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とある試合の一幕

W杯熱に浮かされてやって参りました。

どうせ創作するなら思いっきりファンタジーな内容にしようと女主人公ものです。

読者様におかれましては是非とも長いお付き合いのほどをよろしくお願いします。

 2018年6月19日、ロシア、サランスクはモルドビア・アリーナ。

 夏の訪れを感じさせるただでさえ暑い一日。スタジアムに駆けつけた40,000人を越える観衆がさらにこの日の熱気をさらに加熱させていた。

 4年に一度のフットボールの祭典。国家の威信がぶつかる、そのグループステージHの初戦が始まっているのだ。



「壁があったら殴って壊す。道がなければこの手で作る」


 過去にそんなことを言ったことがあるらしい。今ベンチにいるあの先輩は。

 真偽を確認する意味も込めておどけたように本人の前で言ったら、顔を真っ赤にして殴られた。だから本当のことなんだろう。きっと。


 まあそんな風に本人の前では茶化してしまったのだけれども、名言だと想う。いや本当に。だからそう。ひとつ私もやってみますか。目の前にいる黄色いユニフォームの連中。あいつらは壁だ。だから殴って壊そう。


 そんな凶暴な気分なのだ。


 なぜ私がそんなにも好戦的な心持ちになっているのか。それには理由がある。

 主に奴の舐め腐った言動のせいだ。私に対しての。

 私のチェックについている左SB(サイドバック)。こいつは試合開始早々私を見下ろしてこう宣ったのだ。


『ああん? なんでピッチの上にメス猫がいやがる? 日本人(ハポネス)の野郎どもはメスの力を借りないとフットボールの一つもできないのかぁ?』


『おい、お前。一晩いくらだ? 今晩俺が買ってやるよ』


 私は奴らの公用語であるスペイン語はヒアリングもできないので想像だけど、きっとこんなことを言っていたのだ。そんな顔してた。



 ところで奴らがメス呼ばわりしていたのは、私が女顔の美少年だからというわけではない。普通に女だからだ。そう。私は日本初にしておそらく世界唯一のプロリーグ所属選手なのだ。女子サッカー選手ではなく。普段はなでしこリーグではなくJリーグでプレイしている。男性と混ざって。


 だから目の前の17番。こいつみたいな事を言ってくるヤツはこれまでもいっぱいいた。今でこそいなくなったとは言え以前はJリーグにも。ある意味慣れたものではあるのだ。その度に実力で黙らせてきた。今回もそうするだけだ。何も変わらない。

 そのためには私の力を示すこと。こいつをちぎってパスを受け、敵のペナルティエリアを侵して、点を取る。ストライカーとしての役割を果たすことだ。


 そんなことを考えていると不意に試合が動く気配を感じた。その気配の方向では味方のボランチが相手の不用意な横パスをカットしていた。これは来る。

 まずはマークを外さないと。オフ・ザ・ボールの動き。パスをもらいに行く振りをしてマイナス方向へ小走り。マークマンを引き連れる。マークマンの視線がパスカットが起きた方向を向く。今だ!

 上体を落としながら反転。両足で強く芝を踏み体を前方へ押し出した。クラウチングスタートのように低い体勢での飛び出しに高身長の南米人は完全に私を見失った。闇雲に広げた両手の下をくぐり抜け空いたスペースへ。


 ボールは味方ボランチからトップ下へ。縦パスが通った。


「シノノメッ!」


 さすが先輩! だてに高い給料をもらってない!


 現在の日本人プロサッカー選手最高市場価値を持つと言われているトップ下の先輩はその技術を遺憾なく発揮して敵の股を抜くスルーパス。私の前方へ蹴り出してくれた。


 そのボールに追いつくまでの一瞬で周囲の気配をチェックする。私が置き去りにした左SBは問題ない。脚の長さの関係から最高速度では負けるのでいずれ追いつかれるがその頃にはペナルティエリア内だ。私のストロングポイントの一つである瞬発力で十分にリードを作った。問題は左側のCB(センターバック)。こいつはカンがいいのか此方への動きだしが早かった。私のほうが僅かに先にボールに追いつく。けれどほぼ同時にCBにも張り付かれる。あまりに近すぎてフェイントで抜くスペースもない。もう一人のCBはカバーに入ろうという動き。

 パスはどうだ。私の左側にいた味方CF(センターフォワード)はファー方向に走っている。敵DF(ディフェンダー)を1枚引き連れて。トップ下の先輩に戻そうにも私を追いかけてきてるSBにカットされそうな位置関係だ。味方SBの上がりを待っていたら挟まれる。


 なら———行くしかないね。判断は刹那の内に。激突の予感に瞬間的に闘争心が沸騰する。


 目を見開き、無意識に唇をペロリと舐めた。


 ボールを押さえた。かがみ込むように体を縮めながら回れ右。密着してくる敵CBに対して半身になる。そしてこちらから背を預けるようにしてボールをキープする。相手は余裕の下卑た笑顔。このまま、ファールにならないように私を押さえて、戻ってくるSBと挟み込んでやろうとしている。けれど甘い。



 ところでこれまで女子のJリーガーが誕生しなかった理由。それは男性と較べて女性はフィジカルが圧倒的に弱いから。それが主要な理由だ。一方で私は国内ではめっぽうフィジカルが強い選手として知られている。それこそ男子プロと較べてもだ。

 別に私がゴリラみたいな女だからというわけではない。165cm52kg。アジア系の女子としてはまあまあ長身ではあるがむしろ細身だ。残念ながら胸も。


 それでは私のフィジカルの強さの理由は何なのか。それは———



 敵CBに背中を預けたその瞬間。相手に近い右足を僅かに浮かし全力で地面を踏みつけた。間に柔らかい芝生を挟んだことで少々緩和されるが、それでも強烈な反作用が大地から返ってくる。その反作用と連動させながら縮めていた体を一気に伸ばす。下腿から大腿へ、さらに臀部から広背へと力が連動、加算されながら移動していく。その力を全て触れている背中から相手へと流し込んでやった。結果。


 相手は全身をくの字に折り曲げて吹っ飛んだ。3mほど。


 周囲の驚愕を余所にそのままペナルティエリアへ向けて駆け出す私。もう一人のCBが一瞬遅れながらもシュートコースを塞ぎながら寄せてくる。ここは勝負。ドリブルで躱してやる———


 けれどここで先の交錯に対してホイッスル。宣告は相手ファール。まあ、184cmと165cm、80kgと52kgという体格差。先にボールにアプローチしたのもこっちだしそれは相手ファールになるよね。何をやってるのか分からない周囲からしたら。私としては流してくれても良かったのだけど。


 まあいい。残念ながらPK(ペナルティキック)ではないけれどいい位置でFK(フリーキック)をもらった。


「ナイスプレイ! シノノメ!」

「先輩のスルーパスのおかげですよ」


 駆け寄ってきたトップ下の先輩にボールを手渡す。彼のプレースキックは超一流だ。この距離、この角度ならやってくれるだろう。



 なかなか立ち上がらない敵CBに笛を短く鳴らしながら審判が近づく。その指は胸ポケットに。カードに指がかかっている。自分より圧倒的に小柄な相手と接触したくらいで、わざとらしく飛んでんじゃないよということだろう。けれどポケットから出かかったカードは、倒れたCBの顔をのぞき込んだところで困惑とともに下ろされた。



 なんだなんだと私も近づいてみる。


 あ。


 倒れたCBは泡を吹いていた。気絶して。




 いっけない。やり過ぎた。


この作品の世界では、全ての国家・団体で

「サッカーをもっと盛り上げるには女子選手を増やさねば」

「男女混合じゃ女子には辛いから女子W杯や女子リーグ作ろうぜ」

「そしたらもとのW杯とかリーグに男子ONLYってつける?」

「どうせ男子といっしょにプレーできるような女子選手は出てこないだろうからこのままでいんじゃね?」

「せやな。規定書き換えたり各団体に通知するのも面倒いし」

「せやせや」

「禿げしく同意」

ということになっています。創作だからね。仕方ないね。

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