ゴミ
「……頭、痛ぇ」
翌朝。
僕は激しい頭痛と共に目を覚ました。MP枯渇の後遺症だ。
場所は自宅。家賃2万イェンのボロアパート『落陽荘』の一室だ。
六畳一間。散乱するカップ麺の容器。万年床の布団。
これが、昨日「ゴブリンを交渉で支配した」と噂される男の城である。
「腹減った……。昨日の焼肉、食いたかったな……」
コンコン。
その時、ドアがノックされた。
大家さんの家賃取り立てか? 居留守を使おう。
僕は息を潜めた。
「カイト様。いらっしゃるのは分かっています。……入りますよ」
ガチャリ。
鍵が開いた。
え、なんで鍵開いてんの? ピッキング!?
「失礼します」
ドアが開き、朝の光と共に現れたのは――
純白の法衣を纏った、あの聖女エリナだった。
「せ、聖女様!? なんでここに!?」
「ギルドの登録情報から住所を特定しました(権力を行使しました)」
彼女は事も無げに言い放ち、そして部屋を見回した。
ゴミ屋敷寸前の惨状。
脱ぎ捨てた服、積み上がった週刊誌、異臭を放つゴミ箱。
(終わった。これ絶対ドン引きされるやつだ)
F級の僕が、実はただの不潔な貧乏人だとバレる――!
そう思った瞬間、エリナが口元を押さえ、感極まった声を上げた。
「なんて……なんて清貧な暮らし……!」
「は?」
彼女はキラキラした目で、散らばったカップ麺の容器を拾い上げた。
「俗世の欲を断ち切り、最低限の食事だけで肉体を維持しているのですね。これは……『毒耐性』をつけるための修行ですか?」
「あ、はい。そうです(ただの手抜き飯です)」
「布団も敷きっぱなし……。これは『いつ敵が来ても即座に対応できるように』という、戦士の心得……!」
「その通りです(畳むのが面倒なだけです)」
(ポジティブすぎる! この人、僕の全てを勝手に美化していく!)
エリナは感動に震えながら、大きなバスケットを差し出した。
「そんな貴方の助けになりたくて……これ、作ってきました。最高級ドラゴンの肉を使ったステーキ弁当です」
パカッ。
蓋が開くと、暴力的なまでの肉の香りが部屋に充満した。
じゅるり。僕の喉が鳴る。
食いたい。死ぬほど食いたい。
【隠し実績が解放されました】
《ミッション:孤高の拒絶(聖女の手料理を前にして、『帰れ』と冷たく言い放つ)》
《報酬:アイテム『無限湧きカップ麺(1日1個)』》
《失敗時のペナルティ:聖女に『あーん』をされている写真をギルド掲示板に張り出される》
(うわあああああ! ステーキ食わせろよおおお! なんでカップ麺なんだよおおお!)
しかし、失敗ペナルティが社会的抹殺すぎる。
「あーん」写真は恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
僕は血の涙を流しながら、ステーキから目を逸らした。
「……いらない」
「えっ? でも、お腹が鳴って……」
「帰ってくれ。……僕の修行の邪魔だ」
僕は震える声で(空腹と悲しみで)、冷徹に告げた。
エリナの手が止まる。
彼女は悲しげに目を伏せ……そして、ハッとした顔をした。
「そうか……。私はなんて浅はかな……」
エリナはバスケットを閉じた。
「貴方は今、極限状態における精神の修練中。そこに安易に食料を持ち込むことは、貴方の覚悟を侮辱する行為……!」
(違います。ただ食いたいだけです。置いてってくれるだけでいいんです)
「分かりました。出直してきます。……ですが、これだけは」
エリナは部屋の隅にあった、飲みかけのペットボトル(水道水)を指差した。
「お水だけは飲んでください。死んでしまいますから」
彼女はそう言い残し、深々と頭を下げて出て行った。
ステーキの香りと共に。
バタン。
ドアが閉まる音。
《ミッション達成》
《報酬:アイテム『無限湧きカップ麺(醤油味)』を入手しました》
その場に、ポコンとカップ麺が一つ出現した。
お湯はない。ガスも止まっている。
「……ボリボリ食うか」
僕は乾いた麺をかじりながら、窓の外を見た。
エリナが帰っていくのが見える。
彼女はなぜか、来た時よりも晴れやかな顔をしていた。
「カイト様……。あのような過酷な環境で、自らを追い込むなんて。やはり彼は、現代の『求道者』だわ」
勘違いは、加速する一方だった。




