激辛
家賃を払うため、僕は今日もD級ダンジョンに潜っていた。
目的は魔物討伐ではない。他の冒険者が捨てていった「使い古しのポーション瓶」や「折れた剣」の回収だ。
リサイクル業者に持っていけば、数百イェンにはなる。
「……腹減った」
薄暗い通路の隅で、僕は足を止めた。
昨日手に入れた『無限湧きカップ麺』を取り出す。
お湯はない。ガスもない。
あるのは、乾いた麺と、粉末スープの袋だけだ。
ガサゴソ。
僕は慣れた手つきで麺を砕き、その上から直接、激辛パウダーを振りかけた。
口の中で混ぜれば、実質ラーメンだ。
『グルルルル……』
突然、低い唸り声が響いた。
目の前にあった古びた宝箱が、ガタガタと震えている。
ミミックだ。
冒険者を丸呑みにする、貪欲な擬態魔物。
逃げなければ。
そう思った瞬間、視界にウィンドウが割り込んだ。
【隠し実績が解放されました】
《ミッション:悪食(ミミックに『激辛粉末スープ』を完食させる)》
《報酬:アイテムボックス(容量:ゴミ袋一袋分)》
アイテムボックス。
冒険者なら喉から手が出るほど欲しい、空間収納スキルだ。
たとえ容量がゴミ袋サイズでも、これがあれば空き缶拾いが格段に捗る。
「やるしかない……」
僕は震える手で、カップ麺の粉末スープ(激辛)の封を切った。
ミミックが蓋を大きく開け、鋭い牙を剥き出しにして飛びかかってくる。
「食らえっ!!」
僕は死に物狂いで、赤い粉末をミミックの口内へぶちまけた。
『グガッ!? ガッ、ガアアアアアアア!!』
ミミックがたじろぎ、苦しげに蓋をバタンバタンと開閉させる。
激辛パウダーが粘膜を直撃したらしい。
魔物はのたうち回り、やがて白目を剥いて(目はないが)気絶したように動かなくなった。
ペッ。
ミミックが何かを吐き出した。
純度100%の、真っ赤なルビーだ。
どうやら辛すぎて、胃の中身をリバースしたらしい。
《ミッション達成》
《報酬:アイテムボックス(極小)を入手しました》
「やった……! これでゴミ拾いが楽になる!」
僕はルビーには目もくれず、報酬の確認に没頭していた。
ルビーなんて換金所に行かないと金にならないが、アイテムボックスは今すぐ使える。
「おい、見たかよ……」
通路の陰から、様子を伺っていた冒険者たちの声がした。
C級パーティー『疾風の刃』の面々だ。
彼らの顔は、恐怖で引きつっていた。
「あのミミック、『暴食の箱』だろ? C級冒険者を何人も喰い殺したっていう……」
「ああ。なのに、あの男……ミミックに『毒』を飲ませやがった」
「しかも、ただの毒じゃない。魔物が苦悶のあまり、自ら心臓を差し出すほどの劇薬だ」
彼らの視線の先には、赤い粉末を手に佇むカイトの姿。
そして、足元に転がる巨大なルビーと、泡を吹いて倒れているミミック。
「見ろよ。アイツ、吐き出された宝石を拾いもしねぇ」
「価値があるのは金じゃない。魔物を蹂躙する『過程』そのものってことか……」
「関わっちゃいけねぇ。アイツは、快楽主義の拷問官だ」
冒険者たちは音もなく後退し、逃げ去った。
一方、カイトは地面に散らばった乾麺の欠片を集めていた。
「あーあ、3分の1もこぼしちゃった。もったいない」
彼は大事そうに麺の欠片を拾い上げ、フゥフゥと息を吹きかけて口に放り込む。
その姿は、遠目には「魔物の魂を喰らう儀式」にしか見えなかった。
これでまた一つ、彼の「悪名」と「武勇伝」がギルドの酒場に追加されることになる。
本人はただ、今日の晩飯が少なくなったことを嘆いているだけなのだが。




