侍女、忠誠を問われる
「姫さま!ご無事で!」
王宮の玄関では、国王陛下、王妃様(さすがに最終的には国王陛下がおっしゃったらしい)をはじめ、姫さま付きの侍女3人、エレモンダー卿が出迎えた。
それ以外は静かなものである。戸口に立つ守備兵も置物のように動かない。
ふくれっ面すら愛らしいセーラ姫は、国王陛下と王妃様の顔を見ても顔を合わそうとしない。さすがに多少はばつが悪いらしい。
国王陛下を除く皆が多少涙を浮かべながらセーラ姫の周りを取り囲む。
「この子はもう!なぜこんな事をしたの!外に行きたいなら、言いなさい。皆に心配をかけて、本当に悪い子!」
セーラ姫は王妃様に抱きつかれても、言葉を発することはない。
「セーラ、あとで外遊の報告をしなさい」
国王は、低い声でそうおっしゃった。
「陛下!なんておっしゃりようですの!自分の娘が無事に帰ってきたというのに、なぜそんなに淡々としてらっしゃるのです。いくらマリアが…、」
「マリアが?どうしたの?」
セーラ姫は“マリア”と言う言葉にひどく反応された。
「マリアが心配していないから大丈夫だ、とおっしゃるのです」
それを聞いて、セーラ姫は顔を青ざめた。
「マリアは、私がいなくても心配してもくれなかったのですか!!」
セーラ姫の尋常でない声に、王妃も言葉を濁す。
「それは、陛下がおっしゃっただけで、マリアは心配していると思いますよ…」
「それでは、どうして宮廷内はこんなに静かなのですか!?マリアは私を捜し
回ってはくれなかったのですか!マリアは?マリアはどこにいるのです!」
「違うのです、姫さま、実は!」
侍女3人組がそう言おうとしたとき、私が玄関の扉を守備兵に開けてもらって入ってきた。扉を開けてくれた守備兵に礼を言って、扉が閉まったとき、私は皆に注目されていることに気が付いた。空気はあまりよくない。
「マリア!あなたは私がいなくなったというのに、捜しもしなかったの?」
うわーーー、いきなりかよ。でもいつかは報告しなくてはならないのだ。
丁度いいときだ。
「セーラ、お前は何を言っているのだ。勝手に抜け出しておいて、その言葉は
なんだ。それになんだ、さっきのセリフは。お前は宮廷内を混乱させたかっ
たのか?」
国王陛下の怒りを含んだセリフも、今のセーラ姫には効かない。
「だって、マリアは私への忠誠心がなさすぎるわ!」
きゃーーーーん。
「何を言っている?マリアはとても立派で、お前のことを一番分かっているじゃないか!」
「そうよ。マリアにはみんな憧れているわ。侍女達だけでなく、貴族達も」
国王陛下、王妃様のフォローも、今の私には効果がない。
主人に忠誠心がないってはっきり言われる侍女って、どう?
それよりも、私に憧れ?なんで?
まあ、私を庇ってくださっているのだろう。
「陛下、妃殿下、この度のセーラ姫さまの外出につきまして、私から報告があります。よろしいでしょうか?」
その場の言い合いを抑えるかのように、私は言った。
「なんだ?」
陛下の怒りの収まらない声が返ってくる。
「恐れながら、この度のセーラ姫さまの無断外出は、私が原因だったようでございます」
「マリアが原因?」
陛下と妃殿下のいぶかしむ声と、侍女3人の怯えるような空気が感じ取れた。
「はい。私にいたらぬところがあったようでございます。それ故、姫さまを不安にさせてしまいました。すべて、私の責任でございます」
深々と頭を下げる。
「なぜ、それがセーラの無断外出の原因になるのだ。第一、お前がいたらぬのなら、この城の者、皆がいたらぬではないか」
そこまで買ってくださらなくて結構です。逆に嘘臭いんで。
「そうですよ。それではセーラの外出の理由は分かりません。もっと詳しく話しなさい」
この王妃様の問いに答えたのは、私ではなく、セーラ姫だった。
「マリアの、忠誠心を見たかったのよ!」
「だから、いったい何なのだ!」
いつもは、おっとり姫君だけに、怒ると言うこともあまりない。それだけに錯乱しているかのように言うセーラ姫は、それだけでびくびくさせられた。
だが、陛下の言葉に返されたセーラ姫のセリフはとんでもないものだった。
目を白黒させるとはまさにそのこと。
「そのままよ!マリアは、とてもよくできているわ。とっても美人だし、とっても頭もいいし、下女にも下男にもとっても好かれているし。侯爵家出身で身分も高いし!」
なんの、話、してますの?!?!?!?!
誰が美人って?初めて聞くよ、そんなこと。
誰が頭がいいって?世の中の物差しで測ったら私なんて下の下の下ですよ?
下男、下女に好かれているのではなく、単に私の身分のようなものが入り浸ってるから珍しいだけではないですかね?
侯爵家っても、もう落ちぶれてますけど!
「それでも、私の侍女なの!なのに、マリアは、仕事はソツなくこなすけど、私のことは思ってくれてないわ!忠誠心がないの!」
ぐっっさーーーーーーーーーーーーー。
図星もいいとこ。ここまで見抜かれているとは思ってなかった。
いや、そうではないと反論もしたい。だからって、ここで反撃に出るわけにもいかない!!!
「何を言っている??!マリアは、お前のことを本当に考えてくれているぞ? お前はマリアという侍女を持ったのを誇りに思うべきだ!」
だから、そんなに買わないでくださいってば、陛下。照れ笑いもできません。
「じゃあ、なぜ、マリアは私の婿君をないがしろにするのです?」
え、婿様?
「リリーだって、お父様はもう婿君の事を考えてらっしゃるのに、なぜ、お父様は、私の婿君を探してくださらないのだろうって、思ってました。そしたら、マリアが、私には探す必要がないって申し上げたそうではありませんか!私だって、もう年頃。探していただきたいですわ!」
私は少なからず、驚いた。
そう、でしたか。そう、お思いでしたか。
それは失礼なことを申し上げました。
私の驚いたさまは、顔に出ていたのであろう。
セーラ姫は、私をゆっくりと振り返り、
「私への忠誠心を見せて欲しいの」
そう、セーラ姫は私をまっすぐに見て言った。