3. 人の都
あまりにもすぐ近くへ転移すると、魔法探知装置に気付かれてしまう可能性があったために少し離れた森の中へと転移する。徒歩で急いで半日といったところだろうか(セドリックの目測であり一般的には2日程度)。
ちなみにその転移した場所には既に入り込んでいる二人がいる予定、なのだが。
「…早すぎたか〜。まだあと少しかかりそうだなあ。かと言って近すぎるとどうせ怒るだろうし…うーん…」
悩みに悩んだ挙句、セドリックは仕方なくこの森の1キロ圏内をぶらぶらする事にした。どうせ暇なら、一度来たきりのこの森を探索しようと思ったのだ。
「…空気が淀んでんな。妖精ちゃんが住めるわけないわ、こりゃ」
妖精たちは何者にも干渉されていない、神聖なほどまで澄み渡った空気のある森を住処とする。人間が蔓延る前はそれこそ世界各地にあったのだが、今ではセドリックのいたあの森でしか住むことができないのだ。
「…代わりに凶暴な魔獣が蔓延っているってわけか。成る程、今度森に関しての生態図鑑でも作って一儲けするか…?」
金はいくらあっても困らない。まぁセドリックは一生遊んで暮らせるだけの金を支給されている、のだが。
「…お?一人だけ早く着きそうだな。戻る…いや、そいつのすぐ近くに移動すっか。」
仕方なく転移するべく魔法を使用。この領域ではなるべく使いたくはないのだが、残留魔力を一々感知出来るわけがないだろう、そう思い足元に魔力を巡らせ、転移。
セドリックの面倒くさがりが出てしまい、歩かないよう出来るだけ近くへ、という条件の下転移すると。
「…っ誰だ!?」
どうやら背後を取ってしまったらしく、刃を向けられる事になってしまった。
「あ、悪い悪い。俺です、えーと、そう。王の名の下、配属されました」
そう伝えれば、驚いて目を見開き、そのあと慌てて剣を仕舞った。
「失礼致しました。王の懐刀としてその名を轟かせているセドリック様。お初にお目にかかります、まさかこの目でその御姿を見ることが出来るとは。」
恭しく跪き、頭を垂れた男に、セドリックは苦笑する。自分はそこまでの存在ではない、王に目をかけられていることは認めるが、そんな風にまるで崇拝するようなことをされる覚えがないのだ。
「あー、跪いたりとかいらない。俺、堅苦しいのとか嫌なんだわ。これから役職的にあんたが上になるんだろうから、そこんところよろしく。」
「聞いていた通りのお方だ。宰相殿はどうしてかセドリック様を嫌っているようですが、その器の広さには感服いたします。私、元騎士団、現諜報員のアドルフといいます。」
「アドルフか、騎士団から諜報部への異動でもあったのか?」
「国王陛下より直々に賜りました。セドリックの右腕に相応しい力だとお褒め頂き、及ぶ筈もないこの私をお選びになられました」
なるほど。セドリックは、その王の言葉も嘘ではなく本当であると確信する。何より見る目のある王を疑いはしない。
話をしながら見極めていたが、隙はなく、確かに使えそうだ。今まであの王国であまり見たことのない、セドリックすらも習得できなかった情報収集にうってつけの能力をもっている。
「影潜り…中々いいもん持ってんな。俺の欲しかった能力のうちの一つだ。」
「…どうやって能力を見たのかは、もはや愚問でしょうね。そうです、この能力のお陰で抜擢されたのだと思います。」
セドリックは失念していたが、この世界で他人の能力を見極める事が出来るのは限られた特別な能力持ちと、それからセドリックのような例外中の例外な物を持つ者のみである。あー、ここ最近人とは関わってなかったもんで、そういや失礼に当たるんだよなぁ、などと頭の中で考え至る。
「悪い、人の中じゃ嫌がられるんだっつーのを忘れてた。」
バツが悪いセドリックは、後頭部を掻く。すると、アドルフはぽかんと呆けてセドリックを見つめていた。何かおかしかったか、とセドリックが問う。
「…あ、いえっすみません。そもそも鑑定をしようとすれば、普通は嫌悪感といいますか…寒気がするものです。それが一切無いので、能力のことを言われない限りは気付かなかったでしょう。それに、別段嫌だと思わなかったので…謝られても困るといいますか。」
「…変わってんなぁ、アドルフは。」
「失礼を承知で言わせて頂くと、セドリック様程ではありません。」
「ははっ、それもそうだな。久々に人で王以外に面白いと思ったよ。」
これは本心であった。セドリックは、王に拾われるまでは孤児だった。たった1人、何も為さずに、何の力も得ずに死に行く運命なのだと信じて疑わなかった。人の汚い部分ばかりを見た所為で、人を信じる事を辞めた。当初、妖精のように、清らかな悪を知らない存在としか、心を通わせなかった。それを変えたのは王だった。だからこそ、王の命令には逆らわないし、必ず従う。あの王をセドリックは心底信頼し、敬愛し、尊敬している。
要は、人には興味を示さないセドリックが、王以外の人間に興味を持つ事がどれだけ珍しいことか、アドルフは知らない。王が見れば、アドルフに良くやった、と言ったかもしれないくらいには。