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永遠にまたね

作者: 真塚なつき

 おばさんの家はいつもひまわりの花が咲いていて、庭が真っ黄色で埋まっている。

 いつも、といっても、ひまわりが咲くのは夏だけだ。正しく言い換えれば、わたしが訪れるのはひまわりが咲いているときだけで、つまりは一年のうちでも夏の盛りだけということだ。父に、俺は行けないから代わりに挨拶に行けと言われて、仕方なく行くのだ。

 その家には娘が一人あって、サチだかマチだかいう名前だ。生来病弱で、いつも部屋にいて表に出られないと言っていたように思う。母はそんな娘を喜ばすため、二階の部屋からも見える庭にひまわりを植えたのが初めだそうだ。一本だったのが二本になり、三本四本と増やしていき、しまいには庭を埋め尽くすほどになってしまった。いまでは近所の名物ひまわり屋敷になっているとか。

 娘はもちろん喜んだし、黄色い大輪の花の明るさよりも、母が自分のためにそこまでしてくれること、そしてその母がひまわりの植栽にやり甲斐を見つけて活き活きとした姿をみるのが嬉しい、と以前わたしに語ってくれた。

 訪ねた時は、娘の部屋にも顔を見せている。

「もうそんな季節ですか。待っていました」

 娘はいつもわたしに優しい。

「またひまわりが咲く頃になってしまった。今度はきっと咲いてないときに来ると約束したのに」

「いいんですよ。いつ来たって、ここではいつでも咲いていますから」

「いつでもってことは無いだろう」

 確かに、わたしが来るときはいつもだが。娘が怪しげな笑みを浮かべると、長い黒髪が揺れて肩から落ちた。

「そういえば、髪を伸ばしたのかい」

「お母さんが切りにきてくれなかったから」

 いつもは肩口で切り揃えられていたと思ったが、今は肩を越して背中の半分を黒髪が覆っている。これまでは夏が来る前に切り揃えてもらっていたが、今年はひまわりの世話のほうに精が出てしまって、娘の髪切りのことは忘れてしまっているらしい。

「でも嬉しいんです、ずっと、長くしたかったから」

 忘れられるのはさびしいけれど、母にも楽しんで打ち込めることがあるならそれは嬉しいのだ、と娘は言う。

「あまりに悲しいことやつらいことがあると、人はとても大事なことも忘れてしまうし、大切なものも壊してしまいます。でも、ひょっとしてすっかり忘れてしまったその先で、もし新しく幸せが見つかるなら、それも悪いことではないのかもしれない、と思います」

 娘は言った。

「それでも、忘れられたり壊されたりした方は、たまったものじゃないだろう」

 わたしは娘の味方についたつもりでそう言ったのだが、

「あなたが忘れたものも壊したものも、あなたが忘れられたり壊されたりしたものも、全部、ここにあるんですよ」

 それでも味方してくれるのは嬉しいですけど、と娘は遠くのものを見るように目を細めた。何かの謎掛けの類いなのだろうか、どういうことかよくわからず首を傾げていると、娘はフフと笑いだした。

「あの庭の、ひまわり畑の土の下、何が埋まってるか覚えていますか?」

「知らないよ、わたしはひまわりが咲いてるときしか来たことがないんだから。何か埋まっているのかい」

 娘はなんでもないですと笑った。それから

「例えば、この世には、兄が妹を愛してしまうこともあるし、父親が娘を犯してしまうことも、子が親を殺すこともあります。家族に何が起きたのか受け入れられない人もいます。でもそういう非道いことに出会ってしまった人は、そんなことをずっと背負ったり抱えていかずにいったほうが幸せじゃないか、そう思います」

「そんな恐ろしいこと、君には起きてほしくないものだね」

 部屋に篭ってばかりだからって、小説や新聞の読み過ぎだよとたしなめる。

娘はちろりと舌を出した。

「だってこんな体では、自分で動くこともできませんもの、せいぜい髪が伸ばすくらいで」

「まあ、そんな冗談が言えるなら元気なのだろう。わたしはそろそろ帰るよ」

「お待ちしてます」

「今度こそきっとひまわりの咲いていないときに来るよ」

「無理ですよ」

 娘は笑った。

 庭でひまわりの下の土を掘り返している母親には声をかけず、わたしはひまわり屋敷を後にした。そろそろ戻らないと父がうるさい。


 ふと振り返ると、娘の部屋の窓辺から、

「またね、兄さん」

 という声が聞こえた気がした。


(人形・記憶・ひまわり)

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