supernova
さて、仕事でもしようかな。
夜、風呂上りにベランダに出てみたら、見渡した先に面白いものを見つけた。
いや、これを面白いと言ってしまったら怒られるかもしれない。
ともかく私は、蹲って泣いている女の子を見つけたのだ。
このマンションの隣にあるバスケットコートの外側で、塀の影に沈むように、縮こまっている。
四階のここからでは顔までははっきり分からないけど、制服からして多分高校生だ。
今の時間だと塾帰りか何かだろう。
ベランダの柵に肘をついて、私は手にしたビールを一口啜る。
職業柄、ああいった自分とは無関係な(けれど興味深い)モノを観察して、あれこれ考えをめぐらすのが癖になっている。
いっそ趣味と言ってもいいかもしれない。
想像力を働かせることは楽しい。
私はビールを柵の上に置いて目を瞑り、眼下の彼女に意識を向かわせる。
何かいやなことがあったんだろうか。
あんな風に泣いているんだから、まさか嬉しいことがあったわけではあるまい。
いつ起きたか。
普通考えられるのは二つ。
学校か、塾だ。
学校なら何で放課後に泣かない?
もしかしたら学校が終わってすぐに塾があって、泣けなかったんだろうか。
もしくは塾で勉強をしている間に、あれは泣けるほど辛いことだったんだと、気付いたのかもしれない。
塾であれば、その帰り道で泣いていても何もおかしなことはない。
さて、折角だから、もう一つの可能性もあげてみよう。
辛いことは、家で起きたのかもしれない、ということだ。
そうであれば家に帰らず、わざわざあんなところに座り込んで泣く理由にもなる。
とは言っても、その泣いている原因が学校や塾のいじめなんかであれば、親を心配させたくない(もしくはいじめられている事実を知られたくない)からという理由も成り立つ。
家が原因なら、まあありがちなところ親との不和、または親自体が不仲、このどちらかだろう。
個人的には親の不仲の方が望ましい。
親の身勝手な理由で、愛されるべき子供が人知れず泣かなくてはならないなんて、心が引き裂かれそうに痛むじゃないか。
もし本当にそうなのであれば、私は彼女の両親を嘲笑したい。
馬鹿な、くだらない人間め、とでも。
こんなことを口に出すから、私は数少ない友人たちにさえ変態と呼ばれるんだろうか。
いやだな、風変わりだと言ってほしい。
私は目を開けて、ビールに手を伸ばした。
指先の表面を冷たさが滑る。
しかし、飲んでがっかりだ。
缶は冷たいのに中身はすっかり温くなっている。
がっかりだ。これほど落胆したのは久しぶりだ。
ああもう、本当にがっかりだ。
おもわず缶ごとビールをベランダの外に投げ落とそうと思ったが、私はすぐにはっとして、振り上げた腕を下ろした。
この間それを実行したところ、この部屋の下にある一階の部屋の住民に、庭掃除をさせられたのだ。
きつくなりだした日差しの下で、一日中あの労働。
比較的自由のある私の仕事を知っての報復だ。
くそ、おぞましい。
女の私になんて容赦の無い仕打ちをするんだ、あの人は。
もうあんな目には会いたくない。
私はビールを今度は床に置いた。
いつの間にか、思考が反れてしまったようだ。
気を取り直して女の子に視線を戻すと、動きがあった。
女の子は顔をバスケットコートの中に向けて、カップルらしき二人を見ていた。
コートに立つ二人は、なにやら親しげに会話を交わしている。
私は口元を右手で押さえる。
女の子とその二人は、まるで対照的だった。
幸福、という観点に置いてだ。
眉に皺が寄る。
思考があっという間に置いていかれてしまったことに気付いた。
もうだめだ、想像がもうとんでもないところにまで行ってしまっている。
膨れ上がった想像を思考が処理しきれていない。
私は溜息を吐いて、考えることを止めた。
今日はもう終わりにしよう。
どうせあの女の子だって大したことでは悩んでいないさ。
世の中に想像通りの事実なんて中々ないものだ。
ビールを手に取り、私は部屋へのドアノブに手をかけた。
想像通りではありませんようになんて、神頼みは柄でもない。