伝説の始まり
「おい、荷物持ち! 隠れてないでポーションを出せ!」
「ひ、ひぃぃ! 今行きますぅぅ!」
灼熱の洞窟。
僕、相馬カイトは、岩陰から転がり出るようにして走った。
ここはS級ダンジョン『焦熱の顎』。
僕たちF級の雑用係にとっては、息をしているだけでHPが削れる地獄だ。
雇い主であるA級パーティー『竜の牙』は、今まさにS級ボス『煉獄龍』と死闘を繰り広げていた。
「ガハッ……! クソッ、硬すぎる……!」
リーダーのガイルさんが吹き飛ばされ、壁に激突する。
他のメンバーも魔力が尽きかけ、前衛の盾役はすでに気絶していた。
(終わった……。これ、全滅コースだ)
僕は瓦礫の陰で震えていた。
僕のステータスはF級。攻撃力は5。スライムを倒すのに3分かかる。
こんな怪物の前では、塵以下の存在だ。
『グォォォォオオオオオオ……!』
煉獄龍が大きく息を吸い込む。
ブレスが来る。
あれを食らったら、骨すら残らない。
「神様……せめて痛くないように死なせて……」
僕が涙目で祈った、その時だった。
目の前に、半透明のウィンドウが『ピンロン♪』と軽快な音を立てて出現した。
【隠し実績が解放されました】
《ミッション:S級ボスに『食器』でダメージを与える》
《報酬:復活のコイン(所持しているだけで一度だけ即時蘇生)》
《失敗時のペナルティ:今後一年間、語尾が必ず『~でちゅ』になる》
「は……?」
僕は自分の目を疑った。
この世界がゲーム化して3年。誰もがステータスやスキル画面を見ているが、こんなふざけたウィンドウが見えるのは僕だけだ。
これをクリアして得られるポイントや報酬だけで、僕は今まで生き延びてきた。
しかし、状況を見てほしい。
相手はS級ドラゴン。こっちはF級の雑魚。
しかも武器は――
「食器……?」
僕は震える手で、ポケットを探った。
昼食のカレーを食べるために持ってきた、安物の鉄のスプーン。
これしかない。
(いや、無理だろ! 死ぬって! でも……)
報酬は『復活のコイン』。
これがあれば、ブレスで焼かれても生き返れるかもしれない。
やらなきゃ死ぬ。やっても死ぬなら、ワンチャンスに賭けるしかない!
それに、失敗して一年間「助けてほしいでちゅ」とか言う人生なんて、死んだほうがマシだ!
「う、うわああああああん! どうにでもなれええええ!」
僕は岩陰から飛び出した。
恐怖で足がもつれそうになりながら、ドラゴンの足元へ走る。
ドラゴンはブレスの溜め動作中で動かない。今が唯一の隙だ。
「く、食らえええええ!」
僕は目を固くつぶり、渾身の力でスプーンを振り下ろした。
狙うはドラゴンの小指の爪!
――ペチッ。
間の抜けた音が響く。
手に伝わる感触は、硬い岩を叩いたような反動だけ。
(……やったか? ダメージ入ったか!?)
恐る恐る目を開ける。
そこには、巨大なドラゴンの足があった。
そして、システムログが流れる。
《判定成功:ダメージ1》
「よ、よかったぁ……!」
1ダメージでも入ればミッション達成だ。
僕は安堵の息を漏らし、すぐに逃げようと――
ズズズズズズ……ン。
視界が揺れた。
見上げると、摩天楼のような巨体が、ゆっくりと傾いていく。
充満していた殺気が、ふっと消えた。
『グ……オ……』
ドォォォォォォォォォン!!
煉獄龍が、崩れ落ちた。
僕の目の前で。
ピクリとも動かない。
「え?」
《S級ボス『煉獄龍』を討伐しました》
《経験値を獲得……レベルアップしました》
僕は知らなかった。
A級パーティー『竜の牙』の死に物狂いの攻撃によって、ドラゴンのHPが残り『1』だったことを。
そして、その最後の1ポチを、僕のカレー用スプーンが削り取ってしまったことを。
「……あ」
手の中を見ると、百均で買ったスプーンが、「く」の字にひしゃげていた。
***
一方、その頃。
気絶から目覚めたリーダーのガイルは、信じられない光景を目撃していた。
土煙の中、巨大なドラゴンの死骸の前に佇む、一人の男。
F級の荷物持ち、カイトだ。
彼は背中を向け、何か銀色の武器を握りしめている。
その武器からは、湯気のようなオーラ(ただの熱気)が立ち上っていた。
(バカな……。俺たちが束になっても倒せなかった怪物を……)
ガイルの動体視力は、カイトの一撃を捉えていた。
いいや、速すぎて見えなかった。
見えたのは、彼が軽く手を振った直後、ドラゴンの命が刈り取られたという事実だけ。
「あの歪んだ形状……ただの剣じゃない。空間そのものを削り取る『概念武装』か……?」
ガイルは戦慄した。
あの男は、F級のふりをしていたのか?
いや、強大すぎる力を持つがゆえに、一般人のふりをして世界を観察している『超越者』なのかもしれない。
「カイト……お前、何者なんだ……」
一方、カイトは内心で絶叫していた。
(スプーン曲がっちゃったあああ! これじゃカレー食べられないじゃん! ていうか、ボス倒しちゃったよ!? 怒られる!? これ絶対横取りしたって怒られるやつだよね!?)
彼は恐怖のあまり震えていたが、ガイルの目にはそれが『戦いの余韻に浸る強者の武者震い』にしか見えなかった。




