もうすぐ春
【第16回フリーワンライ】
お題:夏は遠い、指きりげんまん
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
ふと彼女は参考書をめくる手を止め、ペンを放り出した。
エアコンの停止ボタンを押して、締め切っていた窓を開け放つ。もうすっかり冷えた風が入り込んで、カーテンがそよいだ。
窓外の街並みに、昼間の蒸し暑さを感じさせない冷え冷えとした星空が覆い被さっていた。
りーん、りーん、と夏の終わりを告げる虫の音がどこかから聞こえる。虫の音に混じって、秋の訪れる足音が聞こえてくるようだった。
それでも目を閉じると瞼の裏に思い浮かぶのは、あの夏のことだった。
肌を切り付けるような日差し。くっきり浮かび上がる影法師。ざわつく蝉の声と、汗を乾かす一陣の風。
この頃よく思い出す。
あの夏の日の笑顔のことを。
その年の夏、気象庁が過去最高記録を発表した段階で、彼女の一家は逃げるように東北の避暑地へと向かった。
まだ小学生だった彼女は人見知りもせず、同じく避暑にやって来た見知らぬ子どもや、地元の子たちとすぐに打ち解けた。
そんな子たちの中に彼がいた。金髪碧眼の彼。
まだ染色脱色を知らない幼い小学生のことである。皆一様に黒髪黒目で、そこに加わった彼は大層浮いて見えた。
何人かはわからない。彼女は聞いたような気もするが、覚えていなかった。ただ、ジェイという愛称で呼ばれていた。
ジェイは日本語を話せなかったが、臆することなく毎日みんなと遊んだ。特に彼女の側にいることが多かった。
それは彼女が外国語教師である両親の影響で、少しだけ英語が話せたからだ。ジェイもどうやら母国語が英語ではないようだったが、それでもお互いに拙い英語で意思疎通を図った。
みんなは彼女を介して彼と話し、からかい合い、夕方まで絡まるように遊んで、汗だくになって解散した。
浜へ行くと、砂まみれになってから海に飛び込み、波のしぶきを掻き分けて泳いだ。クラゲを見かけては、きゃあきゃあ言ってはしゃいだものだ。
山へ行くと、木々の間を分け入って、川を辿って源流を見に行った。小さな滝や、舗装されてない落ち葉だらけの斜面を登るのは、ちょっとした冒険だった。段々深くなっていく森の奥に得体の知れない気配を感じ、それでも身を寄せ合って進んだものだ。ようやく見つけた川の源は、源泉というよりも地面から染み出した湧き水に近く、がっかりしつつも神秘の一端を垣間見た気がした。
いつも集団の一番前にはジェイがいて、その横には彼女の姿があった。みんなその後を付いて回った。
笑って、泣いて、怒って、また笑った。
輝く黄金のような日々だった。
言葉は半分ぐらいしかわからなくても、心が通じ合っている実感があった。
だから、夏休みが半分過ぎたある日、
「え?」
と彼女が思わず聞き返していたのは、聞き違いだと思ったからだった。
困ったような、泣きそうなような、複雑な表情のジェイが切り出してきたのは、たどたどしい別れの言葉だった。
「ごめん、もう、帰らなきゃ」
それは日本における夏休みと、海外におけるそれの期間が食い違うことによるものだったが、幼い彼らにはそれを伝えることも、理解することもまた難しかった。
まだずっと続くと思っていた日々の、唐突に訪れた終わり。
言葉で伝えることは出来なかったが、お別れだということははっきりと理解出来た。
彼女が一つだけ嬉しかったのは、みんなにはどう言えばいいかわからないから、と彼女にだけこっそり打ち明けてくれたことだった。
「次にいつ日本に来れるかわからない」
それを聞いた時、彼女の目から涙がこぼれ落ち、胸元に引き寄せていた手にぽたりと落ちた。
ジェイはその手を取って涙を拭うと、
「でも約束する。いつか大きくなったら、勉強して、日本に来る。一人で」
そう言って、ここへ来て初めて覚えた指切りげんまんをした。
「その時、トーキョーの学校で、また会おう」
なぜ彼が東京と言ったのか、彼女にはわかった。それ以外に日本の地名を知らないからだ。
彼女は涙の跡を消すように笑って頷いた。
きっとその東京の学校というのは、大学なのだろうとぼんやりと思いながら。
ふう、と吐息を一つ。窓辺から離れて勉強机に座り直す。
彼女は閉じてしまっていた赤本を手に取り、改めて開いた。ペンを握ってノートの上を走らせる。
あの夏は遠くなった。
――でも、春はもう、遠くない。
『もうすぐ春』・了
これ『ラブひな』じゃね? とか身も蓋もないことを言ってみる。
書き方がパターン化というか、テンプレ化してる気がする。もうちょっと体裁に気を付けましょう自分。