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6 寄木氏の悲惨な近況報告

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 精神的に不安定な平内さんよりは、人畜無害な寄木の方が話しやすいと思い、まずは彼から連絡を取った。長い秋雨がようやく明けて朗らかに晴れた金曜日の夜、僕は寄木の会社の最寄駅で彼を待っていた。午後六時すぎの改札は、事務職と思しき女性達や足取りの軽い背広姿の男が通り過ぎて行った。僕は大学生の時から買い換えていないパーカーを着て、コンビニ前のベンチでスマートフォンを触っていた。

 午後七時ごろにようやく寄木がいくぶん痩せた顔で現われ、僕たちはターミナル駅まで出て、すき焼きを食べる事にした。寄木は大学時代に日本史を専攻していたので、何かに付けず木造の店構えとか、赤ちょうちんとか、鉄鍋のすき焼きなんかを嗜好していた。ビールと言えば生ではなくいつも瓶だった。明治のすき焼き事情や、江戸時代の肉食文化なんかを質問して、得意げに話をさせてから舌が回り始めてから、彼の仕事の状況を聞いてみた。

「ところで、例のキカイが壊れた件って、うまく収まったの」僕が肉を鍋から引き揚げながら言う。

「いや、それが」彼は口ごもって、口に運ぼうとしたネギを取り皿に戻す。「まだ、解決していない。というか、もっとまずいことになってる」

 僕は彼のコップに瓶ビールを注ぐ。ああ、どうも、と寄木がコップを持つ。

「僕がその不慣れな工作機械を任されたのも、もともと人手が足らなかったからなんだ。夏と秋は連休が多いから、注文が前後に集中するんだけどね。それで僕が操作ミスで機械を壊しちゃったものだから、ただでさえ注文数が多いところに、生産能力が足りなくなってる。それで納期遅れでお客さんの製造ラインが止まりそうっていう話になっていて、社内が大荒れだよ。普段は競合している他社に援助を頼もうとしたら、もうお客さんが手を打っていてその競合他社に打診してるっていうし」

「よく分からないけど、機械だけの修理費だけじゃ済まなくなりそうってこと?」

「ええと、修理はもうできなくて、買い替えになるんだって。全部じゃないけど、中の一番お金の掛かる大事な部分は」

「お、おう」

「それで、買い替え費とお客さんのラインを止めた賠償費用と、これまで受注してきた案件の仕事が一部が無くなる」

「その案件って、どれくらいの金額なんだろう」

「売り上げは年間一億ちょっと、利益も九百万くらいあったみたい」

 一億、とつぶやいたところで、僕はその後に続く言葉を見つけられなかった。寄木は目元口元は笑っているが、どちらかというと現実の厳しさを和らげるように、あえてそうしているようにも見えた。

「社内の風当たりも、ちょっときつくなってきて。僕を指導していた先輩が一番社内で怒られてるんだけど、最近眠れないみたいで言葉数が少なくなってきてる。その先輩が僕とすれ違うたびに、毎回肩をぶつけてくるんだ。近づいてくると、お互い、ああ、やだな、って顔するんだけど、すれ違う時には先輩は目を逸らして僕と突いてくる。僕も悪い事したと思ってるし、見るたびにすごく辛そうだから同情はするけど、毎日続くと僕もだんだん胃が痛くなってくるよ。それに周りはすごく忙しいのに、僕に任せられてる仕事はほとんどやらなくていいような事ばかりなんだ。製品を入れる箱にゴミが付いていないか見たりとか、搬入・出荷の手伝いとか。もう生産に携わるところには入れてもらえないんだね。それはそれで楽でいいけど、周りが忙しいのに、関わらせたくないっていう雰囲気があるんだ。肩身が狭いと言うか、ちょっといたたまれないよ。事務所の方ではいつも横柄でお調子物の営業さんが、別人みたいな裏声で、申し訳ありません、すみません、って言ってる。タイムカードを押すときに会議室から社長の怒り声が響いてるんだ。ここのところずっと。今どんな状況なんだろ。わからないな」

 寄木は口元に笑みを浮かべたまま、冷えたすき焼きのネギを食べた。僕は他人事ながら背筋が凍る思いがした。

「まぁそろそろ潮時じゃないかな、とも思うんだ」寄木はビールを見つめながら言う。「責任が来る前に逃げちゃおうかなって」

「ここまで来たらどうしようもないっちゃないかな」僕は口ごもってつぶやいた。

「でもさ、今の会社の親会社に、僕の父さんが働いているんだ。だから、たぶんクビにされたり、酷い責任を負わされたりすることもないような気がしてる。あんまり親を盾にするのはどうかとも思うけど、どうせ続けられるなら、このままいた方がいいような気がするよ。辞めたら今度は父さんのメンツも潰れちゃうし」

 もう相当べっこり潰れてんじゃないかな、と僕は思う。黙って自分のビールを注ぐ。

「こないだの話だけどさ、あの共同生活の話ってどこまで本当なんだろう」

「ああ、そのことだけど」僕は言う。後を続けようとするが、どうも気が引けてしまう。西堀さんの命を受けて彼を説得しに来たわけだけど、彼はこのまま辞めてしまっていいものなんだろうか。社会人としてなら、ここから会社に貢献して挽回しなくてはいけないように思う。でも僕自身を顧みれば、寄木よりももっと楽な状況だったにも関わらず、逃げ出したわけだ。だとすれば、彼に頑張れなんて無責任な事は言えない。

「つい先週、西堀さんには会ったよ」僕は言う。

「え、二人で」寄木が珍しく驚いた風で言う。

「うん、一応」

「ふうん、何かすごいな。女の子と二人でか」下山は目を細めて言う。

「いや、俺だって西堀さん相手は緊張したさ。そもそも寄木も平内さんも誘ったけど、たまたま参加できたのが西堀さんだっただけだよ。まぁ、そんなことはいいじゃないか」僕は仕切り直す。「会って話したんだけど、西堀さんは本気みたい。あの子も会社居づらいらしくて、向こう一か月以内に辞めるってさ」

辞める、と小さく寄木はつぶやく。

「あとの二人も辞めるんなら、例の4LDKの部屋でみんなで集まって暮らしたい。少ない収入で家賃と家事を分け合えるのは合理的だって言ってる。一応それぞれの個室は確保できるし、みんな大人しいからやっていけるんじゃないかって」

「何か意外だね、西堀さん、プライベートうるさそうなのに」

「確かに。一回どんな部屋なのかは見てみたい気がするけど」僕は言う。「共同生活は不安?」

「不安っていうか、結構荷物があるというか、ほら、西堀さんも平内さんも、抵抗ないかな、美少女とか同人とか、ポスターや本棚が壁に並ぶ部屋について」

「あぁ」僕は納得した。それは嫌がるかもしれない。

「でもとにかく」寄木が言う。「仕事辞めたら実家は居辛くなるし、共同生活は興味がある。仕事を辞められたらいいな、とは思うよ。うん」


 しかし、その後寄木から連絡はなかった。こちらからメールで状況を確認しようとも思ったが、彼なりに状況が複雑でヘビィでもあるので、厚かましく催促するのは気が引けた。向こうからも連絡がなかった。一週間経っても、二週間経っても返事がない。思えば寄木は穏やかだが腰の重いタイプだった。このまま惰性で肩身の狭い思いをしながら仕事を続けるかもしれない。僕は荷物をまとめつつあったし、バイト探しの無料の情報誌を拾ったりもしたが、結局途中で辞めてしまった。平内さんにも連絡できずじまいになっている。


 そうこうしている内に、西堀さんから電話が掛かってきた。僕らはまた二人で会う事になった。


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