姫さま、計画的犯行
「あら、マリア様どうなさったのです?」
もうなじみになった下働きの女中さん達が、私を見て気さくに声をかけてくる。すでに気心が知れているので、私は挨拶もそこそこに、単刀直入に聞いた。
「金髪の貴人らしき人を、この辺りで見かけませんでしたか?」
「金髪の貴人ですか?おとついくらいに食堂裏でセルラー男爵が下働きのアンと逢い引きしてましたけど…」
「私、昨日の昼、ヤーハット前伯爵夫人が、近衛の愛人と逢い引きしてるのを庭園で見かけました」
「その愛人の近衛、昨日の夕方、マルセル子爵令嬢と庭に続く廊下の柱で仲良くされてましたよ」
「私、その近衛、第3王女の侍女と2階の倉庫近くで今朝見た」
下働きをなめるべからず。ほっておいたらどこまでも出てきそうなやんごとない情報に、私は待ったをかけた。
「今から2時間以内で、若い女性です」
「若い女性、ですか?」
そこに居た人物で、そんな女性を見た人は居ないらしい。首を傾げるものばかりだ。
「だれかー!ここ1-2時間で、この辺りで若い貴族の女性を見た人いないかーい?!」
女中の一人が、まわりに大きく声をかける。
「それか、人が入っているぐらいの大きな荷物を担いだ人とか」
それを私が補足するように少し大きめの声で言う。
それを聞いた女中の一人が、怪訝そうに、眉を寄せる。
「なんだか、物騒な話ですね」
私は苦笑して、たいしたことなさそうに答えた。
「ちょっと、さる人物が行方不明なんです」
「行方不明??!!」
その場にいた女中&小間使いの者皆が声を揃えて叫ぶ。
金髪、女性、貴人。
名前は出さずとも、私が言うのだ。連想ゲームは子供でも分かる。
「そんな!一大事じゃないですか」
「そんな悠長に構えてらして、いいんですか!」
「どうして!」
「どうして!!」
「どうして!!!」
一斉に詰め寄られて、私は一歩後ろに下がった。それにつられて皆は一歩前進してくる。壁際まで追い込まれて、ようやく私は口を開いた。
「ですから、ここに来たんです。ここは王宮内で一番雑多なところです。決してあってはならないことですが、もしも誘拐、拉致されたとなれば、ここからでていく可能性が一番高い。人が隠れるくらいの大きな荷物や、それらしき人物を連れた人はここに来ていませんか?」
「荷物は、そんなのしょっちゅうだし…」
「美人なら絶対目に付くだろうし…」
ちなみに、セーラ姫は美人で誉高い。どんな人物かというと、金髪、碧眼、容姿端麗、頭の回転は速く、微笑めば老若男女悩殺間違いなし☆のまさしく姫の中の姫といわれ、の近隣諸国はもちろんのこと、遠い異国にまでその名の知られる姫君なのである。
御歳15歳。
だが、いい家のお嬢様らしく、おっとりさんで、自ら行動すると言うことはほとんどと言ってない。まあ、はっきり言えば捕まえやすいと言えば捕まえやすい。
「あの…」
遠慮がちに声をかけてきた青年がいた。
歳はまだ20歳前だろうか。そばかすを顔いっぱいに付けて、とても健康そうな青年である。
「何かご存じですか?」
私は笑顔を作って顔を青年の方へ向ける。青年はまっすぐに見られたことが恥ずかしいのか、少し顔を赤らめた。
「実はフードを被っておられたので、ちらりと髪の毛が見えただけなのですが、とても美しい金髪で、物腰がとても柔らかで、印象に残っている人物がいます」
「どこで、いつごろ?」
皆がその青年に集中する。
「2時間くらい前だったと思うのですが、でも!」
そう言って、青年は言いよどんだ。
「でもなんなんだい!さっさといいな!ロビー!」
年配の女中さんに言い寄られ、ロビーという名の青年は顔をわずかばかり青くした。
「服だって普通の庶民のものだったし、無理矢理連れて行かれてるってわけじゃなかった!」
「一人だったのかい?」
「ううん。八百屋のベニールおじさんと一緒だった。と言うか、荷車の後ろに手をかけて、一緒に歩いてた」
「ベニールと?ベニールはいつも一人か、息子と来てるはずだよ?」
「知ってるよ。でも今日は娘さんなのかと思って」
「ンなわけないだろ!ベニールに娘はいないよ!」
二人が言い争いを始めようとしたときに、私は思い当たることがあって二人の言葉を遮った。
「待ってください。ロビーさん、その金髪の女性の服装は、モスグリーンのシャツに、ライムライトのエプロンスカートをはいていませんでしたか?」
「そう、そうです!マリア様!」
助け舟が入ったとばかりに青年は大きく頷き、反対に私は「ああ…」と一瞬視線をさまよわせた。
そして、
「ありがとうございました。これ以上はもう結構です。お邪魔してすみませんでした。お仕事続けてください。ごきげんよう、皆様。」
これ以上、協力は入らないと告げ、私はめずらしく駆け足でその場を去った。
「姫さまなのかい?」
「どうなんだろう?」
「とりあえず、誰かベニールのところに行って、確かめといでよ」
「ベニールの家ってどこ?」
「私、知ってます」
「じゃあ、今すぐ行っといで」
「はい」
こんなにもみんながマリアに協力的なのは、探し人が姫君だからというわけではない。マリアは侯爵家の娘でありながら、下働きの者達を見下すこともなく、威張りちらすこともなく、対等に付き合うからだ。それはマリアの言葉遣いから、態度まできっちり出ている。そんな高貴な身分にはめずらしいマリアがみんな大好きだった。
王宮内で走ることなどほとんどない。
昔鬼ごっこをして遊んだときくらいだ。
緩やかながら駆けていく私を、皆が好奇の目で見る。だがそんなもの気にしていられない。
セーラ姫の部屋に駆け込み、衣裳部屋に飛び込み、ある箪笥を開ける。
案の定、そこには目的のものはなかった。
2ヶ月くらい前になるだろうか。出入りの服屋に、庶民の暮らしが知りたいからと言って、姫さま自身が持ってこさせたのだ。
計画的犯行
その言葉が頭をよぎった。
なに考えてんだ?と言う言葉とともに、わずかばかりの怒りがこみ上げる。
だがその言葉を押しやって、私は頭を回した。
私も市街にはさほど詳しくはない。そりゃ、その辺一般の貴族の婦女子に比べたら、もの凄く知っている、になるのだろうが、縦横無尽に走り回って姫さまを捜し出せる自信はない。
仕方がない。応援を頼むか。
今まで徒歩で市街になんて出たことのないセーラ姫である。
何があってもおかしくはない。