3 ヒーローと女王様の決起集会
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事態の変化は突然訪れた。かつての大学のサークルメイトから飲み会に誘われた。輝かしくも怠惰な僕の大学生活。僕は彼らに会社を辞めた事を伝えていなかったし、今回もあわよくば何も伝えずに飲むだけ飲んで帰ろうとした。結論を言えば、僕はこの会の王様であり悪のヒーローだった。男二、女二の計四人で集まったのだけれど、誰も彼も職場の悩みと心のトラブルを抱えていた。友人の男は樹脂部品の製造現場で勤めていたが、ウン千万もする工作機械を入力ミスにより壊してしまった。その費用の処理で社内が揉めに揉め、当人と上司の責任の所在について毎日のように会議がなされた。女の子の内の一人は、オフィス部品の販売商社の事務方として働いていたが、お局さんと営業社員の間で骨肉の争いが繰り広げられ、あおりを受けた派遣の女性社員がこぞって辞めてしまい、引き継ぎもままならないまま残業の日々を送っていた。最後の一人は携帯ショップの販売員として勤めていたが、何時しか社内で無視されるようになり、受注状況も悪く、客をよく不快にさせていたというので、本人も居場所がなくなっている。大学時代には一種女王様的なふるまいも許されていたので、あっけなく社会に弾かれるのは意外だった。「私には創作があるからいいのよ。かえって踏ん切りがついたの」と、彼女は四杯目の安いカシスソーダに顔を赤らめながら言った。
僕はふんふん、と話を聞きながら、すべてをぶちまけるのを待った。テンションを溜めに溜めて、自分はつつがなくうまくやっている風に見せかけた。他の三人が話し終えるタイミングを見計らって、自分がお先にニートになったことをカミングアウトした。三人は大いに笑ったし、驚いてもいたが、軽蔑よりむしろ羨望を集めた。僕もいい気になり、今の母親との論争や、ビール片手に深夜の貨物列車を見つめる事がいかに有意義が、誇張して語った。もちろん、最悪の状況を自虐したジョークだが、彼らは半ばジョークとも思えないところもあったらしく、次々と仕事をやめると言い出した。やがて飲み会は決起集会の様相を呈し始め、件の女王様が具体的な案を出した。
「親戚のおじさんが分譲で買ったマンションの部屋があるんだけど、しばらくはまだ暮らさないから代わりに住まないかって言われてたの。家賃も格安なんだけどさ、職場から遠いし、4LDKなんて広すぎるから断っていたんだけど」
妄想混じりの決起集会は急に現実味を帯び始めた。
「実家でニートすると肩身狭いし、一人暮らしは家賃が高いじゃない、ね?」
女王様のトドメの一撃は、他の二人の胸を射抜いた様子だった。僕もまた、引っ越しの荷ほどきをサボっていて良かった、と思っていた。