4 私大文系(Fランク)のサークル活動について
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我々のサークルについて。もちろん、飲み会に参加した四人は同じ大学に通っていた。私立文系、難関度はいわゆるFランク。とりあえず新卒カードだけは欲しいという高校生が、ろくすっぽ受験勉強せずに入ることができる大学だ。ここまで敷居が低いと、勉学の場所というよりは、四年間の青春をキャンパスライフという枠組みの中で謳歌しつつ、バイトや就活で職業訓練するための有料施設という色合いが強くなる。社会的には大学生という身分が得られるので後ろ指を指されないで済むし、この社会においては恐ろしく強力な新卒カードを手に入れる事ができる。僕は就職した直後、会社の同期や取引先の学歴を聞いて愕然とした。そして働いていくうちに、平気な顔して英語で電話応対する女の子や、触って数週間の専門ソフトを活用し、図面の訳の分からない記号に数字を入力していく理系社員を見て、ますます歴然とした能力差を思い知った。これまで学歴で様々な階級に別れていたのに、ただ新卒と言うだけで就職と同時に同じスタートラインに着く。こんなに強力な人生挽回の機会ないけれど、それが活かされるかはまた別の話だ。多くの場合は残酷な現実の前に砕け散るんじゃないかと、僕は思う。
話を戻そう、私大文系(Fランク)のサークルについて。我々は軽音楽部という事になっていたが、実際にライブ活動を行っているのはほとんどいなかった。文化祭や各学期の終わりにほぼ身内だけで演奏するくらいのもので、その他に外部へ向けた発表の機会はない。我々が入部する三年ほど前にサークル内で激しい内紛があり、気楽にやりたい派は軽音楽部に残り、ミュージシャンで食っていこうとするような派閥はバンドアンサンブル同好会という名目になった。実際、バンドアンサンブル同好会の方が勢力は大きく、軽音楽部はそれまでの部室を追われて、ドラムセットや電源環境の希薄な狭い部屋があてがわれた。そんなわけで、実際にはフォークギターやキーボードによる弾き語りが中心になっている。同好会が激しく鳴らすバンド音に押されながら、肩身狭く、適当に練習していたのが我ら軽音学部である。練習よりも、昼食やたまの飲み会や、ちょっとしたお出かけの為の集まりと言った方が近かった。
先ほどの飲み会で集まった三人の話をしよう。友人の男は寄木と書いてよりき、と読む。難読名字と思いきや、そのままなので、よく「そのままなんですね」、と言われるそうだ。彼は大学から楽器を始めたのでギターは下手だが、歌はうまかった。よく中学校とかで、大人しいのに音楽の歌唱テストになると張り切って歌いだす奴がいるが、彼もそのクチである。バンドでボーカルしたいとか、カラオケで流行りの曲を歌いたいとか以前に、音楽の授業だけで歌が上達したようなタイプ。穏やかで怒ったところは見たことがなく、うちの大学の中では成績が良かった。照れ屋で気が優しいので、先輩・後輩問わずしょっちゅうからかわれるようなムードメーカーでもある。付き合ってみると、主張はしないくせに妙に頑固なところがある。ずっと同じことを続けることができるが、何かを新しく始めたり、やり方を変えるという事をしたがらない傾向があって、就職が決まったのも四年の十月を過ぎた頃だった。オタク趣味があって、四六時中スマートフォンをイジっている。
女の子の内、内紛で心を病みつつあるのは平内さんだ。何かと薄幸な女の子で、一緒にサークルに入った女の子は、他に男を作って恋愛に夢中になり幽霊部員となった。取り残された彼女は半年かけて何とか部にも馴染んだが、どこか本心を隠したような取り繕った明るさがあり、先輩女子からは不評だった。本人もその明るさは本望でないらしく、時折ひどく落ち込んで鬱っぽくなる時があった。特に大勢で飲むときには、誰も見ていない部屋の隅で酔いつぶれたふりをして鬱の波にじっと耐えている姿が見られた。僕は何につけても、女の子が憂鬱に陥っている姿が大好物でもあったので、密かに恋心を抱いていた。一度だけ一緒に帰ったことがあったけれど、全く会話が弾まず、別れ際に彼女が小さくため息をつくのが聞こえたので、それでぐっと彼女のことが苦手になった。今でも正直一対一だと躊躇するが、大人数でいる時には特に問題なく楽しく話ができる。ピアノを習っていたので楽器も読めるし、コードと歌詞と音源があれば自分なりに編曲する事もできたので、演奏会では出ずっぱりだった。人前で明るいキャラも、後輩の男たちには好評で密かに(ごくごく小規模な)ファンクラブが結成されていた。
最後に、女王様扱いをした女の子は、西堀さんという。当初、彼女は大人しくて白くて薄い顔をした幽霊部員でしかなかった。同期ともうまく心を開けず、飲み会にも参加しなかったが、二年夏の合宿(という名の旅行兼、発表会)で、彼女の鮮烈な歌声が披露された。寄木の歌声がクラスでうまい方の生徒だとしたら、西堀さんは、課題曲をデモンストレーションしてみせる音楽教師みたいなものだった。音楽の時間では、生徒全員の合唱より先生一人の声量が上回ることは普通の事だったが、生徒にそんなのがいたら合唱は破綻してしまうだろう。それだけ、彼女の歌声は抜きんでていた。以後、彼女はお姫様のように男たちがもてはやし始め、やがて後輩たちが「西堀さんに叱られたい」という遊びをするようになった。ここでも西堀さんは違った華を咲かせることになる。つまり、根は目立ちたがりで横柄で、言葉は辛辣だったのである。それもそのはず、彼女は一女二男の長女で、兄妹内では恐怖政治を敷く姉だった。また、創作系ゼミ(私学文系にはよくそういう就職の役に立たないコースがある)におけるエースであり、教授から詩の才能を評価されているとの噂だった。彼女も感じやすいところがあり、桜や紅葉の季節になるとしばらく一人で公園を足取り軽く散歩したり、梅雨の続く日には話していても上の空で窓の外を投げやりに眺める様子が良く見られた。その圧倒的な歌唱と、奔放な言動、鋭利な感性で四年生になるころには部の中心的メンバーだった。