無料券
昨日の牛丼は最高だった。
だが、幸せは長く続かないのが僕の人生だ。
冒険者ギルドの入り口に、一人の美少女が立っていた。
透き通るような銀髪。周囲を凍らせるような冷たい美貌。
S級探索者『氷炎の戦乙女』、相馬リリ。
僕の、実の妹だ。
3年前、世界がゲーム化した日。彼女はS級の才能を開花させた。
対する僕は、最弱のF級。
一緒にいれば、僕が彼女の輝かしい未来の足を引っ張るのは明白だった。
それに、当時の僕の稼ぎでは、育ち盛りの妹に肉一つまともに食わせてやれなかった。
僕は「一人で生きていく」と書き置きを残し、夜逃げした。
彼女を愛していたからこそ、僕は彼女の前から姿を消したのだ。
「お兄ちゃん……!」
リリが僕を見つけ、涙目で駆け寄ってきた。
周囲の冒険者たちがざわめく。あの冷酷無比な氷の戦乙女が泣いているからだ。
彼女は僕の胸に飛び込んできた。
「ずっと、ずっと探してたんだよ! なんで私を置いていったの!」
胸が痛んだ。
ごめんよ、リリ。お兄ちゃんはお金がなくて、毎日塩を舐めて生活していたんだ。
そんな惨めな姿を、君に見せたくなかったんだよ。
僕が真実を語ろうと口を開きかけた、その時。
【隠し実績が解放されました】
《ミッション:非情な決別(妹に『10イェン以下の価値の物』を渡し、「足手まといだ」と冷酷に突き放す)》
《報酬:スキル『気配遮断(Lv1)』》
僕は絶望した。
ここで突き放すのか。やっと会えた、たった一人の家族を。
だが、拒否すればまた社会的死を伴うペナルティが来るに決まっている。
やるしかない。
僕はポケットを探った。
出てきたのは、スーパー玉出の『もやし無料引換券(期限本日まで)』。
価値は実質ゼロイェン。これだ。
僕は心を鬼にして、リリを強く押し返した。
そして、シワシワの引換券を彼女の胸元に押し付ける。
「帰れ。お前は……僕の足手まといだ」
周囲の空気が凍りついた。
S級の妹に向かって、F級の兄が「足手まとい」と言い放ったのだ。
普通なら激怒するか、泣き崩れる場面だ。
だが、リリは呆然と引換券を見つめた後、ハッと息を飲んだ。
彼女は、僕の最近の異常な『噂』を調べ尽くしていた。
竜を一撃で粉砕し、悪魔のような手腕で魔物を支配する、底知れぬ強者としての噂を。
「もやし……。暗所で育ち、どんな過酷な環境でも生き抜く植物。そして『無料』……つまり『無償の愛』」
「えっ」
リリの目が、尊敬と決意に満ちた熱いものに変わった。
彼女はシワシワの引換券を、まるで聖遺物のように両手で包み込む。
「お兄ちゃんは今、表の世界には出られないほどの『巨大な闇』と一人で戦っているのね! 私を巻き込まないために、あえて冷たく……!」
「いや、あの、もやしは今日の晩ごはんに」
「分かったわ! 私、もっと強くなる! 暗闇で戦うお兄ちゃんの隣に並び立てるくらい、絶対強くなってみせる!」
リリは涙を拭うと、振り返ることなく風のように去っていった。
これから狂ったようにダンジョンに潜り、さらなる強さを手に入れるのだろう。
《ミッション達成》
《スキル『気配遮断(Lv1)』を獲得しました》
静まり返ったギルドの前。
冒険者たちは「あの兄妹、背負っている宿命が重すぎる……」と涙ぐんでいた。
僕だけが、一人ぽつんと残された。
見事ミッションは達成し、新しいスキルも手に入れた。
だが、僕の心は激しく痛んでいた。悲しくて、涙が出そうだった。
今日のもやし炒め定食が、幻と消えたからだ。




