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28.荒野の激突! 3


 

 


「下を行くバイクと車に告ぐ! 今すぐに無益な争いをやめるように! 君達の様子は全て我がルネサンスTVのカメラに撮影中だ。荒野で違法、蛮行を続けるのは勝手だが、こちらの高性能カメラで撮った映像は、編集ナッシングで夕方の番組でOAするからそのつもりで!」

 最新式のダブルローターの爆音をつんざいて、艶のあるテノールが落ちて来た。よほど高性能の拡声器を搭載しているようだ。

 あれほど執拗にゼライドを追っていたバイクの襲撃者達は、その声を聞くやいなや、あっという間に四方へ散って消えた。

 それはまるで合図があったかのような鮮やかな撤退だった。ゼライドはしばらく様子を伺っていたが、彼らが戻ってこないと判断すると、岩陰に車を停める。

 凹んだフロントガラスを銃口で叩き、小さな穴を開けると上空を透かし見た。車の窓はシールドされているので、カメラに顔が晒される事はないが、それでも彼は用心深くレザージャケットの内側から黒いグラスを取り出す。

 その口元は厳しく引き結ばれていた。

「キミは賢明だなぁ」

 ゼライドが車を停車させたと見るや、テノールの美声ががらりと変わる。威嚇から笑いを含んだものになっている。ヘリも旋回を止めて着陸態勢に入っていた。

「あの声……どっかで聞いたことがあると思わない?」

 ユーフェミアはゼライドの許しがでないので、体を折り曲げたまま言った。

「嫌みなくらい、いい声よね。どこだったかな?」

「知らねぇ」

 ゼライドの応えはにべもない。しかし、テノールはその声が聞こえていたかのようなタイミングで喋り出した。

「おや、バイクのみなさんは逃げていくようだね。君達の雄姿はばっちり撮ったから、本日7P.M.のニュースを肴にうまい酒を飲んでくれたまえ! そこのシルバーメタリックのスーパーカーはもしかして被害者かな? とてもそうは見えなかったけど、一応正当防衛のようだったしね。しかし、すごい車に乗ってるねぇ、だから馬鹿なゾク共に目を付けられたんだろうね? 目立つのも程々にしないと! あのねぇ。実はこのヘリにはちょっと偉い人が乗っていてね。その方達の指示で、今から前の空き地に着陸するから、スポーツカーの君は大人しくしていてくれたまえ。あ、言い遅れたけど、僕はルネサンスTVの敏腕プロデューサー、アーサー・モリナー。聞いたことがあるんだったら光栄だ!」

 ヘリはどんどん高度を下げてきており、ローターの爆音もものすごいが、マイクが高性能なのか、男の声が通りがいいのか、言葉の端々までよく聞こえ、自画自賛気味の流麗な口調が、辺りの空気から殺気を消してゆく。

 名乗った名前は、夜の報道番組で有名なプロデューサーのものだったので、ユーフェミアは驚いた。裏方だけではなく、自身もコメンテイタ―として出演する事があるから、モリナーは顔も売れているのだ。

 しかし、ゼライドの頬は僅かも緩むことなく、引鉄に掛けた指もそのままであった。

 大型ヘリは、向こうの平らな空き地に巨体を揺らして着地した。土ぼこりが舞いあがり、拡散する。

 しばらくすると、横のハッチが開いて防護服の男達がバラバラと散開した。市のガーディアンに似ているが、微妙に違う。おそらく局が自前で雇っているガーディアン達なのだろう。

「多分大丈夫だと思うが、お前はまだ出るんじゃないぞ」

 小柄な体が幸いして、座席の下にぴったり丸まっているユーフェミアに一声かけると、ゼライドはゆっくりドアを開けた。

 ガードの後ろから同じロゴのついたジャケットを着た、まだ若い痩せた男が降りてくる。金髪のストレートヘアを後ろで束ねたなかなかの美男である。彼はガードに一言二言話し掛け、背後の小窓に何か合図をした、おそらくカメラマンか別のスタッフがいるのだろう。

 些かもったいをつけた演出の後、漸くゼライドの方に振り向いて笑った。

「やぁ、そこの君。災難だったね。でもこれこの通り、僕の身元は割れている。まだカメラは回っているけど、君達さえ賢くしていたらここはカットするから安心したまえ。さぁ、腹を括って外に出てきてもらえないかな? 言ったろう、偉い人が乗っているんだよ。君……君たちかな? と、少しお話したいんだってさ。どうやら君らのどちらかの知り合いみたいだね」

 モリナーは完全武装のガードの後ろから軽薄そうに指を振る。おそらくわざとそのように振舞ってゼライドの出方を探っているのだろう。

「お前、あの男のツレに心当たりがあるか?」

 ゼライドは丸まったままのユーフェミアを見下ろした。

「さぁ。割と露出の多い人だから芸能人としてなら知ってるけど、個人的には知らない。でも、偉い人って言ってたね? 誰かな? 姉さんの知り合いかしら」

 だとしたら、このことが表ざたになるのは相当拙い。ユーフェミアは顔をしかめた。

「くっそ、めんどくせぇ」

 ゼライドも悪態をつくと、仕方がなさそうにドアを開けて渋々その半身を晒した。銃を持った右腕はドアの影に隠したままだ。乾いた荒野の風が伸びっぱなしの銀髪を梳かしてゆく。

「……」

 背後の空よりも薄く青い目が、鋭く自称敏腕プロデューサーを射た。

「うわ。こっりゃぁ驚いたな。ものすごい美男だ」

 アーサー・モリナーは、姿を見せたゼライドに大げさな仕草で驚いて見せた。しかしいくらおどけられても、野人の緊張は微塵も揺るがない。

「さぞカメラ映えがするだろうねぇ。後でチェックするのが楽しみだ。でもその顔、いい目だけどちょっと怖すぎ。それからその手。用心深い事はいいけど、銃は持ち出さないで欲しいな。こっちは丸腰なんだ」

 モリナーはひょいと首を傾けてゼライドを見透かした。おちょけた態度の割に勘のよさそうな男である。

「自分は武装したガードに囲まれて何を言いやがる」

 ゼライドは最新鋭の武器で身を固めた男達を見渡して不愉快そうに吐き捨てた。

「そりゃ、仕方がないよ。言ったろ、中にお偉いさんが乗っているんだよ。ねぇ、頼むよ。いきなり通報とかしないから、荒っぽいことはしないでくれたまえ」

「……」

 邪念なく頼み込むその様子に、ゼライドは無言で中型の銃を座席に投げ捨てて、ドアの外に立った。無論彼の体には小型の銃やナイフ、更に小さな暗器が無数に仕込んであるが、ぱっと見にはわからない。

「やぁ、無理を言って済まないね……それにしても君、大きいなぁ。でもなんで追われてたの? やっぱり車狙いかい? それとももしかして、あいつらの趣味が特殊なのかな? イケメンって死語が出そうなほどいい男だもんねぇ」

「べらべらとうるせぇ。俺たちを足止めする目的をさっさと話せ」

「それは私たちから話そう」

 モリナーの背後に口を開けるヘリのハッチから、スーツ姿の男達が二人降りてくるのを見てゼライドは目を細めた。

 彼らがモリナーの言う『お偉いさん』なのだろう。一人はやや大柄でがっちりとした体形の紳士、もう一人はさらに巨漢である。

 巨漢の男がゼライドの前に進み出た。

「気を悪くされると困るんだが。私たちは君達を助けたようなものではないかな? いやいや、全ては偶然だが、ちょうど上空を通りかかってね。どう見てもオートバイの連中に非があるようだったから、メディアの力を借りて助勢させていただいたのだ」

「無事なようでなによりだ……」

 後ろの紳士も平坦な調子で言った。

「あんた達は?」

「うひゃあ!」

 ぶっきら棒にゼライドが問いかけた時、突如車のドアが開いてユーフェミアが転がり落ちて来た。

 ドアの隙間を細く開けて外の様子を伺っていたのだが、知っている顔が現れたので、びっくりした拍子にバランスを崩してしまったのだ。

「おい!」

「あたたた」

 埃だらけの地面にぶつかる寸前、すばらしい瞬発力でゼライドがユーフェミアを受け止める。男達に見せないように、すぐさま背後に庇おうとうするのを、ユーフェミアは慌てて押しとどめた。

「わ……! ゼル。大丈夫。この人たちは著名な方々なの。おっとっと……」

 先ほどのカーアクションで酷く振りまわされたおかげで、少しふらつきながらもゼライドに支えられ、ユーフェミアは何とか立ち上がった。

「おお……これは……!」

「やはりユーフェミア嬢でしたか!」

「お、お久しぶりです、ミスター・インガルス。そしてはじめまして、ミスター・ハイドン」

 ユーフェミアが呼んだ順に二人の男性が会釈をした。

 これといった特徴のない、薄茶色い髪を後ろへ撫でつけた方がハイドン、彼に比べると縦も横もかなり大きな赤毛の男がインガルス。

 どちらも四十前後の紳士で、着ているものは同じようなダークスーツなのだが、外見が異なるせいで個々から受ける印象は大分違う。インガルスの目はどちらかと言うと好奇心に満ち、ハイドンの方は鉄壁の無表情だった。

「見苦しいところを見つけられて恥ずかしいです」

 ユーフェミアは何とかちゃんとして見えるように祈りながら、姉に教えられた通りの淑女の礼をした。

「職場に向かう途中でいきなり襲われたんです」

「ほう……それは災難な」

 ハイドンが全く抑揚のない声で言った。

「あいつらは最近再び増え始めた、ゾクと言われるならず者の集まりだな。どうせ、ナイツ常習者で、半ば気が狂っているんだろうが、それにしても命まで晒す事はないだろうに……何人か死人が出たようだな。君はなかなか容赦がなかったからな」

 殆ど色の無い目がゼライドに据えられた。しかし、そこにはやはり感情の揺らめきはない。

「なかなか面白い見せものだった。いい度胸だ」

 インガルスも言った。この男も見かけによらず、深いいい声をしている。

「まぁ、奴らは大型の銃を持っていたし、実際に撃ちまくっていたかようだから正当防衛が成立するでしょうけどもね。こちらには高性能カメラで撮った映像があるんだし、車にだって銃痕があるし、何よりの証拠にはなります」

 こういう場面には慣れているらしいモリナーが、紳士達とゼライドを見比べながら面白そうに口を出す。しかし、ゼライドは短く問うただけだった。

「誰だ?」

「あ……ああ、私から言うわね」

 ギスギスとした空気を何とかしようと、ユーフェミアが男達に割って入った。

「あのね、ゼル。背の高い方がミスター・インガルス。ゴシック・シテイの平原開発局の局長さん。二度くらい、庁舎で姉と一緒にお会いした事があるの。そしてこちらのミスター・ハイドンは……ええと、大陸一の物流会社のCEO。他にもたくさんの会社をお持ちの有名な実業家でいらっしゃる。そしてお二人とも現役のゴシック市議会議員で、次の市長選に立候補の予定をしておられるの……多分……」

 つまり、二人してエリカの政敵と言う訳だ。

 ユーフェミアは紹介をしながら自分の立場に思い至り、語尾があやふやになっていくのを禁じ得なかった。

 ——私……もしかして、またやっちゃったのかな……?

 現役の市長の妹が犯罪者集団の争いに巻き込まれ(いくら被害者としてもだ)、それを撮影されていたと言う事は、姉の立場にどのような影響を及ぼすものなのだろうか。

「あの、助けて下さってありがとうございました。言ったようにフリーウェイに出た途端、バイクの集団に襲われて……その、私、実は何が何だか……」

「そのようだね。途中からは我々も映像で追っていた。ただ事ではないと感じたんで、モリナー君に言って画像データを警察庁とガーディアン本部、それと市長の端末にダイレクトで送ってもらったんだよ」

 応じたのはユーフェミアと面識があると言うインガルスの方だった。

「え⁉︎ と言う事は、姉さんはもうこの事を知っているんですか?」

「これはテレビ局のヘリだよ。もっともヘリはこちらのハイドン氏の会社の所有物だが。僕らはロマネスク・シティに遊説と公務で滞在していたんだが、丁度帰る途中でね。送信するやいなやすぐさま、サイオンジ市長から車の方を守れと言う緊急指示が出たんだ。まさか、市長の妹さんが乗っているとは、我々も思わなかったが」

「……そうでしたか」

「一体これはどういうことなんだ? 市長の妹御があんな奴らに襲われるなんて。まさか君、姉上の立場を悪くするような事に首を突っ込んではいるまいね?」

「あの……それは……はい。ちょっと込み入った事情があって……」

 まるで娘を叱りつけるようなインガルスの口調に、ユーフェミアは恥じ入って赤くなった。

「幸運だと思いなさい。偶然とはいえ、僕らが通りかかったお陰で命拾いしたんだから。このヘリには武装は殆どないが、高性能のカメラが搭載されている。それだけでもある意味威嚇になるからね。実際マイクで警告しただけで、ゾクの奴等もそれを汲み取ったようだし。もっとも、さっきの旧世界のアクション映画並みのスタンツはモリナー君はじめ、スタッフが舌なめずりしながら撮っていたから、夕方のニュースには編集された上で流れるんじゃないかな?」

 インガルスはわざとらしい流し眼で言った。ハイドンも無表情に頷く。

「ええ~~!」

「警察にも連絡がいったから、後数分で駆けつけるでしょうな。フォザリンゲートには大きな分署があるからね。ま、どう見ても正当防衛だし、死体は身元不明で処理される可能性が高いが。それにしても君、少し軽率じゃないですか? 何であんな奴らに襲われる様な事になったのです? あの男性は野人のようだが」

 ハイドンは熱の入らない口調でユーフェミアを責めた。姉の対立候補として次の選挙に出る訳だから、エリカに弱みがあれば、そこを攻撃するのは当然だ。

「だから、それには事情が……」

 ユーフェミアはなんとかしっかりした所を見せようと、手早く乱れた髪をまとめ、ずれかけたグラスを掛け直した。

 ゼライドは少し離れたところからまるで無関心な風でこちらを眺めている。そう言えばこの二人は野人に対して批判的な意見を持っていた。ここは少しでも自分ががんばって、彼の印象を良くしておいた方がいい。

「その様子では余程大変な御事情がおありのようだ」

「ははは! そっちの男前とお出かけだったのじゃないかな? 若い娘にありがちなことだて」

 あくまで冷やかなハイドンに対し、インガルスの態度は言葉ほど悪くはない。

 馬鹿な姪っ子に説教する親戚のおじさんのようだわ、とユーフェミアは感じた。しかし、この誤解は今は解いておかなくてはならない。

「彼には私のボディガードをお願いしているんです。今は出勤途中で……姉を訪問したその足で街を出たんです」

「そうだったのかい。確か君は郊外の施設で仕事をしているんだったね。しかし、最近市の内外は物騒になってきた。姉上の治安政策も最近は行き詰っておるようだ」

「それは直接姉に言ってください」

「おや失敬。僕たちは君の姉上の失策を待ち望んでいるもんだから」

 翠の目を瞬かせて言い返したユーフェミアに、インガルスは大きな肩を竦めた。

「いえ、確かに私が色々至らなかったのは確かなので……でもこちらがちゃんと守って下さったので、私はこうして無事なんですわ」

 ユーフェミアは何と言って紹介したものか迷った末に、無難な言葉でゼライドを指した。

「……野人のボディガードか。サイオンジ市長も何を考えているんだか。これじゃ諸刃の剣じゃないか」

 ハイドンが冷たい瞳でユーフェミアを見つめて呟く。どうにもいたたまれない。

 ユーフェミアは一刻も早くこの場を立ち去りたかった。姉には研究所から報告すればいいだろう。無事であることもとっくに報告済みであるに違いない。それに今日のエリカにはもう、ユーフェミアに関わり合っている暇はないに違いない。

「これから街へ戻られるんですか?」

 ユーフェミアはまだしも話しやすそうなインガルスに向かって尋ねた。

「ああ。モリナーが言った通り、今夜あなたの姉上とTV討論なんだ。無論生放送でね」

「……済みません。今回の件なんですが、個人名は伏せて貰えないでしょうか? そのぅ……大げさに放送しないで欲しいんです。こんな騒ぎを起こしておいて、ムシのいい話なんですけど、その、せめてもう少し事情がわかってから……」

 ユーフェミアはがっくりと肩を落とした。

 これではこの二人に、街の治安の総責任者たる姉に対する格好の攻撃理由を提供したようなものではないか。これから直ぐにも警察がやってくるだろう。ハイウェイから離れた荒野で起きた事件では、被害者は無傷でも現場に留まる義務はない。いつ何時、別の無法者や、もっと悪くて、荒野に潜む肉食の獣に襲われるかもしれないからだ。

 自分は身元も知れているし、行く場所も決まっている。どうせ後から報告を命じられるだろうが、ここはさっさと退散するに越した事はない。

「まぁね。荒野で起きたことだし、我々も鬼じゃないから、細かい事は伏せておきますがね。じっさいにしにんもでていることだし、警察には詳細を報告しておきますよ。いいかね、モリナー君」

「ええ。とりあえず個人情報とヤバいシーンは隠してOAしますよ。僕としちゃ残念ですけどもね。特に、そっちのお兄さんは絶対カメラ映りがいいに決まっているし……。けどまぁ、ひっさびさにいい絵が取れたし、その辺りはプロにお任せ下さい」

 アーサー・モリナーはそう言って、ユーフェミアにウインクして見せた。そして背後の野人に目をやるなり肩を竦める。かなり怖い顔で睨まれたようだ。

「私はもう行きます。仕事があるんです。無責任なことを言うようですけど、何かあったら姉を通じて連絡をください」

 ユーフェミアは力なく言った。

「こんな目に合っているのに仕事ですか? 悪いことは言いません。我々がヘリで姉上の元に連れ帰ってあげましょう。ここは荒野だし、絶対その方がいい。君みたいなきれいなお嬢さんが怖い目にあったんだ、今日はもう休みなさい。そこの野人は自分の面倒ぐらいはみられるんだろう」

 ハイドンがそれまで冷やかな態度を緩めて、ユーフェミアの肩に手を置いて言った。

 姉を政敵とはしているが、若い娘をこんな荒野に放っておくのも外聞が悪いので提案しているのだろう。だが、ユーフェミアはそれに従いたくはなかった。

「大丈夫です。姉にこれ以上迷惑をかけられませんし、今日しなくちゃならない仕事もありますから」

 ユーフェミアはきっぱりと言った。その腕を背後からゼライドが強く引く。肩に掛けたハイドンの手がぱたりと外れた。

「この娘は俺が最後まで守る」

「……」

 ハイドンの薄い色の目がキラリと光ったように見えたが彼は何も言わない。代わりにインガルスが声を上げた。彼はモリナーと共にゼライドの車を調べていたのだ。

「気概は買うがね。こんな車でどうしようと言うんだね。前が見えないだろう」

「フロントガラスが壊れただけだ。オートクルーズを使う。問題ない」

「まぁ確かにすごい車だよ」

「……ふん」

 ハイドンは平凡な顔に軽蔑した表情を浮かべた。ユーフェミアは急いで深く辞儀をする。

「あ……でも、お心遣い感謝します。私、大切な研究があって、どうしても直ぐに研究所まで戻らなくちゃいけないんです。助けて頂いて本当にありがとうございました」

「俺達が行ってからヘリをやってくれ。これ以上車が汚れるのはかなわねぇ」

 素っ気なく言い捨てて、ゼライドはユーフェミアを促して車に乗せた。男達がヘリに戻るのを見届けてからエンジンをスタートさせる。

「……あれが野人と言うものかな? なかなか凄いもんじゃないか」

 インガルスはハイドンに話しかけた。銀色の車は信じられない加速で既に小さくなっていた。

「さぁね。だがサイオンジ市長にも困ったものだ。自分の身内をあんな物騒な人間……いや野人に警護させて」

「毒を以て毒を制するって奴かな?」

「インガルス、それは違う。言葉の選択が間違っていますよ」

「間違い?」

「あの男は野人です。人間ではない。我々がお情けで目溢めこぼししているだけの……」

 ハイドンはそこで言葉を切った。男達が乗り込んだヘリのローターが回転を始める。

「ただの汚らしい寄生虫だ」

「確かに危険な存在かもしれんが」

「ふん……サイオンジの天下も、もう長くはない。さぁ、戻ろう」


 大型ヘリは轟音と共に空に舞い上がる。

 しかし、彼らがいくら目を凝らしても、野人ときれいな娘を乗せた銀色の車の姿は、荒れた地上のどこにもなかったのだ。






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