第二話 夕日
鈍感で不器用での最終話です。
「ったく・・・。もし、四組のチームBが二組のチームBより少なかったら大変な事になってたぞ・・・」
「だって・・・」
「『だって』じゃねー」
少し腫れた頬で涼樹が諭すのでなく叱る口調言う。
「まあでも、今回はもう許してやったら?」
葵が冷静な態度で話に加わった。
昨日の大会で、理帆は涼樹が怪我をしたのにいち早く気付くとまだ試合の途中なのに勝手に退場し涼樹を保健室に連れて行った。たまたま四組のチームBの方が二組のチームBより人数が一人少なかったので今回は見逃してもらえたが、そうでなければもう一度試合がやり直しになっていたに違いない。涼樹は自分が助けられたのにも関わらず、その事についてしっかりお説教している。
「扇野よー、許すわけにいかないぜ」
「あんた、その怪我は誰に助けられたのか覚えてないの?」
「・・・」
決まりが悪い顔をして、突然涼樹は立ちあがった。
「ちょっ、何処行くの?」
理帆が聞いた。
「トイレだよ」
乱暴な声で返事をした。そして、出ていくと葵は理帆の方を向く。
「理帆もあんな奴の説教に言い訳してないで『あんたを助けたのは誰だと思うの?』って言えばいいのに」
「私、別に助けたつもりはないんだけど・・・?」
理帆は涼樹を助けたつもりではない。
――そうだ、この人、後先考えずに困ってる人に手を差し伸べちゃうんだった。
昔から理帆と付き合っている葵はそう気付いた。
「あんた、昔からそういう性格だなんて素敵だわ。ねー、涼樹君?『あの時はありがとう』って言ってみなさい」
既に戻ってきていた涼樹を葵が茶化す。
「・・・」
「『ありがとう』って言えないの?日本語が話せないんですか?」
「あっ・・・」
「『あっ』?」
「葵、だから私、そんなつもりじゃ・・・。しかも、そういう性格って何?」
「あんたは助けたつもりじゃなくても。そういう性格っつーのは、まー自分で考えて。そんなことより涼樹君?さっきの続きをどーぞ」
大会で腫れて赤くなってしまった頬がさらに、色々な意味で真っ赤だ。
「あっ、ありがとよ・・・」
「はい、よくできました」
いいタイミングでチャイムが鳴る。今度の修学旅行の話し合いをするので担任が教室に入ってきた。修学旅行の予定の一つであるハイキングについて説明する。
「あ、ハイキングは班で登ってくださいね」
やっぱり!
これが葵の率直な感想だ。
普段ならお前とかよと理帆と涼樹が喧嘩するところだが、涼樹の方が先程の事でまだ恥ずかしいのか話の袖を振らないので何も起こらなかった。理帆の方はきょとんとしている。不自然だ。葵は少し笑った。そして、もう一人笑う人が。広田だ。何か変だよねーと葵が目配せする。向こうもノリがよく、悪戯っぽく白い歯を見せて笑いを返した。
その後、先生の話してが続きその日の授業は終わり、皆下校が部活。こうして時が流れること三日。いよいよ修学旅行当日――。
修学旅行一日目。昼の活動を済ませ、ホテルでの夕飯。
「何だ、この食べ物。見たことない」
理帆が目を丸くする。
「ああー分かった」
博識な葵がその奇妙な食べ物が何か理解したようだ。
「ヤングコーンだよ」
「へー、これそんな名前なんだ」
旅行先の田舎は未知なるものが沢山有る。
「明日のハイキングの途中食べ物あったりしないのかな?」
「流石にないでしょ」
「明日のハイキングの為にもいっぱい食べてエネルギーつけなさいね」
今はこんなことを言う先生も夜になると怖い。特に寝ない子には・・・。
夜はお約束の好きな子暴露タイムだ。女子部屋ではその話で盛り上がっている。『別にいないよ』なんて言う子もいるけれどそのうち六割はもう既に好きな子が誰か噂になっている。そして、勿論理帆が『いないよ』なんて言っても疑われるわけで。
「どうせ大島なんでしょ」
揶揄する女子が何人もいる。しかし、理帆は好きな子を隠してるつもりも偽ってるつもりもさらさら無かった。好きでもなかったし、大嫌いでも無かった。
・・・自分でも涼樹に対する感情がよくわからない。
よく考えてみたら、あの大会の日だって涼樹ですら怪我してしまったのだからもしチームAに入ろうとしたのを涼樹が阻止しなかったら自分も大怪我を負う羽目になったのだろうことは目につく。でも・・・。私の事、涼樹は足手まといと迷惑してた。
・・・ただ、迷惑だと思っただけなのかな、やっぱり。
そう思う理帆は暗い気持ちになった。
「理帆?」
はっ、と我にかえる。
「どうしたの?ぼーっとしちゃって」
「・・・何でもない」
一方、男子部屋。こちらも好きな子暴露タイムだ。で、最初に標的になるのは案の定涼樹。男の子というのは女の子以上に茶化したり調子に乗ったりする。
「そうだろ?涼樹、秋根の事、だあいすきなんだろ?」
「ちげーよ!うるせーな、俺寝るぞ」
「まあまぁまあ、そう焦らずに焦らずに」
「ホントに違うっつてんのがわかんないのか!?」
しかし、こういう話題になると涼樹は理帆の笑顔ばかり浮かぶのは事実なのだ。
「こらっ、そこ、煩い!早く寝なさい!」
「やべっ、先公来た」
皆、布団に包まる。ここで涼樹は安心したのだから、やはり理帆に惚れているのだろう。
「葵・・・起きてる?」
「何?」
静かになった女子部屋で理帆が深刻そうな声を出す。
「あのさ、私やっぱり大島にとって迷惑な人間なのかな・・・?」
「いきなり何言い出すの?」
「だって・・・大会の前だって足手まといになるって言われたし。明日班で回るハイキングでも足手まといになるだけな気がする」
「理帆分かってないなぁ。ホント鈍感」
「・・・?」
「まあいいよ」
「うん・・・」
「でもねえ、一つだけ言うなら大島は決してあんたを足手まといだなんて思ってない。これは絶対」
「本当?」
「絶対。だから今日はゆっくり寝な」
「ありがとう」
さて、次の日。ハイキングで山に登っていると相変わらず絶え間なく喧嘩し始める二人。葵と広田で呆れながらも笑う。しかし・・・一時間もするとハプニングが起きた。
「・・・いない!」
「えっ」
突然葵が叫んだので整ってなく今にも転びそうな坂道を上っているのに喧嘩中の二人も喧嘩を止めた。
「広田が・・・いない」
辺りを見渡しても広田がいない。
「私、ちょっと先生呼んでくる」
葵が冷静さを保って言った。
「俺は辺りを探してくる」
「そう、でもこの後は下りで滑りやすいし、結構前だけど、事故もあったみたいだから気を付けて」
と、葵。
「ああ、分かってる」
「じゃあ、私もさがし――」
「お前はここで待ってろ。迷子になられたら迷惑だ」
「まっ、迷子なんかなんないよ」
その頃には涼樹は姿を消していた。
「じゃあ、行ってくる、待っててね、理帆」
「うん・・・」
しかし、理帆は優し過ぎる。人を放っておける性格ではない。葵が行って三分もしたら身体が勝手に広田を探しに行ってしまった。
「ひろたーっ!何処!?いたら返事して!」
しかし、霧が目の前に現れるだけでだった。周りがなんとなくしか見えない。
「広田!いないの!?」
――その時だった。出し抜けに足元が無くなってしまった。そう、山から理帆は足を踏み外したのだ。山から真っ逆さまだ。
――死ぬっ!
しかし、真っ逆さまとはいかなかった。
ガシッ。
「涼・・・樹」
涼樹が落ちそうになっている理帆の手を掴んだのだ。
「しっかりしろ。ほら上がれ」
力を振り絞り上がる。ところが、不運は続き上がって足を地面に乗せた時、足を挫いてしまった。
「イッ・・・テテ」
「立てるか?」
「うん、大丈夫・・・」
「大丈夫じゃねーじゃん」
理帆は立てなかった。
「どうしよう・・・」
その時、涼樹は不意に大会で怪我した自分を治療してくれた理帆のあの心配してくれた優しい表情を思い出した。
「・・・乗れ」
「え?」
「だから、背中に乗れっつてんだよ」
「そ、それって、おん――」
「いいから乗れ」
最早いいなりとなった理帆は涼樹の背中に乗る。そしてすぐに広田の捜索に戻る。
「広田!何処だ!?」
「広田!?いたら返事して!」
そして探すこと二十分、広田はひょっこり出てきた。広田はきょとんとしている。
「あ、いた」
「『あ、いた』じゃないよ!もう、心配したんだよ」
と言う理帆が涼樹の背中に乗っているのに気付き広田は一瞬ぎょっとしたがすぐいつもの顔つきに戻った。
「さ、帰るぞ」
山を下っている途中の事だった。
「ったく、お前の声がすると思ったらこのざまだ」
「・・・ごめんね。やっぱり私迷惑だったかな」
理帆は理帆とは思えない返事をした。涼樹は少し戸惑っている。そこで結局言い放った言葉は――これだ。
「でも、おめえが死なないで良かった。・・・俺の責任になるところだったし」
「そっか」
そう言っているうちに山を最後まで下って帰ってこれたようだ。そしてそれに気付いた葵が駆けつけてくれた。
「見つかったんだ、大丈夫だった?」
「ああ、平気だ。そんなことよりこの女怪我したから治してやってくれ」
口調はぶっきら棒なのに、理帆も葵も腹の立たなかったのだから不思議だ。
保健の先生はまだ歩けない理帆を車でホテルまで送った。
次の日の活動に理帆は参加出来ず、留守番している。他の友達の写真だけを撮っていた。
「折角なんだから、私と理帆でも写真に写ろうよ。あ、先生これ、私のカメラだから私達を写して」
葵が親切な事を言う。写真に写ったり、撮ったりすることしか今日出来なかった理帆だが、それなりに楽しんでいたようだ。
「じゃあ、楽しんでねー」
そう笑って理帆が皆を見送る。
昼の活動中、涼樹に全く笑顔が見られなかったのを葵は目撃した。そして理帆は皆が活動中何か深く物事を考えていたようだ。
夕方無事学校に帰ってきて、解散となる。涼樹は帰ろうとすると理帆に止められた。
「待って!」
「何?」
涼樹が振り向く。
「あのさ、昨日はありがとね」
「・・・別に」
涼樹はぷいと理帆から視線を外した。
「私、理由があんなんでも、死なないで良かったって言われてうっ、嬉しかったんだからね。何か、迷惑さが少し消えた気が勝手にするというか・・・。でもさ、私が死んでもあんたの責任なんかにならないのに何で俺の責任になるって言ったの?」
「・・・」
カシャッ。急にカメラのフラッシュが二人を眩しくさせた。
「今の二人、夕日を背景に写真に収めさして頂きました」
葵が屈託なく笑う。涼樹が顔を真っ赤にしたのが分かる。
「ていうか、理帆、本当に鈍感」
「そっ、そうだ!その性格どうにかしろよっ」
涼樹が言い訳するように葵に同意した。
「何であんたにまで鈍感なんて言われなきゃいけないのよ!?」
そこで理帆が怒り始める。
「だって鈍感だろ?」
「そうだけど!」
「でもさ――」
葵が言う。
「理帆はやっぱ鈍感でなきゃ」
葵が静かな笑顔になった。
だよねーと勝ち誇った笑顔で理帆が涼樹を見る。
「そんなことねーよ!いいからその性格直せ!」
「いやだね」
喧嘩していて剣幕な顔をしている理帆と涼樹、それに対して笑う葵を夕日は照らすのだった。
如何でしたでしょうか?この話で皆さまに少しでも面白さを感じてもらえたら書いた方はとても嬉しいです。
これからの私の文章力向上の為、何かアドバイスや感想などあったらお書き下さい。宜しくお願い致します。こちらの我が儘ですみません。
読了ありがとうございました!