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ビースト・ブラッド ー野獣のつがいー   作者: 文野さと


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21.混乱の兆し 2


 

 

 「へ? ぱ……」

 ユーフェミアはぽかんと口を開けたまま女を見つめた(後で間抜けだったと死ぬほど後悔した)。

 これまで幾度となくゼライドが彼女の名を口にした事はあったが、実際に会うのはこれが初めてで、しかも想像していたイメージとかけ離れていたからだ。

 彼の口から他人の名が出るのはパルミラだけだったし、かなり信頼しているようだったからユーフェミアは初め、それが羨ましくてちょっぴり妬いていたのだが、この二週間は殆ど聞かなかったし、様々な手配が余りに行き届いているので、ユーフェミアはパルがかなり年配の女性ではないかと思いはじめていたのだ。

 だが、目の前のこの女性は姉のエリカより少し若いくらいの魅力的な美しい女性だった。


「パルさん!? あなたがパルさんなの?」

「ええそうよ。はじめまして。ユーフェミア・アシェインコート、サイオンジ市長の妹さん」

 パルミナは微笑みながらきれいな手を差し出した。爪もきれいに手入れされているが、コーティングはどぎつい色ではなく、上品な薄い紫色だ。ユーフェミアも自分の小さな手を差し出す。何も塗ったりしていない。動植物をあつかう所為もあるが、マニュキュアは爪が呼吸できなくなるような気がして昔から苦手だった。

「よ……よろしく。さっきは失礼しました。あなたの事をなんにも知らなかったもので」

 名のるより先に名前いわれてしたったユーフェミアは、どうやって自分の威厳を保っていいかわからないまま、とりあえず言い返す。

「いいのよ。ゼルの事だから、どうせそんな風だろうと思ったわ」

 もごもごと言い訳するユーフェミアをパルミラは余裕の微笑みで封じ、バッグを脇に置くと慣れた様子で、食器棚からカップを取った。ゼライドの事を略称で呼んだ事と言い、二人の間柄がかなりの親しいことを感じ取れる。

「勝手にお茶をいただくわね。ああ、いつもしているから気にしないで」

「いつも……?」

「ええ、彼が嫌がるから、この家では鉢合わせしてないようにしているの。でも、これまでだって一週間に一度は来ていたのよ。ちゃんと行き届いているかどうか確認しに。気づかなかった?」

「いえ……物品の納入があるって事は知ってましたけど……まさかパルミラさんご自身がいらっしゃると……しかもお一人で来られるとは思わなかったので……」

「ああ、もちろん我が社の人間と来る時もあるわ。だけどゼルは自分の領域に他人が入るのを極端に嫌がるから、訪問回数は必要最低限に抑えているんだけど。私はまぁ、いわば特別なのね。基本的にはいつ来てもいいことになってるの」

 ユーフェミアはパルミラが「特別」という言葉に僅かに力を入れたのを聞き逃さなかった。聞き逃す女などいるはずがない。その意味する所は明白だからだ。

 ——この人、ゼルの事が好きなんだわ……。

 それは間違いない。女ならば誰でもわかる。これは牽制だ。だが、ゼライドはどう思っているのだろう。ユーフェミアに彼女の事を話す態度には、恋人だと伺わせるものは微塵もない。だが、それはユーフェミアに気を使ってだとしたら……?

「あら、お料理してたのね? シチュー? 美味しそうね。あなたお料理が得意なの?」

 パルミラは勝手に鍋の蓋を取って中を見ている。ユーフェミアは急に居心地が悪くなってきた。

「いえ、全然得意ではないです」

「あら? でも、あなたこんなに食べるの?」

「それは彼の分もあるので……」

「まぁ! ゼルがあなたの作ったお料理を食べるの?」

 パルミラは心底驚いたようだった。

「ええ。お腹が空いていたら……ですけども」

 ユーフェミアは慎重に言葉を選んだ。だが、パルは彼女以上にゼライドの事を知っているのだろう。

「でもだって……彼は……いえ」

「知ってます。野人の主食は生のお肉なのでしょ? 無論それも食べます。最近は私が切ってお皿に入れて上げて一緒に食べてますけど……でも、煮込みも好きみたいで、冷ませば結構たくさん食べますよ」

「まぁ。驚いた……あなた、平気なの? 彼の食事を見たのでしょう?」

「平気です。これでも一応研究者ですから」

「でも、彼は嫌がっていると思うけど? あなた彼に我儘言ってるんじゃない? それならぜひやめて欲しいんだけど。彼はああ見えて我慢強いから、依頼人の無理難題を結構受け入れちゃうのよね」

「我儘は言ってないとは思うんですけど……」

 ユーフェミアは懸命に言い返した。だが、本当にそうだろうか?

「パルミラさんはゼルのことよく知っているんですよね?」

「ええ、まぁ……これでも長い付き合いだから」

「いつ頃からのお知合いなんですか?」

「そうねぇ……私がこの世界に入った頃からだから……かれこれ十二、三年年くらい?」

「えっ! だってその時ゼルはまだ子どもでしょ? そんな小さい頃から彼を知っているの?」

 ユーフェミアの見た感じでは、パルミラの年齢は三十歳そこそこくらいだ。ゼライドの正確な年齢は知らないが、少なくとも彼女よりはかなり若いだろう。すると、どう考えても、二人が知り合ったのは彼がローティーンの頃という事になる。そんな頃からゼライドは請負人やハンターと言う危険な仕事をしていたのだろうか?

「あなた……彼の年齢を知ってる?」

 不審が顔に出たユーフェミアを見てパルミラは笑った。

「え? 知らないです。聞いたことがないから」

「そぅ? なら、彼、幾つに見える?」

「ええと、そうですね。私よりは上だろうから、二十五才くらいかな? 見た感じで言っているんですけど」

「そうね、そう見えるわね。でも……私も実は正確には知らないんだけど、少なくとも彼は四十近いんじゃないかしら?」

「えええええ⁉︎」

 キッチンにユーフェミアの絶叫の余韻が木霊した。

「そんな……まっさかぁ! ありえない。だって……だって……」

 ゼライドの肌は張りがあって滑らかだし、染みも皺も一つもない。眼光は鋭く、動作は長い手足を持つ割に俊敏で、時として優雅でさえある。なによりあの野性的な美貌はどう考えたって若い男性のものだ。

「まぁ、驚くわよね。野人には誕生日なんて概念はないから、本当の年齢はわからないけれど、私と出会った時に彼ははっきり自我が確立してから二十年は経っていると言っていたのよ」

 それから十年以上の年月が流れたと言う事だ。物ごころつくと言う年齢が曖昧だが、仮に五歳だとすると、彼の年齢は確かに四十歳近い事になる。

「そんな……あの見かけで彼はおじさんなの?」

「ふふふふ……それがそうでもないの」

「どう言う事ですか?」

「あなた何も知らないのね? まぁ仕方がないか。野人は記録という概念があんまりない種族だから、殆ど人間による観察と研究によるものなの。だからこれは客観的なデータなんだけど……彼らが人間より長命な種だって事は知ってるわよね?」

「はい。それは割合いろんな文献に書いてありましたから」

「そう。それは割と有名な事実。でも意外に知られていないのが、野人の実年齢と見た目、これには大きな隔たりがあるってこと」

「……どう言う事ですか?」

「ここからは私の推測だけど……聞きたい?」

「ええ、是非」

「そう。でもこのことは個人差が非常に大きいからそのつもりで聞いてね。つまり、野人は大体百年から百二十年くらい生きるといわれている。私は学者じゃないからわからないけれど、もしかしたら寿命に比例して精神の成長も遅いのかも。ゆっくり大人になるって言ったらわかりやすいかしら? 私が出会った頃の彼はね、外見は今より少し若い程度だったけど、中身は全くの子どもだったわ。その頃の外見が二十歳くらいだったとすると、人間で言うと大体十歳くらいの感じ。印象では」

「……」

「それから十年以上経ってるから……うん。人間で言ったら五年ぐらいは成長しているとして……精神年齢は……そうね、ハイティーンになるやならずってところかしら? 無論推測だし、野人と人間を比較したデータを私は知らないから、何とも言えないけど」

 ——ティーン!? あのゼルがティーンエイジャーですって!?

 自分よりもずっと幼いではないか。ユーフェミアは絶句する。

「野人の困った所は、中身は子どもなのに見かけが成人だってことかしら? 雄渾な体躯と身体能力の所為で恐れられ、無理やり人間社会の慣習に当てはめて生きている所為で、経験値だけは重なっていくから、私たちから見ると不可解な言動に見える事もあるのかも」

「……でもゼルは……あんなにタフで落ち着いて……」

 しかし、彼は自分の性癖をまるで十代の少女のように恥じて隠そうとしていた。そのことはパルミラの仮説を裏付けるものなのか。データが少なすぎてとても解析できない。

「ええ、彼の場合はもともと強い精神力を持っていたのかもしれない。でも、私は彼の感性がとっても瑞々しいって感じている、まるで少年のように。けど、学術的な根拠のある話じゃないのよね……って私、なにを喋ってるのかしら。今日はただ家の様子を見に来ただけなのに……あなたがいるとは聞いていなかったから」

「私が今日、偶々たまたま休みだったものだから……」

「そう……でも、正直驚いているのよ。あのゼルが自分の家で女の子と暮らすなんて……まぁ仕事を紹介したのは私だけど、まさかこんな事になるとはね」

「私も、こんな事になるとは思ってなくて、色々驚いてはいるんだけど……でも……まぁ、彼といると安心なんで……姉も仕事で忙しいし」

「……それはそうだと思うけど……でも、あなたとサイオンジ市長とはずいぶん印象が違うのね。妹さんがいる事も余り知られてないけど。あなたは公式の場には姿を見せないのね」

「ええ、そんな風にしているんです。姉の七光りとは言われたくなかったし……」

「でも結局、こうしてお世話になってるのね?」

 パルミラは品よく肩を竦め、ユーフェミアは言葉に詰まった。彼や姉に迷惑を掛けているのは知っていたが他人に指摘されるとさすがに堪える。だが、パルミラは直ぐに微笑を浮かべた。

「……」

「ごめんなさい。少し意地悪したくなったのよ」

「はぁ……慣れてます。私に意地悪な人は今までにもいたし」

「大抵女性だったでしょ?」

「……ええ」

 素直なユーフェミアにパルミラは少し笑った。この娘は悪い娘ではない。しかし、彼女に美しい誤解をさせてはならない。

「あなた気をつけて。ゼルを好きにならないようにね?」

「え⁉︎」

「今、言ったように、彼はまだ子どもと同じようなものなのよ。とても純粋で幼い。そしてとても傷つきやすい」

「でも……それはあなたの推測では……」

「そうかもしれない。でも一つ確かなのは、彼は人間を憎んでいるって事。詳しい理由は私も知らない。でも昔、相当酷い経験をしたんだと思う。ゼルは何も言わないけど、昔の事を聞かれるのを酷く嫌がるのをみてもね」

「……」

「今回の事は仕事だから仕方がないのはゼルもわかっていると思う。彼はあれで優しいあるから、あなたにもあまり厳しい態度は取らないかもだけど、あなたは彼の優しさに甘えないように気をつけてね。それだけ若くてきれいなんだったら、何も野人に関心を持たなくてもいけるとは思うけど。いいわね?」

 そしてパルミラは、この話はこれで終わりだと言うように首を振ったのだった。


 彼女が去った後、キッチンで呆然とするユーフェミアの姿があった。






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