第四話
昼休み。
「アラン!スウィン!」
一番隊隊長、ヒューの声。
ここ数日で聞き慣れてしまった上官の声。
「ちょ、俺はいいですけどアランはちゃんとコードネームで呼びましょうよ」
詐欺師は入隊式の後、本名を言いたがらず、スウィンという仮の名前を隊の名簿に書いた。アランは一応本名を名簿に書いたが、通称窃盗団と隊内で呼ばれる二番隊に配属されたのだ。二番隊は諜報活動が主な仕事なので、本名ではなくコードネームを使う決まりで、シン、という名がアランのコードネームだ。
「あれ、窃盗団なの?」
きょとんとして首を傾げたヒューに、無言で頷くアラン。
「そーなんだ、かわいそうに…」
「何がかわいそうなんです?」
「ああそっか、スウィンは知らないか。二番隊は訓練がかなり厳しいんだよ。スパイだけど戦闘もできなきゃいけないし、勿論、隠密行動もできなきゃいけない。バランス良く、とかじゃなくて、全てに高い水準を求められるんだ。本来はいきなり数字隊に配属されないし、しかも二番隊なんて異例なんだ。普通は色彩隊で経験を積んで、そこから数字隊に移動する。数字隊って言ってもほとんどが、最下層の九番隊からだろうけど」
ヒューが言いながら煙草を吸い、言葉と一緒に口から煙を吐き出す。
「そう。だからシンだけでなく、スウィンも異例なんだ」
一番隊副隊長、メルビルがヒューの背後に現れてそう言った。
「バレたか…」
ヒューは渋い顔をした。メルビルはヒューの後ろ襟を遠慮なく掴むと、訓練場へと引きずり始めた。
もうこの光景も見慣れたものだ。
「行きますよ、隊長。その放浪癖もいい加減どうにかしてください」
「メルビルのケチ。ちょっとくらい部下と話してたっていいじゃん。ねえ?」
ヒューに同意を求められたアランと詐欺師。アランはメルビルをちらりと見ると沈黙し、詐欺師は苦笑いをした。
「スウィン、お前も手伝え。こんなんでも一応お前の直属の上官だぞ。仕事放棄もいいとこだ」
「第一訓練場ですか?」
「いや、四だ」
「わかりました」
詐欺師は一番隊に配属されたのだ。身体能力は他人より多少優れているだけなのだが、ヒューに気に入られたためか一番隊になってしまった。
親隊員の配属先を自由に決められるほどの権限がヒューにあるということは、ヒューの強さと信頼が隊内で認められているということだろう。そんな人に期待されていることは嬉しくもあり、重圧でもある。
詐欺師はヒューの手首を軽く握る。
「俺は少し二番隊を覗こうかな。シン、二番隊はどこの訓練場だ?」
「午後からは鬼ごっこをするので、二番隊は軍の敷地内に散ってます」
昼から夕方五時までずっと鬼ごっこだ。
「鬼ごっこか。…こんなところにいていいのか?」
「他の隊の訓練に混ざろうと思ってるので大丈夫です」
「なるほどな。ジョンは今何してるかわかるか?」
「ジョン、って隊長のことですか?」
アランは二番隊隊長の名前…コードネームを知らなかった。隊長と呼ばれていて、ちゃんと名前で呼ばれている場面は見たことがない。入隊して次の日に面会したが、アランは自分のコードネームと訓練予定を告げられただけで、自己紹介などなかった。
「ああ、そうだ。副隊長のクレイグの居場所でもいい、知らないか?」
副隊長のクレイグは、オリエンテーションのようなことを付きっきりでしてくれたので覚えていた。クレイグ、という名前もコードネームなのだが。
二番隊では、本名をできる限り隠すことが決まりだ。隊長と本人、既に知っている人以外、誰にも知られてはいけない。互いにコードネームで呼びあうのだ。それを他の隊も承知している。…はずなのだ。とくにヒューは一番隊隊長なのでわかりきっているだろうに。
「中庭の地下で麻雀をしてると思います」
そんなことを思いながら記憶を辿り、メルビルに言う。
「わかった。ありがとう。隊長、午後の訓練少し遅れます」
後半、メルビルはヒューに向けて声を張った。
「はーい。わかったー。ありがとねー」
遠くから間延びした声が聞こえてきた。