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ビースト・ブラッド ー野獣のつがいー   作者: 文野さと


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32/67

31.真夜中のラボラトリー 3

 言葉が終わるか終わらないうちに。唇が何かにぶつかった。

 いや、ぶつけられたのだ。

 これが本当のキス。野人の口づけなのだ。

 食べられてしまう、そうユーフェミアは思った。

 ——ああ、食べられてもいいわ。この美しい男の一部になれるのなら。

 激しい口付けはユーフェミアから徐々に思考を奪ってゆく。彼の欲を感じてユーフェミアの鼓動が跳ね上がった。

 派手な外見で、遊び慣れた女のように見られることも多いが、ユーフェミアの恋愛経験値は低い。

 学生時代に一度だけ、つき合った男とキスした事はあるが、ちっとも気持ちが高まらなかった。

 結局、ユーフェミアが冷めてその男とは別れた。

 以来、淡白な女だと思っていたのに。男をこんなに身近に感じ、そして欲したのは初めてだった。

「ユミ……ああ、ユミ」

 うわ言のように名を呼びながら、ゼライドは大きな掌でユーフェミアの体の縁をなぞり、あちこちに軽く歯を当ててゆく。

 お互い床にへたり込んで抱きしめ合いながら、夢中で口づけを交わしている。

 ユーフェミアは膝を立てたゼライドの足の間に挟みこまれて、身動きが取れない。全体重を彼に預け、それでもびくともしない強さが泣きたい程嬉しかった。

「む……」

 ゼライドは酔っていた。

 ユーフェミアの唇にも唾液にも、彼の正気をぶっ飛ばず成分が含まれているようだ。

 頭の後ろで編まれたまげに指を突っ込む。少し指を曲げただけで、髪は解けて甘い香りを放ちながら流れ落ちた。ごくりと喉が鳴る。

「うう……もう十分だろ!」

 叫ぶように言い捨て、ゼライドは体を離した。

「嫌よ! もっと進んで!」

 ユーフェミアも必死で叫ぶ。ここで放り出されたらすごく惨めになるだろう。何より体の熱が暴走している。

「だめだ! 俺は野人だ!」

「野人が何よ! 人間の女が怖いの?」

 その答えは、くるりと振り返った野人の光る眼差しだった。

 彼は手を伸ばすと、ユーフェミアの着ている色気の欠片もない白衣の合わせに指をかけ、中に来ている服ごと引き裂いた。

 布の破ける音と供にボタンが、飛び散る。幾つかは壁際まで跳んで、ケージの中のげっ歯類が驚いてカサコソと騒いだ。

 現れた白い肌にゼライドの目は釘づけとなった。ゼライドは人間の女の肌などじっくり見たことがない。

 見てくれに惹かれ、誘いかける女は多かったが、野人の彼にとって、人間の女など、風景に過ぎなかった。

 抱くなど、考えるだけでも面倒だったのだ。

 なのに今のこのあり様は。

「すげぇ……」

 柔らかい曲線に頬を擦りつけながらゼライドは囁いた。

 熱い吐息に肌を撫でられ、ユーフェミアがびくりと身じろぐ。泣きたくなるような羞恥と、触れて欲しいと言う焦燥がユーフェミアを震わせる。

「ゼル……あ!」

 長い指が肌を這う。それは決して強くはなかったが、ユーフェミアには過ぎた感覚だった。

 酷くまごついて大きく息を飲む。

 ゼライドはどう思っているのだろう。自分の皮膚はふにゃふにゃしていて、彼の指先が沈んでしまっている。それがいいのかどうかわからないが、野人の女性の皮膚はもっと張り詰めて固いのに違いなかった。

「んんっ!」

 いつの間にか床に髪がつくほどユーフェミアの背中がしなり、腰を支えてゼライドが圧し掛かっていた。

 彼の銀色の髪が、殺菌灯に照らされて青く染まっているのが、ぞくぞくするほど美しい。

 ——ああ、食べられちゃうんだわ。この銀色の狼に、私は。

「……ユミ?」

 自分を見上げる輝く瞳は、何故か大変幼く見えた。

 パルミナの仮説が本当なら、このワイルドを絵に描いたような美丈夫の精神年齢は、ティーンエィジャーなのだ。

「ん?」

「すごい音がしてる……ここ」

 そう言ってゼルが頬を寄せた場所は、ユーフェミアの心臓だ。

 そこは早打ちのドラムのように肋骨の中で鳴り響いている。しかし、ユーフェミアにはどうしようもないのだ。

「うん。ドキドキしてる」

「大丈夫なのか」

 唇が肌に貼り付いている為、声がくぐもっている。

 ゼライドがこんな時でも自分を気遣ってくれていると知って、ユーフェミアの心は決まった。彼は気づいていないだろうが、元々二人きりになりたくて、この部屋に誘導したのだから、今更後戻りなど考えられない。

 例え、一時の欲の対象だっていい。

 私は最初から彼が大好きだったんだもの、後悔なんてない。私は、ゼルが最初に抱く人間の女になるのよ。

 ゼライドがいくら優しくても、彼は人間を、愛の対象とはみなさないだろう。

 彼の過去には辛い事があったらしいとパルミナも言っていた。おそらく人間に酷い目にあわされたのだろうと。

 野人の事を何も知らない人間の自分は、彼に愛されなくても仕方がない。

 ただ、一緒にいる間くらい、その全てを受け止めたい。ユーフェミアはそう強く願った。

「大丈夫なの。ただ……ちょっと緊張しているだけ。気にしないで。女の子なら誰でもこうなるのよ」

「でも……」

 ついさっき荒々しく衣服を引き裂いた激しさと相反する、臆病さ。ユーフェミアは、まるで母になったような気分でゼライドの頭を抱きしめた。

「いいの。ね? 躊躇わないで? 人間の女だって結構丈夫にできているのよ」

「……」

 答えず、ゼライドは愛撫を再開した。

 隈なく口づけの雨を降らせながら、今度は慎重にユーフェミアの服を剥いでゆく。彼はユーフェミアを抱き上げ、作業台の上に坐らせた。それから自分のジャケットを脱いで机上に敷くと、その上にゆっくりとユーフェミアを押し倒した。

「ユミ……俺は」

「後悔なんてしない。きて」

 この後に及んで躊躇いを見せる優しい男に、ユーフェミアは腕を伸ばしてその銀色の頭を抱きしめる。

 ゼライドは床にひざまづいた。

 それは自分のつがいに対して野人の男が示す、服従と支配の証だった。

 

 カサコソカサコソ

 コリコリコリコリ


 部屋に満ちるのは、げっ歯類のたてる微かな物音。そして、二人が漏らす荒い吐息。どちらも大切な生命の営みだ。

 殺菌灯が二人の皮膚を青白く照らし出している。

 ──その時!

 非常ベルの非情な音が青い部屋を震わせたのだった。




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