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「婚約者代行」をあなたが依頼してなければ、恥も外聞もなく結婚していましたよ?

作者: すじお
掲載日:2026/02/27



 ◇◇◇


 王都でも指折りの名門、アストレア公爵家の令嬢である私は、幼いころから一人の方に想いを寄せていた。


 婚約者、レオンハルト・ヴァルディス様。


 文武両道、誠実で寡黙。けれど不器用で、少しだけ笑うと頬が緩む。

 ――その横顔を、私は十年近く追い続けてきた。


 もっとも。


 ここ数年、私が「直接」お会いできたことは、ほとんどない。


 ◇◇◇


 私は前世の記憶を持っている。


 異世界――いえ、元いた世界から持ち込んだのは、執事たちが“占術箱”と呼ぶ黒い板。

 その中には、未来予測AIが入っている。


 こっそりと入力する。


『本日の待ち合わせ、来訪者は?』


 淡々と表示された結果。


> 最有力予測:婚約者本人の弟(確率 43%)

> 次点:婚約者代行(確率 39%)

> 本人来訪(確率 18%)


 ……十八パーセント。


 恋とは、なんと心許ない数字なのだろう。


 ◇◇◇


 待ち合わせの温室には、今日も“代行”が立っていた。


 レオンハルト様ではない。


 代わりの男性。


 しかも毎回、信じられないほど整った容姿の者ばかり。金髪碧眼、長身細身、微笑みが絵画のように完璧。


 王都の令嬢たちが見れば卒倒するような“物件”。


 ――だが、私には関係ない。


 私は彼の顔を、実はよく知らないのだ。


 だって、毎回違うのだから。


 その中で、ひとりだけ。


 いつも端の方に立っている、がっちりとした体格の男性がいる。


 茶髪、鋭い目。無口で、どこか暗い顔をして俯いている。


 華やかな代行たちの中で、明らかに浮いている。


 けれど。


 彼が一歩前に出て「本日は私が」と低い声で告げた日。


 私は胸が、どうしようもなく温かくなった。


 ――ああ、来てくれた。


 彼が来る日は、会話は少ない。


 だが、手袋越しに触れる手は、いつも震えていた。


 それが、たまらなく愛おしかった。


 ◇◇◇


 最初の頃は、その“彼”が来ていた。


 だが、次第に回数が減っていった。


 代わりに、笑顔の完璧な代行者たちが増える。


 エスコートも、ダンスも、贈り物も。


 すべて代行。


「ご多忙とのことですわ」


「本日は公務で」


「急な視察が」


 私は、何度も伝えた。


「来られないなら、その時間は来なくていいのです」

「体調が悪いなら、お休みください」

「代行は……やめてくださいませ」


 けれど返ってくるのは、決まって同じ言葉。


「婚約者として、毎日愛を示す義務がございます」


 義務。


 愛が、義務?


 私は首を振った。


 好きという感情は、代行できない。


 完璧な所作も、美しい笑顔もいらない。


 あの人が、不器用に立っていてくれれば、それでよかった。


 なぜ。


 なぜ、代行なんて依頼したのですか。


 ◇◇◇


 婚約の正式発表の日。


 王城の大広間。


 もし今日も代行が来たら。


 もし弟が来たら。


 もし、彼自身が来なかったら。


 ――私は、壊れてしまう。


 未来予測を開く。


> 本日来訪者予測:代行(確率 51%)


 ……半分以上。


 私はドレスを着たけど、馬車には乗らなかった。


 屋敷の自室で、ただ座っていた。


 怖かったのだ。


 愛を代行される未来が。


 ◇◇◇


 その夜。


 私の部屋の扉が、荒々しく叩かれた。


「なぜ来なかった!」


 聞き慣れた、低い声。


 私は扉を開ける。


 そこに立っていたのは――


 いつも暗い顔をしていた、あのがっちりした男性。


 息を切らし、額に汗を浮かべている。


「……レオンハルト様」


 彼は、目を見開いた。


「どうして……俺の名を」


 私は、笑った。


「だって、あなたしか好きではありませんもの」


 彼の顔が、くしゃりと歪む。


「……俺は、顔が怖いと言われてな。お前に嫌われるのが怖かった」


「だから、代行業者に頼んだ。完璧な男を演じさせれば、お前は満足すると思った」


 愚かだ。


 あまりにも。


 私は一歩近づく。


「『婚約者代行』をあなたが依頼してなければ」


 彼の胸ぐらを、ぎゅっと掴む。


「恥も外聞もなく、今頃とっくに結婚していましたよ?」


 沈黙。


 次の瞬間。


 彼は私を抱きしめた。


「……代行は、もういらない」


「ええ、いりません」


「俺が、毎日行く」


「来られない日は?」


「……その日は、正直に謝る」


 私は笑う。


「それでいいのです」


 好きな感情は、代行できない。


 不器用でもいい。


 格好悪くてもいい。


 あなたが、あなたとして来てくれれば。


 未来予測AIの画面が、ふと光る。


> 婚姻成立確率: ——————


 私はそっと、電源を落とした。


 もう、予測なんていらない。代行なんかなければ。

 私はとっくにその人が好きだったのに。







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