第一話 天気雨
本当は短編一話で終わらせるつもりだったのですが、長くなりそうだったので連載にしました。全二話になる予定です。
こちらの我が儘なのですが、感想やアドバイス頂けると有難いです。
秋根理帆と大島涼樹はまた喧嘩している。しかも毎回、喧嘩の内容がくだらない。
ちっぽけなことなのにどうしてこんなにもお互い本気になるわけ?
扇野葵は涼樹の隣の席で毎回思う。今も席の前後で喧嘩している声が飛び交っている。授業中、涼樹の頭で黒板が見えなかった位で怒る理帆とそのことに対して本気になる涼樹にたいしてため息のを吐く葵の絵面は二年三組の誰もが見ている。
「ホント、少し屈んでくれればそれでいいの!」
「お前の為にそんなことしたくねーよ」
「はあっ!?これで成績悪くなったらあんたのせいだからね!」
「知るかよ、お前の成績なんて」
「『知るかよ』じゃないよ。こっちだって頭悪くなりたくないんだし」
「勝手に悪くなってろ」
「ああーっ!いい加減にして!」
理帆の怒りが頂点を迎えたところで四時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「チッ」
「ふん」
結局こんな形で喧嘩は終止符を打つ。
いざ四時間目が始まる。授業は割と静かでみな前を向いて板書し、流石の二人も授業中までは喧嘩しない。先生の平坦な声だけが教室に響く。
四時間目が終わると、給食の時間になる。三人は同じ班で、もう一人広田康弘という男も班のメンバーだった。康弘は給食の時間喧嘩する二人を笑う。小さく笑う。元々大人しい人だから大声で笑ったり、二人を馬鹿にしたりしない。
どっちかでいいから広田みたいに大人しくならないかな。
葵は心の中で呟いていた。そんな葵の呟きにまるで反発する様に二人は大声でお互いの思いをぶつけ合う。
「くちゃくちゃ音たててご飯食べないで」
「別に、くちゃくちゃなんかしてねーよ」
「してるから言ってるんでしょ!?」
こういう二人が世間で言う「ガキ」なんだろう。もう、中学二年生なのにいつまでガキでいるつもりなのだろうか。しかし、ガキ達は止まらない。
「してねーって」
「してる!」
「してねー」
「してる!」
永遠に続きそうな喧嘩を眺めてる葵はふとあることに気付いた。
そいうえば理帆、頭で黒板が見えないことについて文句言ってない。
「そういう事か。・・・大島って」
今度は心ではなく、口でしっかり呟いた。しかも、少し微笑みながら。
「あ?何だ?」
「別に、なんでもない」
「・・・どういう事なんだ?」
「いつか分かるよ。あんたも、理帆も」
「私も?」
二人は不思議そうな顔で葵を見つめるだけだった。
数日後、合同体育の時間にクラス対抗のドッジボール大会が行われるので、その事について話し合いをしなければならなかった。体育委員の涼樹はその司会をしている。
「三組は二組と四組と試合します。クラス人数を半分に分けてそれぞれチームA、チームBとします。二組とチームA、四組とチームBで戦ってください。この方が時間の短縮になるので。では、半分に分けましょう」
涼樹はいつになく眼差しが鋭い。真剣なのだろう。もう一人の女子の体育委員の葵も真剣な表情でクラスメートを見つめている。しかし――――体育委員には秘密があった。
最近、志田津信司という男が二組に転校してきた。その男についてこんな事実が発覚してしまう。
「・・・これは絶対、誰にも内緒だ。一回しか言わねー。二組と戦うクラスの奴は耳の穴かっぽじって聞け」
体育委員の集まりの時、二組の体育委員、木取昌太が声を小さくしてして言った。周りが静まる。
ヒュー・・・。冷たく凍えるような風が吹いた。
「志田津・・・前の学校で暴力事件起こして転校してきたとんでもねー野郎だ。今度の大会で何人怪我人出すかわからねー」
涼樹は息を呑む。他の委員も目を見開いて驚いていた。
「ただの暴力野郎だったらまだ収拾がつく。でも・・・皆知ってるだろ?二組のガキ大将、安藤修を・・・!」
安藤修は二組で事あるごとにハプニングを起こしたり、虐めの中心にいたり、気に食わない先生の授業は必ずと言っていいほど妨害する先生の悩める問題児だ。
「いいか、今度の大会ではチームAにアイツを配置した。というか、チームA、Bどっちがいいか二組で希望とったらアイツはAを選んだ。だから、強い奴を徹底的にチームAに配置してれ・・・と言っても、ここで安藤は負けた時、なんだか向こうのチームとこっちのチームの強さが違って不公平とイチャモン付けるに決まってる。仕方ないから、ずるいけど誰にも分からない程度に若干チームAをチームBより強くしてくれ」
辺りが深刻な空気に覆われる。
「何かあったら俺が全責任を負う。だから、二組のずるい事情に付き合ってくれないか。頼む。少しでも犠牲を減らす為に」
「ああ、分かった」
涼樹が返事する。
「じゃあ、六時間目のロングホームルームでチームを編成するわ」
葵も厳しい声で返した。
「宜しく」
「チームAがいい人」
何人かがぼちぼち手を挙げる。見る限り、運動神経の鈍い人はいない。運動神経のいい人と、普通の人が挙手。
「じゃあ、今挙げてる人はとりあえず決定だ」
しかし、チームBの方に挙手した人が多く、何人かをチームAに配置しなければならない。そして移ると譲ってくれた人はいたし体育委員の涼樹と葵がAに入っても二、三人足りないという事態に。
「・・・移ってくれる人、挙手」
ただただ静けさが教室の雰囲気を冷たくさせるだけだった。
「はぁ、これ以上は時間の無駄だ。移ってくれる人あとででいいから申し出て下さい」
そう言い放って席に戻る涼樹。皆は帰宅の準備に取り掛かる。
「ったく・・・誰か譲ってくれよ」
「・・・あのさ、良かったら私変わろうか?」
悩んでる涼樹を見兼ねたのか、チームBに所属だった理帆が申請してきた。
「ああ、是非ともそうしてくれ」
と速攻で返事をしたかった涼樹だったが、
――怪我人何人出るかわからねー。
不意に昌太の声が頭の中で聞こえた。
「・・・お前なんかがいたら足手まといだ」
ここで理帆の怒りメータが急上昇する。
「はぁっ!?人の親切何だと思ってるの!?」
「足手まといなんだよ、とにかく」
「じゃあいいわよ!チームBでも!」
「ああ、そうしろ」
二人がまた喧嘩して、そのままホームルームが始まった。
ホームルームが終わると、まだ怒っているのか理帆はとっとと帰ってしまった。
「ちぇっ、何だよ」
「あんたさ、ほんと不器用だよね」
葵が突然言葉を投げかける。
「・・・いきなり何だよ」
「さっきだって理帆を怪我させない為に」
「・・・ちげーよ」
「そんなことない。ていうか、もう少し素直になりなさいよ。理帆が黒板が見えないって文句つけた時だって、あの後、結局屈んでたじゃない」
「証拠はどこにあんだよ」
「もし、屈んでなかったら、性格からしてもう一回理帆は文句つけるはずじゃない。なのに言わないってことはさ」
「・・・」
涼樹は絶句した。
「帰る」
バン、と乱暴に扉が閉まる。
「・・・素直じゃなくて、不器用で、優しい人」
ドッジボール当日。何とか人数が足りたチームAとチームBは同時に二組のチームAと四組のチームBとドッジボールを始めた。理帆は練習では割と強くて粘っていたのに本番に弱いのかあっさりやられてしまった。
「は~。退屈」
一方、涼樹は暴力男、志田津と戦っていた。志田津はボールを顔面に狙って投げている。顔面からは外れたものの、他の身体の部分にボールが当たった人がぼちぼちと。
ボールと皆の足音が不規則に響く。しかし、突然ガン、と強い音が聞こえた。涼樹の顔面にボールが強く当たった。
「涼樹!」
理帆が叫び、即座に座りこんでしまった涼樹に話しかけた。
「大丈夫?立てる?」
涼樹が小さく頷き、立つと理帆が保健室に連れて行った。
保健室に着くと保健の先生がいない。
「・・・仕方ない。そこの椅子に座って」
涼樹が座ると理帆が優しく話しかける。
「ちょっと顔見せて」
理帆が涼樹の顔を覗き込む。その理帆の表情はいつも涼樹と喧嘩するとは信じられないくらい優しかった。
「・・・頬、真っ赤だよ。冷やそう」
保健委員の理帆は手当の仕方が詳しい。てきぱきと冷たい氷を涼樹の温かい頬に当てる。
「大丈夫?」
「・・・ごめん、俺・・・かっこ悪ィ」
「そんなことない!」
突然叫んだ。
「え」
「怪我しても、一生懸命やってたじゃない。それってすごくかっこいいことじゃん!謝ることなんてないよ」
――この女・・・。俺、あんなこと言ったのに・・・。
「・・・ありがとな・・・」
「ん?何が?そんなことより、もう一回頬見せて」
涼樹の頬は先程より腫れがひいている。
「良かった。でも、今日はもう大会には出れないわね。体育館戻ってもいいけどドッジには参加しないで」
「・・・」
ふと理帆が窓の外を見ると天気雨が降っていた。