告白されたのに何故かフラれて俺の方が好きになっている~世界最速でカエル化された男~
放課後、俺の下駄箱を覗くと手紙が入っていた。
淡い花柄の便せんに、可愛いらしい文字でこう書かれていた。
“大事な話があるので、一人で体育館裏に来てください”
俺は咄嗟にイタズラだと警戒したが、否が応にでも胸が高鳴った。
*
体育館裏の様子をこっそり窺うと、同じクラスの牧野さんが一人でいた。
そわそわして落ち着きがなく、左右のおさげが揺れていた。
俺は牧野さんとは一度も話したことがない。
おとなしめの女子グループの中でも一番おとなしい人という印象だ。
そんな牧野さんが俺に……?何かの罰ゲーム?
俺は半信半疑で近付くと、それに気付いた牧野さんが微笑んで小さく手を振った。
その笑顔につられて俺も口元がほころんで、軽く手をあげた。
「ごめん、待たせた?」
「だ、ダイジョブです……」
そう言ったっきり、牧野さんは俯いて黙ってしまった。
女子との沈黙に耐えきれず、俺から促してみる。
「話って、何かな?」
「は、はい!今、言いますね……言いますからね……」
「お、おう……」
牧野さんは一度深呼吸をすると、消え入りそうな声で告げた。
「あ、あなたが好きです。付き合ってください……」
恋をする女性の顔というものは、こんなに美しいものなのか。
牧野さんの言葉が俺の体中に響き渡ると、全身の細胞がぶわっと生き返ったような気がした。
日陰者として17年間生きてきて、始めて告白された。
――女の子の好きな人に俺が選ばれた――
飛び上がりそうなくらい嬉しいのをこらえて、なんとか言葉を探す。
だが、探すまでもなかった。自然と言葉が溢れてきた。
「俺も好きだ!付き合おう!!」
牧野さんは驚いたのか、目をぱちくりさせている。
そんな小動物みたいな牧野さんも可愛い。
「俺、牧野さんが運命の人だと直感したよ!こんなに人を好きになれたのは始めてだ!」
牧野さんへの想いが止まらない!
「初デートどこに行く!?俺、ベタに動物園か水族館がいいな!でも遊園地も楽しそうだよなぁ!」
「あ、あの……」
「でも映画館に一緒に行って、思い出の作品を作るってのも捨てがたいな……」
「あの!」
「あ、牧野さんはどこ行きたい?」
「あの、ごめんなさい。やっぱり、告白キャンセルさせてください……」
「ん?キャンセル?何を?」
「私の告白を、なかったことにさせてください……」
「……え?……え!?」
「本当に申し訳ないです……。私、あなたとは付き合えないです……」
「ええええ!?何!?俺、フラれたの!?ダメだったの!?告白されたのに!?」
「そういうことに、なっちゃいますかね……。で、では、失礼します……」
「ちょちょちょちょ!待ってよ!帰んないでよ!なんでよ?俺何かした?」
「……なんだか、同じ陰キャだと思ってたのに、ガツガツしているあなたが怖くなっちゃって……思ってたのと違うなぁって……すみません」
「そこ!?ワンミスで俺、カエル化したの!?」
「それに『運命の人』だとか、重い言葉を簡単に使うのが、引いちゃって……」
「それは愛故じゃん!気持ちが高ぶっただけじゃん!ガツガツいったのもそれだけ好きって事だよ!普段は俺だってこんなテンション高くないよ!」
「とにかく、私はこれで……」
「いやいやいや!!そっちが先に好きって言ってきたんじゃん!!!なのにひどくない!?!?」
「ひぃッ!」
「ごめごめごめん!大っきい声になっちゃってごめん!でもさぁ、いったん話し合おうよ。俺のダメな所は変えていくからさ。ね?ね?」
「……話し合ったら、無事に帰してくれますか?」
「俺の今のイメージどんだけ悪いの!?好きな人を傷つけるとかしないから!絶対!」
「それなら、少しだけ……」
な、なんとか牧野さんを引き留める事に成功した……。
ど、どうしてこんな事に……。
俺は、告白されたんだよな……?
好きって言われたから好きって返しただけなのに、こんなに嫌われるの!?
女心は難しいって聞いた事あるけど、難しすぎんだろ……。
もしかして、やっぱ罰ゲーム?ドッキリ?
いっそ最初から全て騙されていた方が救われるような気もする……。
俺は周囲を見渡したが、居心地の悪そうな牧野さん以外誰も見当たらなかった。
「確認なんだけどさ、牧野さんは俺を好きだったんだよね?」
「一応……」
「一応か……」
一応、脈なしでは、ないのか……?
ここから逆転して付き合える可能性は、あるっちゃある……?
だけど、しんどすぎるけど、ここは潔く身を引くべきなのか……?
そう俺が悩んでいると、いつの間にか牧野さんが涙をいくつもこぼしていた。
「な、泣くほど嫌だった!?俺といるのが……。ごめん、そんなに傷つけるつもりじゃ……」
「ちが、違うんです……」
牧野さんはハンカチで涙を拭きながら言葉を続けた。
「私、自分が気持ち悪いんです……」
「気持ち悪い……?全然そんなことないけど」
「いえ!私なんて最低です!」
俺は牧野さんの突然の大きな声に驚き、反論できなかった。
「私、焦っていたんだと思うんです。周りの友達にみんな彼氏ができて、羨ましくて寂しくて、いい人そうなあなたに告白したんです。みんなと同じになりたかった!あなたの事をよく知りもしないのに、都合のいい妄想を浮かべて、想像上のあなたを好きになっていたんです」
牧野さんの言葉は涙と同じく止まらなかった。
「ただ寂しさを埋めてほしかったんです!私は自分勝手で、醜くて、あなたに愛される資格なんてないんです!だから付き合えません……。本当に、本当にごめんなさい……」
そう言い切ると、牧野さんは本格的にわんわん泣いてしまった。
牧野さんの言葉が痛かった。自分にも思い当たる節があったから。
「……俺だって、似たようなもんだよ。毎日寂しくて、牧野さんに告白されて舞い上がっちゃって、牧野さんの事よく知りもしないのに、運命の人だなんて勘違いして、バカみたいだよな、ハハハ……」
牧野さんは首をぶんぶん横に振ってくれた。
「ちが、私の方が、バカです……」
「いや、絶対俺の方がバカでしょ」
「私の方がバカです!最低最悪なんです!」
「いーや、俺だね。圧倒的大差で俺」
「なんでですか!?」
「だって俺、まだ牧野さんの事が好きなんだ」
「え……」
「普通、自分から言った告白をキャンセルできる?普通、あの場面で冷静に自分の気持ちに気付いて、なんか違うなって思える?俺、牧野さんのメンタリティを好きになっちゃったよ」
「それは、私が自分勝手だから……」
「俺は強さだと思うよ。芯があるって事だと思う。俺、もっと牧野さんと話したいよ」
牧野さんはまた目をぱちくりさせて俺を見つめた。
涙は止まったようだった。
俺の思いも固まってきた。
「俺たちとりあえず、お互い寂しいんなら友達にならない?寂しさを埋めるだけなら、何も好き同士でなくてもいいじゃん。似た者同士、結構うまくいくと思うんだ」
「……いいんですか?こんな、迷惑ばかりかけた私と……」
「迷惑なんてないよ。本当の牧野さんに出会えて、俺嬉しいよ」
「……さんって、こんなに優しい人だったんですね……。私も、話してみたいです」
初めて牧野さんが俺の名前を呼んでくれた。
牧野さんの声がか細くてよく聞こえなかったけど、本当の俺を見てくれた気がして、それで充分だった。
牧野さんと並んで帰るいつもと違う帰り道。
手を繋ぐような関係ではないけれど、温かでこそばゆい気持ちを感じていた。
カエル化現象の対義語として、好きな相手のどんな言動や欠点も肯定的に捉えてしまう現象を、何でも丸呑みする蛇のイメージになぞらえ、ヘビ化現象と言うらしい。
まさに今の俺だなと自嘲した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ご評価などいただけますと喜びます。
・元ネタ
この話の元ネタは俺が中学生の頃、男友達が告白されて付き合ったら三日でフラれた事です。
あんまりにも可哀想で面白くて心に残っていたので、勝手に解釈してハッピーエンドにしました。
・地の文について
俺はせっかちで早く本題に入らなきゃと序盤部分を焦ってしまうのですが、今回は我慢して情報を一個一個落として分かりやすくするように心掛けました。
子供の頃から地の文アンチで、可能な限り地の文を削りたい派なのですが、詩を書く感覚でやったら今回は楽しく地の文を書けました。
過不足なく必要な情報を伝えられていたら幸いです。
・タイトルについて
本作「世界最速でカエル化された男」は、このタイトルにたどり着くまでに5日ほど悩んでしまいました。
初期案のタイトル
「告白されたのに、何故か俺の方が必死に告白しているんだが」
「告白されたのに何故かフラれたんだが」
「告白されたのに何故かフラれて俺の方が好きになっている」などなど…。
これでもいい気がするのですが、どれもしっくり来なくてボツにしていました。
その後、もっとキャッチーに現象を言語化してみようと発想を変え、下記のタイトルにしました。
「世界最速でカエル化したやつ」
「世界最速でカエル化された男」
「人類史上最速でカエル化するヒロイン」
俺はワクワクできるタイトルがいいタイトルだと思っていて、それにはいい感じに読者にネタバレする必要があると思うんですよ。
この方向性なら謎と期待感と問題のバランスがいいかなと思って、採用を決めました。
ただここでも文面をどうするかで悩みまくり、今回は男主人公の一人称なのだから「世界最速でカエル化された男」にしました。
ただ、ここまで書いてきて一周回って初期案のタイトルの方がよく見えてきて、また悩んでいます……。
ああ、もうそれなら二つくっつけちゃえばいいやと思い、
「告白されたのに何故かフラれて俺の方が好きになっている~世界最速でカエル化された男~」にしました。
こうやって世のタイトルは長くなっていくんですね……。