本文その2
「ば、馬鹿な!」
「我々の現実世界すらも、停止状態にあるだって?」
「いやだって、私たちの世界もこの夢の世界も、現にこうしてちゃんと動いているじゃないの?」
「うふふふふ。それはそうでございましょう。パラパラ漫画やアニメの中の登場人物に、『おまえが現在存在している世界は本当は教科書の端っこの落書きやセル画の集合体に過ぎないのだ』と言ったところで、本気にしたりはしないでしょう。まさしくこれこそが世界というものが相対的なものであるゆえんであり、たとえ第三者からすれば創作物内の世界であろうとも、そこに存在している者からすればれっきとした現実世界なのですからね」
「うっ」
「ちょっと、卑怯じゃないの! そんなメタ的な理論を持ち出してきたら、何でもありになってしまうでしょう⁉」
「ちゃんと我々にもわかるように、論理的に説明してくれよ!」
「いやいや、待ちたまえ諸君。大事なのは『かつてほっぽり出された世界』が現在どうなっているかであって、我々の世界が停止しているかどうかなんて、ひとまずはどうでもいいではないか?」
トンデモ理論を矢継ぎ早に浴びせかけられたために、今や本来の主題を忘れかけてしまっていた仲間たちに対して、一人冷静に喚起を促す八丈島先輩。
「おーけーおーけー。心配しなくてもそこら辺のところは、一挙にすべて解決してご覧に入れるから。何せ多世界解釈量子論こそがSF小説的な超常現象全般における、まさしく『福音』と呼び得るものであり、とにかく多世界解釈量子論にさえ基づけば、いかなるSF小説的事象であろうとも明解に説明をつけることができるのですからね」
……多世界解釈量子論こそが、SF小説的な超常現象における福音だって?
「というわけで、少々遠回りになりますけど、一からすべてを御説明して参ることにいたしましょう。何せ『ほっぽり出す』とかそんなことにかかわらず、異世界転移やタイムトラベルをするごとに当然世界や時代を渡り歩くことになるのであり、『元の世界はどうなったのか?』というのはそもそも根源的問題とも言えるのですが、実は何よりも現実性を第一に考えれば何も多世界解釈量子論なぞを持ち出すこともなく、簡単に解決することができるのです。それこそがまさしく、『夢と現実との逆転』とも言うべき理論なのです」
「へ? 夢と現実との逆転って……」
「つまり何度異世界転移やタイムトラベルを行おうが、その人にとっての現実世界は現在目の前に存在している世界ただ一つなのであって、異世界転移やタイムトラベルをするたびに元いた世界はすべて夢幻のごとく消え去ってしまうものと見なすというか、ぶっちゃけ異世界転移やタイムトラベルといった超常現象そのものを、異世界転移やタイムトラベルをした夢を見ていただけに過ぎないと見なすという、非常に現実的な見解のことなのです」
「「「なっ⁉」」」
声を揃えて絶句する、救世主の皆様。
その気持ち、よくわかるぜ。おいおい、いくら何でも、ぶっちゃけ過ぎだろうが?
「……じゃあ、僕らがこれまで世界を救ってきたっていうのは?」
「単に、そのような夢を見ていただけに過ぎないのです」
「いや待って、それじゃ私たちって、いったい⁉」
「ええ。ただ単に世界を救う夢を見ただけなのに、目が覚めた後においてもそれを本物の記憶と──つまり自分は異世界転移やタイムトラベルを本当に行ったと信じ込んでいる、可哀想な妄想癖の少年少女に過ぎないのです」
「「「いやいやいやいやいやいやいやいやいや⁉」」」
まさに自分の救世主としてのアイデンティティを全否定されてしまい、悲鳴じみた声をあげる少年少女たち。
「別におかしな話ではないでしょう? そもそもこの現実世界の中で異世界転移やタイムトラベルなんかが実現できることのほうが、よほどあり得ない話ではありませんか?」
「ちょっ。それを言ったら、おしまいだろうが⁉」
「そうよ! だいいち自分こそ夢魔のくせに、何が『夢と現実との逆転』よ⁉ だったらこれも単なる夢でしかなくて、私たちの目覚めとともに、あなた自身も消え去ってしまうというわけ?」
「ええ、そうですよ? これはただの夢であり、私はあなた方の夢の産物に過ぎないのです」
「「「はあ⁉」」」
「ただし夢魔というものはすべての魔物の中でも特殊な存在でして、こうして夢の中にしか現れないからこそ、唯一その存在に現実性が与えられているのです。だって夢魔が現れる夢を見た場合、それが単なる夢なのか本当に夢魔に取り憑かれたかは、夢を見た御本人にも確実に判断できないわけでしょう? よって我々夢魔は皆さんが夢の中でその姿を見るたびに、存在可能性を与えてもらっているようなものなのですよ」
き、汚え。散々異世界転移やタイムトラベルのことをただの夢と否定しておきながら、夢の産物であるはずの自分だけは、ちゃっかり実在性を確保しやがって。
「まあ、そうは言ってもこれはあくまでも現実性を第一とした極論なのであり、いわゆる『完全なる現実世界』におけるモットーなのであって、皆様もご覧になっておられるネット小説『ラプラスの悪魔たち』の中で何度も述べているように、この世界は無限の可能性を秘めた『SF小説的世界』なのであり、だからこそこれまで高度かつ豊かな文明の発展を実現できたのであって、たとえ異世界転移やタイムトラベルのような非現実的なことであろうと、頭ごなしに否定してしまっては何の進歩もあり得ません。そしてそんなSF小説的世界にとっての福音となり得るのが、まさしく多世界解釈量子論なのです」
お。ようやく話が、本来の趣旨に軌道修正されてきたぞ。
「それに何よりも、何でもかんでも『すべては夢に過ぎなかった』ことにしてしまったら、ネット小説にした時に単なる『夢オチ』ということになって、まさしく創作者としては許されざる『逃げ』に過ぎず、書き込みコーナーで叩かれてしまいますからね」
だから、ぶっちゃけ過ぎだって言っているんだよ⁉
「何せまさに小説的視点で言えば、異世界や他の時代にいた時こそがメインステージなのであり、主役にとってもかけがえのないイベントや人々との出会いが行われているのであって、最後の最後に元の現実世界に戻ったからってすべてを夢か何かのように無かったことにしたりしたら、読者の皆様は誰一人納得なさらないでしょう。──それに対してまさしく多世界解釈量子論や先ほどもちらっと申しました『相対的停止論』こそが、そういった点を含めてすべてを解決してくれるというわけなのです」
相対的停止論って…………ああ、自分の主観においては現在存在している世界以外のすべての世界が一瞬のみの停止状態となるものの、ただしそれはあくまでも相対的なものでしかなく、他の世界の人物の主観ではその世界以外のすべての世界のほうが停止状態になるってやつか。
「あくまでも先ほど申し上げた『異世界転移やタイムトラベルのような多世界転移の類いはすべて夢と現実との逆転現象なのである』という理論は、普通の人間を主観にして量子論を必要とせずにとにかく現実性の維持こそを最優先にした理論なのであり、実はこれに量子論や『神の眼』──つまりは私こと夢魔のような多世界の住人の視点を絡めていけば、話はまったく変わってくるのです。というか、これもちゃんと『ラプラスの悪魔たち』の中に記載されていたではありませんか、過去や未来の世界や異世界等のいわゆる多世界と呼ばれるものはすべて、この現実世界よりも常に未来に存在しているのであり、現世においては量子の性質を持つ量子コンピュータや多世界の住人のみが、多世界とアクセスすることができるのだと」
あ。
「確かにこの我々の現在世界と同時に並行して過去や未来の世界や異世界などといったものは存在し得ず、世界とは常に自分の目の前に存在する物ただ一つなのであり、多世界転移するごとに夢と現実が逆転するかのようにそれ以前に存在していた世界が夢と消えてしまうというのはリアリティ的に正しいのですが、あくまでもそれは多世界というものを一度にすべて認識することのできない神ならぬ身の普通の人間の主観における話でしかないのです。それに対して常にすべての多世界を認識できる我々多世界の住人の主観では、たとえ幾度多世界転移を繰り返そうとも元いた世界が夢か何かのように消え去ってしまうようなことはなく、多世界は常に無数に未来において存在し続けているのです。そう。普通の人間は『現在』しか認識できないから、過去の世界を夢のようなものとしか捉えることができないのに対して、多世界の住人は現在にいながらにして多世界──つまりは無限の『未来』の可能性をも認識し得ることこそが最大の違いなのです。よって無限の多世界が存在していると言ってもそれはあくまでも無限の未来の可能性の具象化に過ぎないので、現実に存在しているのは現在世界ただ一つとなりリアリティ的にも何ら問題はないし、しかも未来に位置しているということは一度多世界転移したことのある世界も転出後には現時点の世界から見れば未来に存在することになり、これから先に再び転移する可能性もあり得るのであって、けして物語の都合によって世界そのものやそこに存在している人々を使い捨てにしているわけではなくなるので、小説作成上においても何ら問題はなくなるのです」
ああ、そうか。確かに僕自身も『ラプラスの悪魔たち』の中で、『多世界とは未来そのもの』と何度も書いていたっけ。
つまりはたとえすでに主観者が転出して行ってしまった世界であろうとも、主観者が新たに転移した世界から見れば未来に位置するようになるだけで、けして夢と現実との逆転現象みたいに消えてなくなったりはしないし、しかも現実世界と同時に存在しているわけでもないので、リアリティ的にもまったく問題はないってことか。
「……いや、待て。そんなの単なる詭弁じゃないのか? たとえ未来に位置しているからといって、以前に自分が多世界転移したことのある世界も含めてすべての多世界がつつがなく存在しているなんて、事実上この現実世界と同時に並行して文字通りに無限の並行世界が存在しているようなもので、しかも多世界の住人の力を借りれば夢の世界を介して自由自在に行き来できるなんてことになれば、現実性もへったくれもなくなるじゃないか⁉」
何だか他の救世主の皆様がすでに話についてこれなくなってしまっているようなので、解説役の夢魔の少女に対して代表して疑問を呈するネット小説家。
「そんなことはありませんわ。最初から申し上げているようにすべての多世界は、未来において一瞬だけの停止状態にあるのですから。よって例えば以前に多世界転移したことのある世界も現時点の主観からすれば、未来において停止状態になっており時間はまったく動いておりませんので、事実上存在しないも同然なのです」
あっ。やっと話が完全に最初に繋がった。
「だから何なんだ、そのすべての多世界が未来において停止状態になっているっていうのは? だったらいくら異世界転移やタイムトラベルをしても意味がないじゃないか⁉」
「その点は御心配なく。異世界転移やタイムトラベルを実行したとたん転移者の主観においては、ちゃんとその世界のみは動き出しますし、それと入れ替わりに転移者が元いた世界を含む他のすべての多世界のほうが未来において停止状態になるだけですので。なぜなら自分自身が現在存在している世界以外のすべての世界が停止すると言ってもあくまでも相対的なものに過ぎないのであり、何度多世界転移しようと必ず現時点で存在している世界のみがアクティブとなって、その他のすべての世界のほうが未来において停止状態になるのですから」
「は? 何そのわけのわからない『だるまさんが転んだ』理論は⁉ 転移者が元いた世界まで停止してしまうなんて。それじゃ転出して行った者以外は銅像とか石像とかみたいになって、全員静止してしまうってわけなのか?」
「いいええ。あくまでもそれぞれの世界の人たちの主観では自分の世界だけはちゃんと動いていて、転出者が現在存在している世界を含むその他の世界のほうがすべて未来において停止状態となっているのです」
「いやだから何なんだよ、常に主観者の視点においてはお互いに相手の世界のほうが未来にあるとか、自分の世界のほうだけ動いていて相手の世界のほうは止まっているとか! 完全に矛盾しているじゃないか⁉ だったら異世界人から見たら僕らも未来で停止状態にあるというわけか? そんなことないじゃん。僕らはちゃんとこうして現在において動いているだろうが⁉」
「いえいえ、私たちだって厳密に言うとけして間断なく動いているわけではなく、あくまでも動いているように感じているだけなのです。これまた最初に申し上げたでしょう? すべての多世界は一瞬一瞬の積み重ねによって歴史を刻んでいるだけなのであって、動いているように感じられるのはいわゆるパラパラ漫画的効果に過ぎないと」
「……あー。確かにSF方面にそういった『世界非連続説』もあったっけ。とはいっても、そんなトンデモ理論をさも常識であるかのように語られても困るんだけど」
「トンデモ理論とは失礼な。これぞ量子論ひいては現代物理学に裏付けされた、世界の真理だというのに」
「はあ? 世界の真理って……」
「そもそも世界というものが切れ目なく一本道で続いていくなんてのは、むしろ古典物理学特有の理論ではありませんか? 歴史の道筋が一つだけだからこそ、古典物理学の申し子たるラプラスの悪魔は唯一絶対の未来予言を実現できるとされていたのですが、それを否定したのがまさしく量子論だったのです。この世のすべての物質を構成する物理量の最小単位である量子が実際に観測されるまではほんの一瞬後の形態や位置すらも予測できないということは、突きつめれば世界そのものの未来が無限に分岐しているということになり、けして世界というものは切れ目なく一直線に続いていくものではなく、一瞬ごとに無限に分岐し得る状態にあること──つまり一瞬ごとに細切れに独立しているということになるのです。これはもちろん小説作成上においても同様なのであり、もしも世界が切れ目なく一直線に続いていくとしたら、異世界転移やタイムトラベル等のいわゆる世界の『ルート分岐』があり得なくなり、すべてのSF小説やファンタジー小説が成り立たなくなるからして、むしろ世界というものは一瞬ごとの非連続状態こそが望ましくなるのです。そして世界というものが一瞬ごとの独立状態にあるのならば、それは当然停止状態にあるということになるのです。というのも、多世界というものは無限の未来の可能性の具現であるからして、無限の平行世界の集合体たる多世界においては常にすべての世界のすべての歴史が最初から最後までワンセット丸ごと全部存在していなくてはならず、しかもそれは常に同じ一瞬のみの停止状態の世界の集合体でなくてはならないのです。なぜなら『無限』ということは最初からすべてが存在していてけして増えも減りもすることはないはずなのであり、もしもほんのわずかでも増減してしまえばそれは無限ではなかったことになるのですから。更には『無限の可能性』ということは当然異世界転移やタイムトラベル等が起こり得る可能性もあるというわけで、もちろんそれはあらゆる世界のあらゆる時代に転移できなければならず、その結果多世界にはすべての世界のすべての『時点』が存在することになり、しかもその時点が一瞬でも動いてしまえば別の時点になってしまうので、すべての時点──つまり個々の多世界は停止状態でなければならなくなるというわけなのです」
そう言うやようやく長口上を終えてくれる、サイバーゴスロリ少女。
……ううむ。わかったようなわからないような。
理屈としては何となく理解できるんだけど、いくら『それぞれの多世界は相対的に常に未来において停止状態にある』って言われても、いまいち具体的にイメージできないんだよなあ。
「あらあら。響お兄様ったら、あまり御理解が及ばれていないようですわね。だったらネット小説家であられるお兄様にもわかりやすいように、例え話を用いて御説明し直しましょうか? 多世界がお互いに相対的に未来において停止状態にあるとは、言ってみれば複数の本を一冊ずつ読んでいくようなものであって、ある本を読んでいる際にはその中に描かれている物語だけが動いていて、当然その本以外の本はすべて閉じられたままでいてその中に描かれている物語のほうも停止状態にあるのと同じことなのですよ。何せ人は同時に複数の本を読むことなぞはできないのですからね。もちろん別の本を手に取って開けば今度はその中に描かれている物語が動き始め、それまで読んでいた本は閉じられて中の物語も停止してしまうという次第なのです。ただしこれはあくまでも相対的なものでしかないのであり、なぜならある者にとっては閉じられた本も、別のある者にとっては現在まさに読書中であることも十分にあり得るのですしね。つまり突きつめて言えば、異なる世界に存在している者同士はまさしく相対的にお互いに『本の中の物語の登場人物』同士の関係にあるようなものなのであり、本の中の物語の登場人物たちも自分たちの主観ではあくまでも『現実の人間』としてちゃんと生きていてそれぞれの人生を送っているつもりなのでしょうけど、その本の外側の世界にいる者たちから見れば、単なる一ページ一ページ──すなわち一瞬一瞬ずつの時点が誌面に印刷された静止状態の世界に過ぎないというわけなのですよ」
ああ、なるほど! 本に例えてもらったら、俄然わかりやすくなったじゃないか。
つまり多世界解釈で言うところの可能性としてのみ存在し得る世界である多世界とは、いまだ誰にも読まれていない閉じられた本みたいなものとも言えて、それはまさしくまだ到来していない未来の世界そのものなのであり、よって新たに小説を創りそれを読者の皆様に読んでもらうということは、あたかも新たなる世界そのものを観測させて確固たる世界として確定させたも同然だということなんだ。
「……ということは」
「ええ。つまりは異世界や過去や未来の世界等の平行世界なるものを、まさしく多世界解釈量子論における『多世界』と見なせば、常に現在よりも未来に位置するあくまでも『可能性としてのみ存在し得る停止した世界』となるので、現在確固として存在しているのはこの現実世界だけとなり現実性がしっかりと守られるのと同時に、たとえ『かつてほっぽり出してしまった世界』であろうとも他の多世界同様に常にこの現実世界よりも未来に位置していることになり、けして『夢と現実との逆転現象』のように消えてしまったわけではなく、無限の可能性的には再び転移することも十分あり得るし、特に私みたいな多世界の住人なら自力で多世界転移をすることのできないあなたたちのような普通の人間すらも、意図的に『元いた世界』に転移させることもできるという次第なのです」
おおっ。今まで巷に溢れる小説や漫画やアニメや映画やゲーム等のあらゆる創作物においても明確に語られることのなかった、『かつてほっぽり出してしまった世界はその後どうなってしまったのか?』についての疑問が、完全に解消されてしまったではないか⁉
すごいぞ、多世界解釈量子論!
量子論さえ持ち出せば何でもありになるのは、何もSF小説の中だけの話ではなかったんだな。