじゃなくてこっちに入ったんですか?」
「別に私なら男女関係なく活躍できるからね。わざわざ遠くの女子クラブに行く必要ないっしょ?」
そう言う青葉は自信満々の不敵な笑顔でこちらを見ていた。
「美鶴ちゃんは女子サッカークラブじゃなくていいの?」
「私も別に男女混合でいいです。その方が目的に近いですし」
そう言うと青葉はますます楽しそうにするのだった。
「はーい。注目」
そうこうしていると式が始まる時間になったようだ。
大人が数人並んで声をかけている。どうやら監督にコーチ陣、少年団団長らしい。
「また後でね、美鶴ちゃん」
「あ、はい。ありがとうございました」
青葉が一声かけて去って行く。
そして、まもなく入団式が始まった。
大人達が順繰りに挨拶し終わったら、今度は新団員の自己紹介だ。
名前と希望ポジション、それに将来の夢を語る。希望ポジションはMFが一番多く、次にFW。DF、GK志望はいなかった。将来の夢はサムライブルーを着ることやJリーガーになることだそうだ。
やがて私の番が回ってくる。
「東雲美鶴。希望ポジションはFWです。将来の夢は……とりあえずJリーガーになることです。これからよろしくお願いします」
パチパチとの拍手の音に混ざり、女子はなでしこだろというツッコミも飛んでくるが無視。私自身が真剣であることを知っていればそれでいい。
「それじゃあみんなの自己紹介が終わったところで、早速今日から練習を始めよう。今日のところはまずシュート練習。その後、上級生を交えての試合形式だ。それじゃ低学年統括の坂下コーチのところで詳しい話を聞くように」
そう言って指し示す男性の方へわらわらとみんなで向かった。
◇
シュート練習はドリブルシュートから始まった。
坂下コーチのホイッスルに合わせて清宮たちがドリブルで飛び出していく。そして自分たちの好きな角度、距離まで近づくとシュートを蹴り込んでいった。インサイドでコースを狙う者、インステップで全力で蹴り込む者、実に多彩だ。特にキックの種類は決まってないらしい。
最後に並ぶ私の番がやってきた。ゴールを左前方に捕らえた位置からボールを小さく蹴り出す。ドリブルを開始。いつもと若干フィーリングが違う。渡されたときに気付いたのだけど私物の三号球より若干大きく重いのだ。四号球というヤツだろう。しまった。小学校に入る段階で買い換えてもらうんだった。直径で1~2cm程度、重量で10~20%程度の僅かな差。ルックアップした状態でドリブルできないほどではないけれど、シビアなコントロールでは致命的なズレが出かねない。仕方ない。とにかく慣れて修正していくしかないな。
ドリブルのペースを上げ下げしながらゴールへ向かう。ペナルティエリアに侵入する手前で切り返す。DFを一人振り切るつもりでラインに沿って進む。そしてペナルティアーク手前から左足のアウトサイドキックでボールの右側面を擦りながらシュートを放った。
けれどここでフィーリングのズレから来る誤差がいきなり出た。スライスさせながらサイドネットに突き刺すつもりで放ったシュートは狙いよりも若干大きく変化しポストを叩く。
そして跳ね返ってゴールネットを揺らした。ボールが大きくなったせいでボールを擦る面積が想定より大きくなり、結果カーブがかかりすぎたのだ。今回はけがの功名だったけど今後は気をつけないとね。
次は左ゴールポスト前に立つ坂下コーチから出たマイナス方向へのパスをトラップで止めて打つ練習。これは右足インサイドで柔らかく受け止めた後、左足をコンパクトに振り抜いてゴール右隅に蹴り込んでやった。精緻なコントロールはまだ効かないことを意識して狙いすぎないように注意した。
最後は同じくマイナス方向へのパスをダイレクトで蹴り込む。今度は深いこと考えず、軸足をしっかりと踏みしめて全身をしならせる全力シュート。ボッと音を立てて弾けたボールは勢いよくゴールネットに突き刺さった。
◇◇◇
今年もこのシーズンがやってきた。一年の中で最も楽しみなイベントかもしれない。
毎年新しい子供たちがやってくる。成長著しい時期である彼ら彼女らをどのように教え導いていくかを考えるのはとてもやりがいがある。試合へ勝つことはもちろんだが、子供たちの今後のサッカー人生が長く素晴らしいものとなるよう大切に指導していってやりたい。
低学年統括の坂下コーチが練習メニューを説明している。初日は楽しさから入ってもらえるよう、まずは景気よくシュート練習、その次は先輩たちを交えて試合を行う。その中で個人個人の現在のレベルやポジションの適正を見せてもらうのだ。
最初はドリブルからのシュートだ。
子供たちが順々にドリブルを始め、思い思いの位置からゴールへ蹴り込んでいく。男子たち5人は普段から公園で練習していると言ってただけあって、なかなか様になっている。特にトップバッターを切った清宮は綺麗にコースへ蹴り込んでいた。
最後は今年唯一の女子か。先ほどの自己紹介を思い出す。東雲美鶴。希望ポジションはFWだったか。なでしこリーグではなくJリーグを目指していると言っていた辺りは無邪気で微笑ましいものだったが——
「んが!?」
その女の子はドリブルからしてただものではなかった。ペースを自由自在に変えながらボールは足から離れない。切り返しも遅滞なく鋭い。おそらくDFがいればU-12レベルでも躱せただろう。そして難易度の高いアウトサイドキックでGKから遠ざかるシュート。完璧にコントロールされた一撃は外ギリギリ一杯、ポストの内側を叩いてゴールに飛び込んだ。しかも視線や体の向きは逆を向いている。フェイントまで意識したシュートだった。
そこからさらに驚かされることになる。シュートポジションに完璧に落とすトラップコントロール。そしてノータイムで真芯を食うインステップキック。
一番驚かされたのはダイレクトシュートだった。軸足を置くポジションは最適。移動するボールを体から遠すぎず近すぎない絶妙な場所で確実にミート。それも全身をムチのようにしならせた全力のインステップキックでだ。ふかさないように上体を被せて放たれたシュートは豪快にネットに突き刺さった。とても小学一年生が放つ威力じゃない。全身の力を無駄なく使い切ったとしてもあの体格からどうやってあんなシュートが打てたんだ?
何よりおかしいのはそのシュートを右足で放ったことだ。ドリブルシュート、トラップからのシュートで見事な技術を披露したのは左足だった。まさか両利きなのか? どちらの足もあの精度で使える?
「タケちゃん、おかしい子が一人いるぞ」
「ああ……そうだな。あれ本当に一年生か? 六年生じゃなく?」
「体格は一年相応だぞ。それで何であんな威力のシュートになるのか謎だが」
受け持ちの高学年へ練習指示を出し終えて隣で新団員の見物をしていた飯田武弘コーチに声をかける。小学生からの付き合いである幼馴染みはあんぐりと口を開けて馬鹿面を晒していた。俺もきっと似たような顔をしてるんだろう。
「ま、まあでもシュートだけかもしれん。憧れのプロ選手を真似て幼児のころからシュート練習だけをひたすらしてたとか」
「最初にドリブルシュートをしたけど、ドリブルもとんでもなく上手かったぞ」
「……ドリブルとシュートだけかもしれん」
「……そうだな。この後の試合形式でも見てみよう」
「そうしよう」
そういうことになった。
◇◇◇
「それじゃあ、これから試合形式の練習をするぞ。一年生だけだと二人足りないから三年生からのヘルプでGKと司令塔役のMFを入れる。ポジションは今日のところはみんなで自由に決めてみろ。相手は二年生主体に三年生を混ぜたチームに勤めてもらう。初日だ。勝敗にはこだわらず楽しんでいこう」
坂下コーチがビブスを配りながら練習内容を説明する。ヘルプを二人? 五人足りないと思うけど……。不思議に思って清宮に聞いてみると小学生の試合は8人制で行うとのことだった。コーチが指し示すピッチも私が知るものの半分くらいの広さしかない。
8人か。スタメンの枠が減るのはともかく、11人制とは大きく変わってきそうだ。
パッと思いつくのは一人当たりの役割が大きくなってポジションが完全な分業制とはいかなくなること。後はスペースは半分になったのに人は3割弱しか減っていないから人口密度が上がっている。よりスピーディーなプレーが求められるようになるのだろうか。
そんなことを考えながらピッチに立つ。フォーメーションは司令塔の三年生MF——なんと青葉だった——を囲むような2-3-2の形に自然となった。私がついた位置は左前方。左FWということになる。
コーチのホイッスルでキックオフ。右FWが青葉に渡した。青葉はボールを押さえたまま一年生へ上がれ上がれと指示を出す。指示に従って全体をゆっくりと押し上げる。私もハーフウェーラインを越えて敵陣へ侵入した。敵MFが寄ってくる。私のマークにつくらしい。逆サイドのFWにもチェックがついていた。ここで敵FW二人が青葉に詰めていく。青葉はほどほどまで引きつけると右MFへパス。敵FWの一人が進路を変更して追いかける。
ボールを押さえた味方はその場でキョロキョロ。ボールの出しどころを探す。青葉に戻すには近寄ってくる敵FWが邪魔だ。右FWが下がってボールをもらいに行く。そちらへパス。ボールを受け取った味方FWは前を向く。敵DFがついているが無理に行かないように指示されているのか詰めようとしない。
FWはドリブルを開始。ゴールへと向かう。敵DFはやはり無理にチェックせず併走。ゴール前にもう一枚DFがいるが、この人もなんらアクションを起こさない。私と他に青葉もパスをもらえる位置取りをしているが、どうやらFWは気持ちよくドリブルできることに興奮しているのか周囲が見えていない。ペナルティエリア傍まで来たところでミドルシュートを打った。枠を大きく外れてゴールキックに。
「よしよし。よくシュートまで行った」
悔しそうに戻ってくる右FWを拍手で迎える青葉。先輩から褒められて悔しそうな顔は一転した。先ほどのDFの動きもそうだが、どうやら初日ということで接待プレーをしてくれているらしい。まあそれはそうか。これは歓迎会みたいなものだろうし。
敵GKのキックで試合再開。ボールを受けた敵FWが反対側のサイドを上がっていく。フォローに来たMFとパス交換をしながら味方FWと右MFを回避。ハーフウェーラインを突破して自陣へと侵入した。方向を転換して中央へ。青葉の後ろのスペースへと入っていく。
青葉は戻りながら止めてと味方へ指示を出す。これにMFとDFの全員が反応してしまった。ボールへとみんな集まっていく。ボールを持っていた敵FWは一旦立ち止まって、どうしたものかと困惑顔。敵側もフォローのために集まってくる。あっという間に自陣ペナルティエリア前に団子ができあがってしまった。青葉が広がってと指示を出すがみんな興奮状態。聞きやしない。
その中に入っていく気にはならず、私はそれを遠巻きに見ていた。
ピンボールのように団子の外へはじかれたボールはペナルティエリア内にころころと転がる。それを見て私は前方へ右手を挙げながらダッシュした。ボールに追いついたGKは大きくクリア。
私の方向へ飛んでくる。正面からは敵DF。どちらが先に追いつくか。
結果は私が先。私の頭上を越えたボールに飛びつく。足を伸ばしてギリギリトラップできた。ドロップは大きく。浮かせて寄せていた敵DFの背後へ落とす。私自身もその勢いのままDFの脇の駆け抜ける。全力で突進していた敵DFはすぐにストップすることはできない。たたら踏みながらようやく反転したときにはドリブルを開始して大きく引き離していた。
ハーフウェーラインを越えた。私の前には広大なスペースが広がっている。そのスペースをドリブルで切り裂いていく。
ゴール前に一人残っていたDFが出てくる。味方FPはみんな団子に参加していた。まだ私に追いついてくる気配はない。ならこのDFと勝負だ。
おそらくドリブルのコースを変えていれば先ほどの接待プレーのように進路を塞がず併走してくれたのだろうけれど、敢えて正面から突っかける。ステップを小さく。ボールに相手の足が届く手前まで詰める。全身を右へ倒す。蹴り足を右に出して——
敵DFも合わせて右へ動く。私の蹴り足はボールの上を通過。ステップオーバー。逆へ切り返す。目を見開いている敵DFの左を抜いた。
そのままペナルティエリアへ侵入。キーパーと一対一に。キーパーは出てこない。両手両足を開いて待ち構えている。ここまで来ても接待プレーか。嘆息しながら右足を振り抜く。アウトサイドでミートしたグラウンダーのシュートはキーパーの手が届かない軌道でゴール右隅へ突き刺さった。
コーチのホイッスルを聞きながら自陣へと引き上げる。
「凄いじゃん! 美鶴ちゃん。初ゴールおめでとう!」
「ありがとうございます」
ハーフウェーラインで出迎えてくれた青葉。ハイタッチを交わす。
そうか。これが私の初ゴールになるのか。クラブ内での練習で、かつ新人向けの接待ではあるけれどそう考えると感慨深い。定位置の左側にもどる途中でコート外で応援する父兄を見てみると、お父さんが喜んで手を振ってくれているのがわかった。私も小さく手を振り返しておいた。
◇◇◇
「なあタケちゃん。あの子、秋の大会で使っちゃダメかな?」
「いやいや。ダメだろう。確かにうちのクラブは選手に合わせて飛び級を許す方針だけど。いくらあの子のテクニックが凄くても、六年生とじゃ体格差がありすぎる。体重なんて倍近いはずだぞ。接触のときファールはもらえるかもしれんがケガするリスクがデカすぎるって」
「だよなー」
タケちゃんの言うことは至極もっともだ。だがなぁ。あの子の破格の才能を見せられると、何とかして試合の経験をたくさん積ませてやりたいんだよなぁ。
先ほどのカウンターの一幕。攻守が切り替わる気配を感じるとあの子——東雲美鶴は迷わずダッシュ。手を挙げてロングパスを要求した。そのスピードは年齢相応のものだったが、そこからが圧巻だった。
正面から迫るDFの裏へわざと大きいトラップで落とすとそのままドリブル突破。もう一枚のDFの接近に、味方の援護がないことを知ると即座に一対一を選択。キレのあるボディフェイントであっという間に抜き去る。最後のキーパーとの対決でも難易度の高いアウトサイドキックを危なげなくコースに決めてしまった。
その後も、鋭いドリブルでピッチ左サイドを切り裂くとセンタリング。ゴール前に走り込んでいた新倉の頭に合った。新倉が流して新人に花を持たせようとしたので、最後はふかして外れてしまったが、そのままヘディングシュートを選択していれば入っていただろう。
とにかくDFとの一対一に勝ちまくっていた。DFは三年生で揃えていたんだが……。
特にプロ選手が使うような難易度の高いフェイントではなかった。ステップオーバーやスライドなど一般的な足下のテクニックの範疇を出ない。けれどその精度と体のキレが尋常ではなかった。どう見ても突っ込んでいるという体勢から難なく切り返してDFを翻弄する。ボールにはまるで魔法でもかかっているかのように、出されたDFの足を避け、東雲の足へ吸い付いて離れなかった。
シュートもいい。度胸が並外れているのか、DFに足を出されても焦らず正確に蹴り抜く。そのため枠を外すことがなかった。今回は上級生にボディコンタクトを禁じていたため、体を当てられた状態でどこまでやれるかは未知数だが、それでも期待が持てそうだ。
やっぱり何とか試合に出してやりたいなぁ。これも嬉しい悩みというやつだろうか。
うんうん唸る俺に救いの手を差し伸べてくれたのは、これもタケちゃんだった。
「U-12はダメだけど……U-10ならいいんじゃないか? 本人の希望とは異なるけど3-3-1のSHどっちかならマッチアップ相手もそこまで大きくないだろうし」
「それだ!」
そういうことになった。
ここまででストック分を全て吐き出してしまったので今後は投稿ペースを落とします。
ひとまず一週間に一話くらいを目標として、もう少しペースを上げられると……いいなぁ。
お待たせしてしまいますが引き続きよろしくお願いします。