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少年ハート

昼休みになったので、野球部連中と集まり弁当を開いた。

みんなと言ってもオレを含めてたったの三人なのだが。

オレは一番後ろの窓際に座って包みをほどいた。

最初に目に飛込んでくるのは赤いリボンがトレードマークの三頭身猫。

百均で姉が買ってきた代物である。

本来女の子が使うもののはずなのに、サイズが無駄にでかいことからオレ用弁当箱にされた。

正直、というよりもうなんか普通に恥ずかしい。

これのおかげで今やオレはすっかりいじられキャラになってしまった。

みんなことあるごとにこの猫のグッズを見せては、欲しい?と聞いてくる。

初めのうちはオレもそれをされる度、うあー!と暴れ発狂して学校から逃げ出したくなったものだ。

しかし新しいクラスになって二ヶ月弱も経てば、仙人並の落ち着きを培ったオレもそれなりの対応ができるというもの。

今では欲しいかと聞かれても笑ってそれを放り投げるくらいの余裕を身に付けた。

オレは早々にふたを引っくり返して机に置き、唐揚げを口に放り込む。


「あ、そういや今日の七限目集会って書いてあるけど何すんの?」


向かいに座っている友達がふと聞いた。

こいつは体がやたらでかく、見た目の通りキャッチャーをやっている。


「ああ、アレだよアレ」


隣で牛の絵が全面に描かれた紙パックから牛乳をずるずる吸い上げていたサードが答えた。


「表彰式」


ころりとべこべこになったパックが机の上に転がる。

歪んだ牛の微笑みが何だかやけに痛ましい。

そもそもこれは小学校低学年をターゲットに売られている牛乳だった気がするのだが。


「表彰式って誰を?」


オレは噛み砕いた鶏肉を飲み下して首を傾げた。

サードはアイツだよアイツ、とパンの袋を破く。


「アイツじゃ分かんないって」


「ほら、吹奏楽部の部長」


「吹奏楽部の部長?」


「あ、俺それ知ってる。二組のあの変な女子だろ」


「そうそう」


「だから誰」


「こないだ新聞載って騒がれてたじゃん。お前見てねーの?」


キャッチャーの新聞、というヒントにオレは記憶を巡らせた。

確かにこの学校の誰かが有名な国際コンクールかなんかで優勝したとかで、先生たちが興奮していた日があった気がする。

これで学校の名があがるとか何とか。

すごく馬鹿らしいことしか言っていなくて正直かなり軽蔑した。

だって優勝したその子は自分がやりたいからやって、優勝したのだろう。

いくら人に言われからって、自分にやる気がない人がそんな著名なコンクールで優勝なんて出来るわけがない。

きっとその子には努力し続ける根性と、それに見合った才能を持ってただけなのだ。

どうしてで大人はそんな単純なことを喜ばないでおかしなことにばかりにしか注目しないのだろうか。

理解したくもない。


「おーい?」


肩を小突かれてふと現実が帰ってきた。

目をぱちぱちさせて隣を見ると不思議な顔をしたサードが同じく目をぱちぱちさせていた。

中途半端に持ち上げてしまった箸が宙をさ迷う。

仕方なしに不時着した先は甘い卵焼き。


「どうかしたか?」


「は? あ、いや。ちょっと思い出してた」


「……思い出すだけにしては大分意識とんでたぞ」


「え、そんなに?」


疑うように頭をかきながらも、オレは実際意識が完全にどこかへ行っていたことを自覚していた。

ひとつを考え出すと止まらなくなるのだ。

小さいときからそうで、聞けばいきなりぼぉっとしだして家族を心配させたらしい。

また意識を飛ばしそうになってることにはっとしたオレは卵焼きの上に置いたままだった箸に力を加えた。

箸先はあっけなく卵焼きに刺さる。

そういえば今朝、オレは職員室の前で呼び止められたことを思い出した。


「……あ! 監督からの伝言!」


急に叫んだので二人はびっくりして危うく持っていたパンを落としかけた。

クラスの人数名もこちらを振り返ったので少し声の調子を低くする。


「明日はOBが一人来るから早めに集合だって」


「え、OBって誰?」


サードが裾を引っ張ってきた。


「知らない。でも今年社会人なりたてだって」


「今年社会人なりたてってオレらが小六のときの卒業生じゃね?」


「うん。


「何でいきなり来んだよ」


「さぁ。五月病克服するのがなんたらって言ってたけど」


「てか別にどうでもよくね?」


「俺はどうでもよくねぇ。明日は数学の再テストがあるんだ」


「そんなもんサボっちまえサボっちまえ」


「もう三回サボってんだよ」


「つーかサボっちゃだめだろ……」


うちの野球部は集合時間に人一倍厳しいので、放課後の用事をすっぽかす奴も少なくない。

余談だが、コイツを含めた歴代のサードは何故か部で一番のサボり魔ばかりだ。


「じゃあお前明日時間キッカリに来いよ!」


サボり魔サードがびっと指を指してくる。

このとき、ああ来てやるぜと男らしく言えたならどんなに良かっただろう。

しかしここでオレは首を横に振った。

何故なら。


「明日オレは法事で学校来ません。残念ですが」


「はぁ!?」


「あ、まじ?」


興奮気味に立ち上がるサード。

対するキャッチャーはパンをかじりながらふんふんと頷いている。


「何だよ、お前だけ逃げんなよ!」


サードの大声が教室中に響いた。

今度は数名でなくほとんどの人がこちらを見たのでオレは急いでサードを座らせる。

大体逃げるって何からだ。

イスにどっかり座り込んだサードはビニール袋をくしゃくしゃに丸めて、ふん、と鼻から息を出した。


「そもそもなー、法事つったってどうせ顔も見たことないひいじいさんとかそんなんだろ? それにかこつけて休むとかずる休みも甚だしいっつーの」


「別にいいんじゃん。お前なんかしょっちゅう偽病欠してんだから」


「え!? あれって嘘なの!?」


「うるせぇそこ」


思わぬ事実を聞かされオレは軽いショックを受ける。

箸先の卵焼きをまっ二つにしてしまったほどだ。


「あーそういや来月から水泳始まるな」


「おいごまかすなって。こいつ結構驚いてんぞ」


キャッチャーに頭を叩かた。

振り払わずに半分になった卵焼きを片方食べる。

休んだってもう二度とノートなんて見せてなんかやんねぇからな。

口の中で呟いて、オレは残った弁当をかきこんだ。

とか言いつつ見せちゃうからいじられ脱却できないんだけどね

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