本文その1
「……何だ、こりゃ」
多重メタ的ネット小説『ラプラスの悪魔たち』においてもはやお馴染みとなった、夢の世界の中での夢魔少女による蘊蓄解説シーンの始まりであるが、今回は特に、場所にしろ、集まった面子にしろ、これまでになくインパクトがあり過ぎたのであった。
……何かもう、歌音のアバンギャルドな装いすらも、まともに見えてくるくらいだぜ。
そんなことを思いつつも、隣のソファに座っているサイバーゴスロリルックの少女へと、こっそりと問いかけてみる。
「なあ、歌音」
「何ですの? 響お兄様」
「これっていつも通りに、夢の世界なんだよな?」
「ええ、もちろん」
「だったら何で、前回のような全周白一色の神秘的空間ではなく、そこら辺にありふれている何の変哲もない、カラオケボックスの中なんだよ⁉」
絶妙のタイミングで歌音が差し出したマイクを通してハウリング気味に、色とりどりの照明が瞬いている結構広々とした室内に響き渡っていく、僕の魂からの叫び。
そうなのである。確かに学生寮の自室で眠っていたはずなのに、気がつけば何だか見覚えのある学園の生徒たちとともに、カラオケボックスでの合コンパーティ状態となっていたのだ。
とはいえ、今回参加している男女の比率には、非常に偏りがあるようではあったが。
「ああ。そこのところは、オリジナルに敬意を表しているのよ」
「何だよ、オリジナルって。──あ、いや。いい、言うな。何だかヤバそうだし」
「うふふふふ。賢明ですこと。まあその辺のところはいいではありませんか。せっかく夢の中なんだから、どんな舞台でも自由自在に実現できるのだし」
「……だからこいつらを、一度に全員集めることができたってわけなのか」
上座の大型モニターを背にしたいわゆる『歌い手』席から、ボックスの奥のほうへと視線を巡らせば、まずは僕のすぐ左隣に座っている、いかにも小動物系の可愛らしさを誇りながら実はこれでもれっきとした上級生の、高等部二年生の明日奈未来先輩が、ちょこんとお辞儀を返してきた。
この人は別に構わない。確かに『自称未来人』の学園きっての変人ではあるが、見た目に問題はないし、むしろ個人的には好ましいくらいである。
そう。ビジュアル的に、問題が大ありなのは──。
「「「オス。自称謎の転校生、ハルヒコこと、RWT48です!」」」
マイクも使っていないのにエコーを効かせながらそう言って深々とおじぎをする、四十八ものまったく同じ顔。
何とその時大人数用のカラオケボックスのソファ席を所狭しと埋めつくしていたのは、クローン技術でも使って生み出されたとしか思えない、まったく同じ姿形をした四十八名の少年であった。
……ここまでくると壮観だとか神秘的だとかいう以前に、ただただ気持ち悪いだけだよな。
「ええと、一応確認しておくけど、おまえらは兄弟だったり従兄弟だったりクローンだったり分身の術だったりするのではなく、間違いなく同一人物なんだな?」
「「「しかり」」」
「実は僕はネット小説『ラプラスの悪魔たち』の作者として、これまでL学園において行われてきた異能イベントはいわゆる『神視点』ですべて把握しているんだけど、連作短編で言えば『RWT48』の回で明らかにされたように、おまえらがこうして同じ時空間に四十八人もいるのは、別々の時点からタイムトラベルしてきているからで相違ないんだな?」
「「「おう」」」
……あ~あ。認めてしまったよ。
僕が諦観の念を抱きながら目配せをするや、すっくとその場に立ち上がり、四十八人のハルヒコたちへと向かって、
無情にも『最終宣告』を突きつける、夢魔の少女。
「──はい、おしまい。これでハルヒコさんが、未来人でもタイムトラベラーでもないことが確定いたしました」
「「「は?」」」
目を丸くして硬直する、RWT48。
「続きましては、高等部二年生の明日奈未来さんについてですが──」
「「「ちょ、ちょ、ちょっと待った!」」」
「何ですの、ハルヒコさん。カラオケを歌う順番は、未来さんの件が解決した後に決める予定なのですけど」
……この蘊蓄解説コーナーが終わったら、本当にカラオケパーティをするつもりだったのかよ?
「「「カラオケなんてどうだっていい! いったいどういうことなんだよ、僕たちが未来人でもタイムトラベラーでもないって⁉」」」
「はあ。どういうことも何も、そのままの意味なんですけど」
「「「だから、何を根拠にそんなことが断言できるのかを、聞いているんだよ⁉」」」
「根拠も何も、タイムトラベラーのほうはともかく、この現代にはあくまでも現代人しか存在することはできず、未来人や過去人なんて絶対存在し得ないと、至極当たり前のことを申し上げているだけなのですが?」
「「「その当たり前でないことを為し得るのがタイムトラベラーなのであり、こうして未来人である僕が現代に存在できているんじゃないか⁉」」」
「そんなことはありませんわ。たとえタイムトラベラーであろうと、現代に存在する間はあくまでも現代人でしかないのです。なのにあなたは自分のことを未来人だと言い張っているから、最初からお話にならないのです」
「「「な、何だ、その禅問答もどきの詭弁は? だったらそこの『自称未来人』の中二病女も、単なる偽物ってことになるだろうが?」」」
「いいえ。未来さんのほうは、本物の未来人であり得る可能性は十分にございますわ。──何せ彼女はあくまでも、現代人の身体をお持ちなのですからね」
「「「へ? 現代人の身体だからこそ、本物の未来人であり得るって……」」」
「そもそもあなたは物理法則に基づけば、根本的に間違った存在でしかないのですよ。あなたまさか、『質量保存の法則』を知らないとでも言うのではないでしょうね?」
「「「ば、馬鹿にするな! 質量保存の法則っていうのは、『氷が溶けた』といっても本当に消えてなくなったわけではなく、液体や気体となって存在し続けているように、自然界においては物質が質量的に消滅することはないという法則のことだろうが⁉」」」
「御名答。そこで問題です。西暦2300年の未来において、突然ある人物が消え去ってしまいました。何と彼は過去にタイムトラベルしてしまったというのですが、果たしてこの場合、質量保存の法則は守られているのでしょうか?」
「「「‼」」」
思わぬ指摘に言葉を失うハルヒコズを見ながら、嗜虐心たっぷりの笑みを浮かべる夢魔少女。……このドSめが。
「あら、どうなさいました、未来人さん。顔色がお悪いですよ? 物理法則すらもぶっちぎれる未来人さんには、何ら恐れる物なぞございませんでしょうに。何せ超越しているのは、質量保存の法則だけではないのですからね」
「「「えっ」」」
「実は問題なのはタイムトラベルの出発時だけではなく、この現代への到着時も同様なのです。何せこの世界には、『一つの場所に複数の物質は同時に存在し得ない』という物理法則もございますのですからね。よって地上においてはどんな場所でも少なくとも空気が存在していることを鑑みれば、SF小説等でお馴染みの『瞬間移動』などといったものはけして為し得ないことになるのです。すなわち他の時代から現代へと突然タイムトラベルしてくるという、『時代を超えた瞬間移動』なぞもまったくあり得なくなるわけなのです。──以上の論旨をまとめれば、人間が肉体丸ごと時間移動を行ういわゆる『実体型タイムトラベル』などといったものは、物理法則的にけして為し得ないということなのですよ」
「「「──っ」」」
己の未来人としてのアイデンティティを全否定されてしまって、今や顔面蒼白となるRWT48。
しかし窮鼠猫を噛むとは、このことか。
むしろ怖いまでに吹っ切れた表情でまなじりを決する、四十八の同じ顔。
「「「……物理法則が、どうしたというんだ」」」
は?
「「「こちとら元々常識外れの存在であるタイムトラベラーなんだ、物理法則なんて知ったことか! いやむしろ、僕たちタイムトラベラーは物理法則を超越した偉大なる存在だからこそ、タイムトラベルなぞという常識の理を超えたことを実現できるのだ! そう。言ってみれば、小説の世界の中の登場人物のようなものなんだ! それが証拠にこれまでのSF小説においてもあまたのタイムトラベラーたちが、物理法則を無視してタイムトラベルを成し遂げてきたではないか! SF小説万歳! 物理法則なんてくそ喰らえ!」」」
おいおい。自分たちが論理的に間違っている存在だからって、すべてのSF小説までもが物理法則に反した非科学的な存在みたいに言うんじゃないよ?
今やすべてを捨て去ってまで己のタイムトラベル道を貫こうとしているRWT48であったが、それくらいで容赦してくれるような、心優しいドS夢魔少女ではなかった。
「それが残念ながら、あなたたちはSF小説におけるタイムトラベラーとしても、間違った存在でしかないのですよ」
「「「なっ⁉」」」