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ラプラスの悪魔たち  作者: 881374
【短編連作その二】『SF小説的世界に福音を』
5/16

本文その1

「──というわけで、人気創作系サイト『SF(しょう)せつこう!』の書き込みコーナーの期待を担って、早速開催いたしましょう! 輝け、第一回『我こそがかつて世界を無茶苦茶にしたままほっぽり出した無責任救世主だ!』選手権(チャンピオン・シップ)大会~‼」


 上下左右すべてが白一色の異様な空間に唐突に響き渡る、十二、三歳ほどの少女の声。

 それを合図とするかのように、僕らはその時ようやく、自分たちが今ここに()()()()()()()()に初めて気づくのであった。


「な、何だ、ここは⁉」

「どうして僕は、こんなところにいるんだ?」

「た、確か、寮の自分の部屋で寝ていたはずよ!」

 口々に騒ぎ始める、その場に集まっていた四、五名の少年少女たち。

「はいはいはい。御説明はただ今からいたしますので、まずはこちらに御注目~!」

 その声に釣られて、一同揃って振り向けば──

「「「おふっ⁉」」」

 何ということでしょう。その時目の前にいたのはいつもの清楚でシンプルなノースリーブのワンピース姿の疑似三重苦の清らかな乙女なぞではなく、小柄でいまだ中性的なほっそりとした肢体の隅々までくっきりと克明に強調するかのように素肌に密着してぴっちりむっちりと装着されている、フリルやレースに飾り立てられた漆黒のボンテージ風のボディスーツに、色白で華奢な手足を包み込んでいる革製の長手袋やニーソックスやガーターベルトといった、いかにもサイバーパンクというか変形ゴスロリというかのあざとい衣裳に身を包んだ、人並みはずれた絶世の美少女だったのです。

「お、おまえ、よりによって、何ちゅう格好をしていやがるんだ⁉」

「あら、ひびきお兄様。どう、お気に召して? 夢の中なので、着ている服なんて自由自在にできるんだし、せっかくだからお兄様の御嗜好に合わせましたの」

「はあ⁉ やめろよ! まるでそれが僕の趣味の顕れみたいに言うのは⁉」

「……ふっ。認めたくないものよね。自分がシスコンでありロリコンでもあることなんて」

「人の性癖を勝手に決めるんじゃないよ⁉ 僕はシスコンであっても、断じてロリコンではない…………って、ちょっと待て。何? これって夢の中なの?」

「ええ。だからさっきから、私も肉声で話しているじゃないの。表情もこんなに豊かだし」

「本当だ。つまりはおまえは、のんに取り憑いている精神体としての夢魔サキュバスってことだよな。それが何で夢の中で、歌音と同じ顔をしているんだよ?」

「それについては何度も言っているでしょ? 今や私は夢魔サキュバスであると同時に、あなたの妹の神楽かぐら歌音でもあるって。妹さんの命を繋ぎ止めるためには正式に彼女を私の多世界同位体ヨリマシに定めて、常に一体化シンクロしていなくてはならないのであり、もはや()()()()()()()()においては妹さんこそが私の肉体そのものなのであり、夢の中とはいえこうしてあなたたちの前に姿を現す時は、妹さんの姿としてイメージされるというわけなのよ」

「いや、いくら夢の中でのイメージに過ぎないからといって、歌音にそんな格好をさせることはないだろうが⁉」

「何言っているのよ、こちとら夢魔サキュバスなのよ? まさしくエロの権化なのよ? せっかく本拠地の夢の中だというのに、エロ路線でガンガン行かなくてどうするのよ? それにこのシーンをネット小説化した時のことを考えても、こういったサービスシーンも必要じゃないの?」

 うっ。それを言われれば、ネット作家といえども人気稼業としては、反論できねえ。

「いえいえ、すごく似合っておられますぞ!」

「歌音ちゃんて、こんなにも美少女だったんだ」

「歌音ちゃん夢魔サキュバスヴァージョン、サイコー」

 最愛の妹のあまりの変貌ぶりに我を失ってしまった僕を尻目に、口々に称賛の声を浴びせかけてくる、見覚えはないもののおそらくは(エル)学園がくえんの生徒たち。

 ……もしかしてこいつら、ネット版の『ラプラスのあくたち』の読者フォロワーなのか?

「お、おまえら、人の妹に変な色目を使うんじゃない! それでもかつては異世界を救った勇者なのか⁉」

「あら、それは誤解よお兄様。今回の主題はあくまでも『無茶苦茶にされたままほっぽり出された世界』のほうなのであって、別に私の夢魔サキュバスとしての力を使ってそれぞれの夢の世界からこの空間に集まっていただいた皆様は、『元勇者』の方とは決まっておりませんの」

「は? だったら、こいつらって……」

「それでは御紹介いたしましょう! まず一番右手におわすは、かつて『自分への横恋慕のあげくメインヒロインを消失させた世界を創り出したサブヒロインを根気よく説得してメインヒロインを取り戻すことに成功した』ことで有名な、二年生のはちじょうじま先輩です!」

「うす!」

 歌音の紹介を受けてこちらへ向かって会釈をする、何だか印象の薄い極平凡なる少年。

 ……確か八丈島って、『きょん』とかいう珍しい動物がいるんだっけ。

「続いては学園随一の美少女にして研究狂オーバースタディとしても名高き、三年生の八海山はっかいさん先輩ですが、何と彼女はタイムトラベラーの某先輩と協力して未来の地球の危機を救うといった、大偉業を成し遂げられたのです!」

「ども、八海山です」

 明らかにハーフとわかるエキゾチックな美女が、魅惑的な微笑とともに軽く手を挙げる。

 いや。八海山て、新潟にいがた名産の日本酒の名前だろう? ひょっとしてロシア人との混血とか?

「さて三番手に控えしは、『両親を殺した超常の存在に復讐するために悪魔に魂を売って悪魔の力を手に入れた少女が過去の世界に行って仇の悪魔を探し求めたところ、実は両親を殺した悪魔が自分自身であったことを知り、すべてに絶望し世界のすべてを破壊し始めたのを見かねて、自分自身も過去の世界に行って身体を張って少女が自分の両親を殺してしまうのを止めることを成し遂げたという、身体能力的には普通の少年でありながらも勇者顔負けの男気を見せた』ことで有名な、一年生のよういち君です!」

「た、ただ今御紹介にあずかりました、八日市ですっ」

 しゃちほこ張っておじぎをする、何とも頼りない小柄で中性的な少年。

 長っ。何て回りくどくていかにもわざとらしい説明口調の、長ったらしい紹介文句なんだ⁉

 ……つうか、こいつまで名前に、『八』の字が付いているのかよ?

「そして最後に御紹介いたしますのが──あ、いえ。この方に関しては説明不要でしょう。誰もが御存じの我がL学園随一の『勇者の伝説の勇者(ミスター・レジェンド)』、何と千もの異世界を救ったことで名高き、三年生のかがみいさみ先輩です!」

 他の生徒たちが一斉にざわつく中で一歩前に出て無言で軽く会釈する、先日読心少女との繁華街デート(?)の際に偶然出会ったばかりの見覚えのある顔。

 相変わらずなぜだか悲痛な表情をしているけれど、何でこの人までここにいるんだ?

 ここに集められているのはあくまでも『かつて世界を無茶苦茶にしたままほっぽり出した無責任な自称救世主』たちなのであり、紛う方なく『かつて千の異世界を救うことを()()()()()』、誰もが認める本物の勇者である鏡先輩は該当しないはずなのに。

 そんな疑問を抱えながら妹兼夢魔(サキュバス)へと目配せすれば、僕の心のうちなぞすべてお見通しとでも言わんばかりに、さくさくと司会を進行していく。

「さてさて。すでに人並みならぬ偉業を達成している自分たちが何でいきなりこんなところに呼び集められたのか疑問に思われていることでしょうが、話は簡単です。皆様にはかつてまさしくその偉業を成し遂げる際に同時に犯した許されざる罪に、ここできちんと責任をとってもらおうではないかといった次第なのでございます」

「はあ?」

「かつて犯した許されざる罪って……」

「そんなもの、身に覚えがないぞ?」

 漆黒の少女の唐突なる文字通りの断罪の言葉に一斉に怪訝な表情となる、鏡先輩以外の自称救世主たち。

「おやおや。何をおとぼけを。皆様は確かにかつて世界を救うことを成し遂げられましたが、それは崩壊しかけた世界そのものを立て直したのではなく、その世界自体は無情にも放り捨てて自分だけ別の世界や時代へ逃げ出して、その『新たなる世界』でどうにか帳尻を合わせてまんまと救世主になりすまし、何食わぬ顔をしているだけではありませんか?」

「なっ⁉」

「私たちが、『なりすましの救世主』ですって⁉」

夢魔サキュバスだか何だか知らないが、何たる侮辱!」

 思わぬ言葉を突きつけられ憤慨する一同であったが、微塵も動じることなく更なる追撃を加えるサイバーゴスロリ少女。

「だってそうでしょう? 八丈島先輩は結局『メインヒロインが消失してしまった世界』はそのまま放置してしまわれたわけだし、八海山先輩は担任のシルベスター=スタローンそっくりのしる先生と鶏とのキメラなんてバケモノを大量に造り出して世界を目茶苦茶にしておきながら自分だけタイムトラベラーの某先輩と別の世界に逃げ出してしまわれたわけだし、八日市君も確かに過去を改変して新たなる未来を創ったけどそれはあくまでも別の平行世界の歴史を創ったようなものに過ぎず元々の滅亡寸前の世界そのものが救済されたわけではないし。結果的に救世主になれた皆様はそれでいいでしょうが、あなた方にほっぽり出されてしまった世界の中に存在している人々からすれば堪ったもんじゃないですよ。いったいどう責任をお取りになるおつもりなのですか?」

 明確におのが過去の罪を言い当てられて、いかにも気まずげに表情を歪ませる救世主たち。

 とはいえ素直に恥じ入る殊勝さなどは持ち合わせていないようで、すぐさま声高に反駁し始める。

「し、知るかよ、そんなこと!」

「私たちはとにかくこうして世界を救うことができたんだから、元の世界なんてどうなっても構わないじゃない⁉」

「だいたい元の世界がどうなったかなんて、知る術なんかないだろうが?」

「それにほら、SF小説なんかでは古い歴史は自動的に新しい歴史に上書きされてしまったとかで、ちゃんとうまく帳尻が合っていることになっているじゃないの?」

「そうだそうだ。そもそもこういった異世界転移ものの作品を書いているSF小説家やファンタジー小説家やライトノベル作家自身だって、いわゆる『元の世界』がどうなったかなんて考えていないんじゃないのか?」

 あー。そういや、そうだよな。

 小説家自身にしたって最終的に世界を救うことができれば読者に対して面目が立つんだから、途中でほっぽり出した世界なんてフォローする必要はないし、そこら辺のところはほとんどすべての作品においてもいい加減にされたままだよな。

 それに対してそんなことは先刻承知とばかりににんまりとほくそ笑み、本日最大級の驚愕の爆弾宣言を投下する、夢魔サキュバスの少女。

「そうです、まさにおっしゃる通りでして、今宵こうして皆様にお集まりいただいたのも、それこそがメインテーマなのでございます。──ではお見せいたしましょう。まさしくこれぞ正真正銘の本邦初公開! これまで小説や漫画やアニメや映画やゲーム等あらゆる創作物において完全にうやむやにされてきた、『異世界転移やタイムトラベル作品において途中でほっぽり出されたままになってしまっている世界』の、現在における姿です!」

 ──なっ、まさか⁉

 いかにも自信満々の煽り文句と共に、彼女の真後ろの何も存在していなかった純白の空間に四つほどの、巨大な長方形状の輝きが放たれたかと思えば、それぞれがあたかも映画館のスクリーンそのままに、何かの場面を象った映像を映し出したのであった。

「「「「あ、あれは⁉」」」」

 まさにその時、別々のスクリーンを見ているはずの鏡先輩を含む救世主たち全員から、異口同音に発せられる驚きの声。

 八丈島先輩が見ているスクリーンには、いかにもヤンデレなセーラー服姿の少女からナイフで脇腹を刺されている彼自身が映っており、八海山先輩が見ているスクリーンには、シルベスター=スタローンの顔をした無数の鶏が所狭しと跋扈しているはちゃめちゃな光景が映っており、八日市君が見ているスクリーンには、悪魔と化した少女が高空に浮かび無数の光弾を放って世界のすべてを潰滅させている様が映っており、そして鏡先輩が見ているスクリーンには、血だらけで事切れている幼い少女を抱きかかえた学者というか魔導師というかのファンタジー風の格好をした青年から何事かを糾弾されて茫然自失にたたずんでいる彼自身が映っていた。

 自分が見捨ててしまった世界を実際に見せつけられて、さすがに言葉を失う救世主たち。

 中でも鏡先輩の苦渋の表情は、見ているこちらまでも胸を締めつけられるほどであった。

「な、何よ。これって、私たちが別の世界に転移する寸前の光景じゃないの」

「どこが本邦初公開の、『かつてほっぽり出された世界の()()()姿』なんだよ?」

「我々がいた頃と、寸分違わないではないか?」

「つうか、この映像自体が、動きのまったくない静止状態だし」

 確かにそれぞれの映像は衝撃的ではあるものの、別に歌音が言うほどSF小説的に見て画期的なものではないことに気づくや、口々に疑問を呈する鏡先輩以外の救世主たち。

 しかしそれに対して少しも頓着することなく、更なる驚きの言葉を述べる、夢魔サキュバスの少女。


「ええ、まさしくその通りですわ。実はかつてほっぽり出された世界は基本的に永遠に、文字通り『かつてほっぽり出された』瞬間そのままの()()()()で存在し続けているのです。──あたかも皆様のお帰りを、今か今かとお待ちしているかのようにね」


「…………は?」

「元いた世界が、停止してしまっているだって?」

「何だその、斬新過ぎる見解は? そんなのこれまでの既存のSF小説やライトノベルでは、目にした覚えはないぞ!」

「いやいや。あなた自身ついさっき、『ほっぽり出されてしまった世界の中に存在している人々うんぬん』って言ってたじゃないの? その人たちも現在においては石像だか銅像だかみたいに、静止状態にあるってわけなの?」

「そ、そうだ。何よりもこんな停止した世界なんて、もしも我々が再転移したところで、何の意味もないじゃないか⁉」

 あまりにも予想外の珍説を突きつけられて、次々と反論をぶつけてくる救世主たち。

「その点は御心配なく。あなた方が再転移した瞬間に、これらの世界はちゃんと動き始めますから。それに停止状態といってもあくまでもそれは()()()なものに過ぎず、それぞれの世界に存在している人々にとっては、自分自身の世界に限っては動いていることになっておりますので」

「な、何よそれって? 世界が止まったり動き出したりして、しかもそれは相対的なものに過ぎないって?」

「言っていることが無茶苦茶じゃないか?」

「あら、そんなことはありませんことよ。これは多世界解釈量子論に基づけばこの上もなく正当な、まさしく『世界の真理』とも呼び得るものなのですから」

「は? 世界の真理って……」


「実は元いた世界とか異世界とかにかかわらず、この夢の世界やあなた方が普段存在している現実世界を含めたすべての世界は、実は一瞬一瞬の停止状態の積み重ねによって成り立っているのですよ」


 ──なっ⁉

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