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ビースト・ブラッド ー野獣のつがいー   作者: 文野さと


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54.奇襲 2

 ミゼルから連絡が入ったのは午後遅くの事だった。

「アマンダが、例の車の痕跡を追っている。別荘地でも一番北、殆ど山間部の森の向こうの広大な屋敷へ向かう道にタイヤ痕を見つけたようだ。雨でナイツの臭いは洗い流されていたが、自然保護区の山道で道路が舗装されていなかったのが幸いした。メツブシマメを目印に落としているから、後を追うのは造作ない筈」

 メツブシマメというのは、刺激臭のする小さな実のことである。成人した野人は子どもほど嗅覚が鋭くはないが、マメの臭いを追うことは簡単だ。ミゼルはちゃんと考えてくれていたのだ。

「それから、人間たちの追手もいるようだ。おそらくゴシック・シティのガーディアン達だろう。味方かどうかは知らないが」

 ミゼルは感情の籠らない声で淡々と説明した。

「ゴシック・シティのガードなら、お前に取っちゃ味方か。だが俺たちは人間とは共闘するのは苦手だぜ。ミゼル、ご苦労だったな」

(ねぎら)いはまだ早い。アマンダはまだ帰らない」

「あんな広い土地から一台の車の痕跡を探しだしたんだ。それだけでもご苦労だ」

「その屋敷は誰のものだ?」

 ゼライドは性急に尋ねた。その目に焦燥の色が濃い。

「そこまでは。だが、ゴシック・シティの有力者だと言う情報があった」

 そこまで聞けば十分である。ゼライドは短く言った。

「行く」

「ああ、わかってる。ミゼル、お前は戻ってきた餓鬼どもの面倒を見てやれ。お前は戦いに行かなくてもいい」

「アマンダがまだ帰らない。私も行く」

「……」

 ゼライドはぐっと眉間にしわを寄せた。仲間と共に戦うのは慣れていないのだ。ましてや女とは。しかし、年嵩の野人は笑ってそれを宥める。

「そんな顔をするな、ゼライド。確かに俺たち野人は普通はほとんど群れたりはしねぇ。だがな、つがいを守るためとなりゃ別だ。俺たち男はつがいのために生きているといっても過言じゃねぇ。最初、お前が俺の端末をぶっ潰す勢いで喚いていたユーフェミアってな、お前のつがいなんだろ?」

「……そうだ」

「なら、これは男の務めだ。恩には着せるが、買わなくったっていいんだぜ?」

「ユーフェミアが無事ならなんだって買ってやる。人間とだって共闘する……行く!」

「おうよ! だが一人で男気見せようなんて気張りすぎるのは禁物だぜ」

「行こう!」

 金髪の若いレオが立ち上がった。他の野人たちもそれへ倣う。

 ゼライドは無言で車に飛び乗ると、すばやくスタートさせた。あっという間に加速してヴァルカンの視界から遠ざかっていく。

「やれやれ。余程頭にきていたか。まぁ無理もねぇか」

 ヴァルカンも己の巨躯に見合った牡牛のようなバイクに預けた。他の野人たちもそれぞれのルートを取って屋敷に向かうために散る。

「久々に大暴れができそうだ」

 そう言ってヴァルカンも爆音とともに若い同朋を追った。


「……ずいぶん(まば)らになってきたな……まだ、シティの中なのか?」

 ロマネスク・シティは人口こそゴシック・シティより少ないが、面積は二倍以上もある。ゴシック・シテイが郊外に持っている農場や研究施設も、街の中にあるくらいなのだ。それらは街の北の外郭近くに点在し、その付近は街中とは思えないほどの風景が広がっている。この世界でもっとも面積の広い街である。

 ギャギャギャ!

 ティプシーが車の中で暴れだした。ずっと車の中で辛抱してきたので、外へ出せという事なのだろう。ゼライドは手元のボタンを操作し、ルーフを開いてやった。獣は薄い皮膜の羽でゼライドの髪を掠めながら外に飛び立つ。追い風をうまく捉えたのか、かなりの速度の車の少し上で、気持ちよさそうにゼライドの目指すほうへ飛んでいる。

 やがて目の前に、森が見えてきた。これでも市内なのである。ただの森ではない。VIPの土地を守る防波堤の役目も果たす森である。見えないところに色々なセンサーが仕掛けられているに違いない。だが不思議なことにそれらはすべて沈黙していた。誰かが先んじてやったのだろうか? しかし、今はそれに拘泥している暇はなかった。

 ——あの一つにユーフェミアがいるのか?

 しかし意外なことに、ティプシーは別荘地の手前で右に旋回した。ルーフを開けていたゼライドにもそれはわかった。メツブシマメの臭いは別の方向から漂ってくる。

 ゼライドは大きくステアリングをきった。背後にヴァルカンも続いている。

 なだらかな丘陵地帯だ。傾斜面には美しい別荘の数々。街灯はあるものの、リゾートの季節が過ぎたのか、明りの灯っている家はほとんどない。それらを左手に見ながら周囲をめぐる。ここら辺は管理地の外にあるのか、道の両脇から灌木がてんでに伸びだしていた。構わずに枝を蹴散らしながらアクセルを踏み込む。丘陵地を迂回するように走ると、しばらくして少し開けたところに出た。さっきの場所からは見えないが、なだらかな丘陵の盆地にあたるようで周囲の家から見えないような地形である。

 そこは見たこともないような大きな邸宅だった。

 夜の下に黒い屋敷が(わだかま)っている。一番奥にまるで斜面に埋め込まれたようなドームが見えた。建物自体もまるで小山のようだ。一番手前の裾野にかすかな明かりが灯り、闇を透かす野人の目が、それが大きくて美しい屋敷の(ゲート)だと感知する。屋敷の周囲は城壁のような壁で守られているのだ。

 ゼライドはセンサーに用心し、少し離れた藪の中に車を停めた。ティプシーにはわかるだろう。彼はずっと遠くに飛んで行ってしまったようだ。今はかまっている暇はない。自分用の目印に木の枝を折っておく。車の端末から他の野人たちに位置情報を送り、少し迷ったがエリカにも同じメールを送っておいた。愛用の銃とナイフを装備し、小型の端末を内ポケットに入れると、車を降りた。

 夜風は秋の気配。

 少し進むとバサバサと灌木をへし折りながら、ヴァルカンもやってくる。

「ここか」

「そのようだ。よくこんな場所があったな。この地域は地図すら作られてないからな。あるとわかってヘリで捜索でもしない限り、なかなか見つからないだろうよ。だが敢えてシールドで隠しもしていない、堂々と存在している。その辺が賢い所だな」

「……ナイツの匂いがする」

 屋内の気配は距離がありすぎて探れない。だが、堅固で瀟洒な門の内側から禍々しい気配が闇に染み出している。夜風に混じって微かに漂うのはあの悪魔の麻薬の香り。ゼライドの言葉にヴァルカンもひくひくと鼻を蠢かせた。

「成程。色んな臭いが混じっているが間違いねぇな。どっかに大量に存在している」

 屋敷は沈黙していた。

 ——ここだ。

 野人の勘がそう告げた。この中にユーフェミアが囚われている。

 彼の双眸がギラリと光った。

 道には出ずに藪をどんどん進む。側面の城壁を乗り越えるつもりなのだ。今夜は曇っていて月さえ見えない。殆ど闇夜でしかも森の中である。人間ならすぐに迷ってしまうだろう。しかし、野人の鋭い感覚は、まるで辺りが快適なピクニックコースのように彼らを導いていた。

「おい」

 ヴァルカンが立ち止まる。ゼライドも無論気づいていた。

 メツブシマメの強い香りを覆い隠すように、辺りは濃い緑の匂いに満たされているが、それらとは別の臭いがゼライドの鋭い嗅覚に飛び込んできた。彼にとっては嗅ぎ慣れた、これは――。

 ——血、血の臭いだ

 最悪の予感にぞっと皮膚が泡立つ。藪を突き抜けて臭いのする方向へ大きく跳ぶと、周りの茂みから無数の夜の虫が音も立てずに飛び出した。

「こ――れは!」

 茂みの中に倒れているのは胸から血を流した子ども。半開きの目が薄く光っている。

 野人の子どもだった。

「おいお前!」

 ゼライドが、子供を抱き起こすとピクリと瞼が震えた。ミゼルの放った子供だろう。どうやらまだ息はあるらしかったが、酷い傷である。肩から臍にかけて鋭い刃物で袈裟懸けにやられたらしい。子どもとはいえ、野人の反射神経でとっさに飛び退ったのか、内臓までは到達していないようだが、塞がらぬ傷口から白い脂肪が見えた。

「ふ……」

「くそ……誰にやられた」

 ゼライドは上着の下のシャツを脱いで裂き、即席の包帯を作ってぐったりとした子供の腹に巻いてやる。彼の大きなシャツはたっぷりした量で子供の傷を覆ったが、染み出す血がすでに滲んできている。このままでは出血多量で死んでしまうだろう。

「ヴァルカン」

「おう。俺がやる。だが一人になるぞ」

「構わん。元々そのつもりだ」

「わかった。ミゼルに引き渡したらすぐに戻る」

 ヴァルカンはそう言うと子どもを抱いて闇に溶けた。血の匂いはまだなくならない。更に進むとやはり二人の男たちが倒れていた。エリカの放ったガーディアンたちである。二人とも重傷だ。だがまだ微かに息がある。しかし構っている暇は無かった。彼らの端末も破壊されており、救助信号も出せない。ゼライドが立ち上がった時、今までうつぶせに倒れていた男がいきなり足首を掴んだ。

「お……前、シルバ……グレイ」

 それはかつてゼライドを拘束しにやって来たガーディアンの隊長、アンドレ・ジョセルだった。

「あいつを……追ってきたのか?」

「ああそうだ。すまねぇが、助けてやれん。俺の端末から連絡だけはしといてやる」

「俺たちなら……心配……いらん。だが……気をつけろ。あいつは恐ろしく強い。み、妙な飛び道具を……」

 ジョセルの防護服はあちこち大きく切り裂かれている。ナイフではない、鋭利な刃物のようだった。

「あいつ……一人か?」

「そう……だ、黒づくめで、夜中に濃いグラスを……」

「わかった。気を付ける」

「い……け……お嬢さん……を、助けてやれ」

 ゼライドは振り絞る声を背後に聞いた。

 なおも森を駆ける。駆けながら短縮コードでエリカに再び位置情報とSOSを自動で転送する。間髪を入れず、ゼライドの小型端末が微かに振動した。

『ゼライド!』

「エリカか? 今要塞のような屋敷の外だ。あんたのガード達が重傷を負っている。間違いない。ユミはここにいる」

『ええ、間違いありません。あなたのくれた位置情報を調べました。そこは公表はされてはいませんが、ハイドンの会社の持ち物のようです』

「ナイツの匂いもする。血の……匂いも」

 ゼライドはもう、走っている。エリカは黙していた。

『どうか……ユーフェミアを……』

 やっとそれだけが聞こえた。

「命に代えても」

 どんっ!

 地を蹴って跳ぶ。ゼライドの足下で梢がザワザワと騒いだ。

 森が切れ始める。

 昇りはじめた三日月が低い山並みに懸っていた。




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