いい子
「答えてよ! あのろくでなしはどこにいるの!」
桃髪のエルフが僕の胸ぐらを激しく揺さぶる。
僕は無言を貫いた。
(喋ったら攻撃扱いになるかもしれない! 僕の一千万イェンが!)
背後では、血塗れで倒れたレオンたちが息を呑んでいる。
「カイト……まさか、沈黙による精神攻撃を……」
違う。メイド服を着たくないだけだ。
ピコン♪
【隠し実績が解放されました】
《ミッション:頭を撫でて「いい子だ」と言う》
《報酬:魔王の降伏、ダンジョン踏破》
《失敗時のペナルティ:魔王の自爆による全滅》
(難易度バグってない!?)
僕は震える右手をゆっくりと上げた。
エルフの瞳がスッと細まる。
「……やる気? いいよ。君ごと灰にしてあげる」
黒い魔力が空間を歪め、バチバチと火花を散らす。
「撃つな! カイト、逃げろ!」
レオンの絶叫。
僕は目を閉じ、右手を――エルフの頭にポンと乗せた。
「……いい子だ」
空間の歪みが、ピタリと止まった。
「……え?」
エルフから黒い魔力が霧散していく。
彼女は目を丸くし、僕の手のひらの感触を確かめるように固まった。
「これ……あの人の、撫で方……」
ボフッ。
彼女の顔が、一瞬で真っ赤に染まった。
「ば、ばか! 急に何するのよ! 私は魔王で……!」
「いい子だ」
「ひゃぅっ!?」
僕は無表情のまま(恐怖で顔が引きつっているだけ)、さらに撫でた。
一千万イェンのためだ。ここで手を止めたら死ぬ。
「あ……ぅ……」
エルフは膝から崩れ落ちた。
僕の服の裾をギュッと握りしめ、顔を伏せる。
「もう……戦うの、やめる。君の勝ちでいいよ……」
《ミッション達成》
《S級ダンジョン『奈落の塔』を踏破しました》
《不殺の誓い:達成》
《報酬:1000万イェン、スキル『絶対回避』を獲得しました》
(やったあああああああ!!!)
僕は心の中でガッツポーズをした。
家賃が払える。焼肉が食える。メイド服も回避した。
「……信じられん」
レオンがよろよろと立ち上がった。
「血を流すことすらなく……たった一撫でで、厄災の妖精を雌の顔にしただと……?」
「俺たちは……とんでもない神に同行していたんだな」
S級パーティーの面々が、僕に向かって深々と平伏した。
「カイト殿! 我らの無礼をお許しください!」
違う。やめて。勘違いがマッハ。
「ねえ」
足元のエルフが、僕を見上げて袖を引いた。
「私、今日から君の家に住むから」
「は?」
僕の平穏な日常に、S級の魔王が転がり込んでくることが確定した瞬間だった。
(一千万イェン、食費で消えそう……)




