婚約破棄の真相は
このノヴァリア魔法学園は貴族しか通えない、建国史上最も古い魔法学園だ。学費も庶民が一年間暮らしていける以上の金額で、集まっているのはお金持ちの貴族ばかり。
中には無理をして子息子女を通わせている家もあるようだけれど、今は置いておく。
そしてこの学園では、16歳になると社交界デビューの一環として、週に一度開かれる、舞踏会への参加が許される。
事が起こったのはその会場だった。
周りには可憐なドレスで着飾った令嬢たちが沢山いる。毎週開催されているというのに、皆毎回違うドレスで来ている。ここは財力と華やかさを競う場。そして、良家同士の男女が結ばれようと、互いに値踏みをする場でもあるのだ。
「エスメラルダ・カルモナ」
婚約者であるギルベルト・モンターニュが私を呼ぶ声。大声だったため、ちょうど楽団の演奏が止んだ会場によく響いた。聴衆の目がそちらに注がれる。
ギルベルトは会場を二階に上がる大階段の踊り場に立っていた。ビスクドールと見紛う程の美貌の持ち主だ。顔は中性的でありながら、男性的な威厳もあり、、背丈も高い。
で、そのギルベルトの隣に立っている女は男爵令嬢のサマンサだ。涙袋が大きく、眉は困ったように曲げられている。
本来、私とギルベルトは婚約をしているのだから、そこに居るべきは私のはずだ。けれど彼はこの舞踏会で彼女と親密に話し、楽しそうに踊っていた。
私と踊ろうとは一度も言わなかった。今日だけではない。先週も、その前も、2か月前からずっとそうだった。
ついに来てしまったのね。この時が。
私は人々の間から進み出て、階段の手前に立った。
「何か御用かしら?」
ギルベルトの胸が膨らんだ。思いきり息を吸い込んでいるのが分かった。
「エスメラルダ、君との婚約を解消させてもらう!」
ギルベルトは大きく響き渡る声で宣言した。集まった人々が俄かにざわつき始める。動揺の声もあるけれど、「やっぱりね」「そうだと思ったわ」などの声が一番多く聞こえた。
私はざわめきに負けないよう声を張った。
「面白いことを言うのね。あなたが人生で言った冗談の中で一番の傑作なのではなくて?」
ギルベルトはゆっくり首を横に振った。
「悪いがこれは冗談ではない。本気だ。本当に君との婚約を破棄したいと思っている」
大きな、新緑の瞳で私を凝視している。私は肩をすくめた。
「では理由をお聞かせ頂けるかしら」
「君は淑女としてふさわしくない行為をしているそうじゃないか。このサマンサに嫌がらせをしたと複数の者から証言を得ている」
「あら、私、嫌がらせにリソースを割ける程暇な人生を送っていないのだけれど。でも具体的にはどのような証言が上がっているのかしら」
「平手打ちしたり、彼女の杖を隠したり、魔法が得意なことを鼻にかけて、彼女をバカにしたりしたそうじゃないか」
勿論全て身に覚えがない。そもそも、この二か月間嫌がらせを受けていたのはこっちだ。しかもさっきギルベルトが列挙した嫌がらせより、更に悪質なものだった。……が、今は言わないでおく。
「やっていないわ。繰り返すけれど私はそんなことをするほど暇ではないの。それにギルベルト、ここで婚約破棄をするとなると私達だけの問題では無くなるわ。分かっているでしょう?」
***
この婚約がまとまったのは私達がまだ6歳の頃だった。ノヴァリアでは初等部に入学する際、試験の一環として魔力を測定することになる。
その時の私の数値が、高等部までの生徒全てを含めた中で、一番抜きんでた数値だった。学園の歴史的に見ても殆ど居ないレベルだという。
それを聞いたギルベルトの両親が、いち早く私の親に婚約を持ち掛けてきた。子爵家二女だった私が侯爵家の長男に嫁げるとなれば、我が家としては諸手を挙げて喜べることだった。
しかしモンターニュ侯爵家は格式高い貴族家として有名であり、我がカルモナ家は言わば弱小の貴族。そこで「本当にうちの娘で良いのですか?」と父は聞いた。
すると「うちは代々、魔力の高い女性に嫁いでいただくことが伝統となっております。そうして魔力の高い家系を維持してきたのです」とギルベルトの父親は言った。
後継者を魔力の強い者で固める家系は珍しくなかったので、父は納得した。喜んで婚約を確定させてしまった。私の意見も聞かずに……。
当然私は駄々をこねた。当時6歳だったのだから無理も無いだろう。恋愛になんて興味も無かった。相手がどんな人かも分からない状態だったのだ。
意地でも首を縦に振らない私に困りはてた父親は
「これから同じ学園に通うのだし、一度で良いから会ってみないか? 気に入らなければまた考え直せば良いさ」と、私が大好きだったクッキーを渡してきた。
仕方がない。父の顔を立てるためにも会ってみよう。変な人だったらさっさと帰ろうと私はクッキーを食べながら思った。
斜に構えていたのだが、会ってみるとギルベルトは非常に印象の良い少年だった。まだ6歳ということもあって、背は私よりも小さかったけれど、とても優しくて、よく笑う、子犬のような純朴さがあった。
小麦畑のように、滑らかにたなびく彼の金髪は私もうらやむほどで、少女と見まごう繊細な顔をしていた。
けれど何より気に入ったところは、彼が私の性格を褒めてくれたところだった。私は小さいころから活発で、主張はしっかりする方だった。周りからは「もっと淑女らしく振舞いなさい」とか「あなた男みたいね」とか言われた。けれどギルベルトは「そこがエスメラルダの良いところだよ」と肯定してくれた。
それから一緒に多くの時を過ごした。彼はただ可愛いだけの少年から、侯爵家嫡男の自覚を持った、一人前の男になろうとしていた。武道と勉学に励み、顔は精悍になっていった。そして体つきもたくましくなっていき、12歳ごろには背丈も抜かされてしまった。今では見上げるほどだ。
それでも私に対する接し方は優しく、思いやりがあった。誰にでも優しい彼だったけれど、私と一緒の時にだけ見せる無邪気な笑顔は見ていて癒された。いつの間にか私は彼のことを好きになっていた。
このまま一生を彼と一緒に過ごすだろうと、思っていたのだが……。
***
私はギルベルトの目をじっと見た。いつもなら私に見つめられると、照れ笑いをするか、どこか落ち着かない様子になるギルベルトの目が全く揺るがない。強い意志を宿していた。
「もう一度確認するけれど、本当にこんな土壇場で婚約を覆す気? ただで済むと思っているの?」
「勿論ただでは済まないだろう。両家の関係は悪化するだろうし、賠償金も君に支払うことになる。それでも僕は、暴力を振るうような人とは結婚出来ない。そしてこのサマンサを愛してしまったんだ!」
ギルベルトはサマンサを抱き寄せた。
本当に馬鹿ね。そんなことをしたところで、何の解決にもならないというのに。
けれど何より。
ギルベルトがサマンサを抱き寄せる光景は、大切にしていた宝物が人に奪われてしまうような、そんな感情を沸き上がらせた。
怒りよりも悲しみが強かった。
悲しくなたったので、私は楽器奏者たちがいる場所まで走った。そして大太鼓をよっこら抱えて戻り、そのまま階段を上った。
「な、何をしているんだ、エスメラルダ」
自分に向かってきているのを察したギルベルトは、サマンサを突き放した。
その動揺するギルベルトをめがけて、大太鼓の面を、思いっきり彼の脳天に叩きつけた。
ボォス! という奇妙な音と共に、大太鼓はギルベルトを貫通して、下がちょうど腰の部分で止まった。
ある意味太鼓で拘束された状態のギルベルトは、何が起こったのかと言わんばかりに目をぱちくりさせている。
「ひどいわギルベルト。私が暴力を振るうような女に見えまして?」
「え、いや、え??」
「あなたは大太鼓に埋まっているのがお似合いだわ」
「どういう意味?」
「ひ、酷いですエスメラルダ様ぁ! 幾ら婚約者を私に取られたからって、太鼓を貫通させるなんて!」
サマンサは上目遣いに甲高い声を発しながら私に抗議する。
私は振り返りざま、サマンサの頬を平手でたたいた。
「ぎゃん!」
奇妙な鳴き声を上げる。
「私は一度たりともサマンサに暴力を振るったことなどなくてよ」
「今のは?」
「あなたが太鼓に埋まっているのだからノーカウントに決まっているでしょう」
「新しいスポーツのルール?」
私は一度ため息をついた。
「ギルベルト、あなた私に何か隠しているでしょう」
「何を言っているんだ。僕は隠し事など……」
「悪魔の呪い」
私の言葉を聞いた瞬間、ギルベルトの顔つきが変わった。きつく睨むように細められていた目が、見開かれる。やはりそうか。
「私が何も知らないとでも思っていたの?」
「な、何のことだ」
激しく目が泳いでいる。
「この期に及んでまだとぼける気? 大太鼓一つじゃ足りないかしら」
観念したのかギルベルトは長い息を吐いた。そして重苦しく口を開く。
「どこでそれを」
「あら、将来の結婚相手のことですもの。人生を添い遂げるに足るかどうか、密偵でも何でも使って素性も家柄も調べあげるのは当然ですわ」
ギルベルトは深く項垂れた。
「君は何もかもお見通しだったということか」
***
ギルベルトの実家、モンターニュ侯爵家は数百年前、存亡の危機に立たされていた。疫病の蔓延だ。領地だけではなく、モンターニュ家の屋敷でも疫病がはびこり、一族のほとんどが病床に伏していた。
もう全滅は避けられないと当時の領主ハンスが覚悟を決めていた時、悪魔が彼の元に現れた。
悪魔は囁いた。「魔力の高い者を子々孫々に渡って生贄に捧げよ。そうすれば助けてやる」と。
モンターニュ家は代々高い魔力を持つ一族だった。悪魔はそれに目を付けたのだ。その悪魔は危機に瀕している人々の元に現れ、弱みに付け込む形で、おびただしい数の人々の命を奪っているのだった。
けれどハンスはそんなことなど考える余裕は無かった。藁にも縋る思いで、「自分が生贄になる」と申し出た。
こうしてハンスの命と引き換えに、領地の人々は元気になり、疫病はぱたりと無くなってしまった。モンターニュ家の人々は、ハンスの死を悲しみながらも喜んだ。
しかし、悪魔はその後も訪れ続けた。数十年に一度、やってきては生贄を要求するのだ。モンターニュ家は粛々と生贄を出し続けた。
けれど一度、悪魔の要求を突っぱねたことがあったらしい。するとたちまち不幸が相次ぎ、あっという間に危機に瀕してしまった。
モンターニュ家は既に悪魔に魅入られてしまっている。家を維持していくには、このまま生贄を出し続ける他ない。
けれど身内から生贄を出す行為は、やはり悲しみが大きい。そこである時から、嫁入り、婿入りした人物、言い方を悪くすれば「他人」を生贄に捧げる行為が暗黙の了解となった。
だからこそ、生贄は質の高い魔力を持った人物でなくてはならない。だからこそ、モンターニュ侯爵家は魔力の高い女性を探していた。だからこそ、魔力量の飛びぬけていた私が選ばれた。
悪魔への生贄にするために。
「ギルベルト、あなたが生贄のことを知ったのはいつ?」
「二か月ほど前だ。両親が生贄について話している所を、たまたま聞いてしまった」
ギルベルトはあまりにも私と仲良くなり過ぎていた。彼には私を生贄にすることを、伏せておかねばならなかった。ギルベルトが知れば、全力で私を守ろうとするだろうと、彼の両親は考えていたに違いない。
そして二か月前と言えば、ギルベルトがサマンサといちゃつき始めた時期と重なる。
私は頬に手を当てた。
「もう私はあなたの家の状況も殆ど分かっているつもり。だから、あなたがやろうとしていたことについて教えて貰えるかしら」
ギルベルトは観念したかのように語り始めた。
彼が生贄の事実を知った時、取り乱しそうになった。私のことは愛している。本気で結婚するつもりだった。けれどそうすれば、確実に生贄に捧げられてしまう。
私と逃避行をするべきかとも考えた。
しかしそうすれば、自分の兄弟たちが代わりに生贄に捧げられる可能性もある。何より、長男である自分が責任を捨てて逃げることは出来ない。
それならば婚約破棄をするしかない。けれど、私の性格をよく知っていたギルベルトは、普通のやり方では私が納得しないと分かっていた。
だから敢えて、私を怒らせ、呆れさせ、愛想をつかされるようなやり方を選んだ。
自分に言い寄って来ていた男爵令嬢と付き合い、これみよがしに他人の前でいちゃついた。そして、大勢の生徒たちが集まるこの舞踏会での婚約破棄。
サマンサとは本当に結婚するつもりだったらしい。彼女が侯爵の爵位に憧れていたのは分かっていたし、魔力の乏しい彼女が生贄に捧げられはしないと考えた。
直情的な私のことだから、こんなバカげたことをされたら、烈火のごとく怒って婚約破棄を受け入れてくれるだろうと思ったと。まさか大太鼓でぶち抜かれるとは思わなかっただろう。
「成績優秀。魔法に関しては全校ぶっちぎりのトップ。生徒会執行部も務め、生徒たちからの信頼も厚い君が、こんな形で婚約を破棄されれば、同情は君に集まるだろうと思った。僕と君、生徒たちがどちらの言うことを信じるかなんて明白だ」
「そうなればあなたはすっかり悪者よ。この学園で生きていけなくなるわ」
「良いんだ、もう」
私はその言葉を聞いて悟った。ギルベルトは、死ぬ覚悟をしている。私の代わりに自分が生贄になろうとしているのだ。
「本当に馬鹿ね」
ギルベルトは自嘲するように笑い、その場に座り込んだ。
「馬鹿だよ。自分が生贄になるくらいしか、解決策が思いつかないのだから」
私は頭に血が上った。あと少しのところで追い大太鼓するところだった。私は項垂れている彼の顎を、指先で持ち上げた。
「私は婚約破棄を受け入れないわ」
「なっ、だがそんなことをしたら……」
「見くびらないで。私は悪魔になんか生贄にされたりしない。私が光魔法の使い手であることをお忘れなのかしら?」
「悪魔を退治する気か? 君が幾ら強くても無理だ。相手は数千年も生き長らえた大悪魔だぞ。いや、仮に退治出来たとしても……」
「悪魔が意図的に不幸を起こしていたのだとしたら?」
ギルベルトは不意を突かれたように目を見開いた。全く予想外の可能性を示唆されて、驚いているといったところだろうか。
私とギルベルトはしばしの間、見つめ合っていた。
「とにかく、私はこのままあなたと結婚するわ」
「い、良いのか。僕は一度君を裏切ろうとしたのに」
私はにっこりと微笑んで見せた。
「犬を飼っていれば、一度嚙まれることくらい覚悟の上なのよ? ああそれと……」
私が振り返ると、そこに居たサマンサが肩をびくりと上下させた。
「わ、私はお邪魔なようなので失礼しまぁす」
サマンサはそそくさと逃げて行こうとする。私はその腕を掴んだ。
「ねえギルベルト、あの女に私をいじめろと指示したのはあなた?」
「何のことだ? 僕は君の罪をでっち上げはしたけれど、サマンサに君をいじめろとは言っていないよ」
やはり知らないのか。
「私のお気に入りの靴をずたずたにしたり、後ろから蹴ったり、水を掛けたりしてくれたのも、ギルベルトの指示?」
「なっ! サマンサ、君はそんなことをしていたのか?」
「し、知りません! 私はそんなこと! それこそエスメラルダさんのでっち上げだわ!」
サマンサは首を振り、必死に言い逃れ用とする。
『光よ、記憶を紡ぎ、幕を上げよ』
私の詠唱と共に、会場の中央に、平面状の四角い物体が表示された。これは光魔法を応用した技術で、学園の生徒なら誰でも一度は見たことのある「スクリーン」と呼ばれるものだ。そして、これが過去にあったことを映し出せることも、周知の事実である。
画面には、私を後ろから蹴り飛ばしたり、水を掛けたり、罵倒したりと、様々な嫌がらせをせっせと働くサマンサの姿が次々映し出されていく。
再び会場がざわつき始めた。怒声も聞こえ、会場が熱くなっていくのと反比例するように、サマンサはどんどん顔面蒼白になっていった。
※※※※※※※※※※※※※※※
後日、誰も居ない学園内のラウンジで、私とギルベルトは向かい合っていた。
結局、サマンサは退学処分となった。
この学園の学費は非常に高額だ。男爵家の財力ではかなり無理をして通っていたに違いない。
あれだけのお金を無駄にしておいて、しかも悪評が広まっては、社交界デビューすることも出来ない。貴族との結婚も絶望的だろう。
彼女がこれからどんな人生を歩むのか、いや、這いつくばっていくのかは分からない。というか興味が無い。
「本当に、僕と結婚してくれるのか?」
ギルベルトは私の顔色を窺うように聞く。あれから彼がこの質問をするのは23度目である。
「何度も言わせないで。私はあなたと結婚すると決めたの。悪魔さんとは一度お話してみたいし」
私が笑うと、ギルベルトは怖いものを前にしているかのような、少し引きつったような笑いを浮かべた。
「それに、私はあなたを愛しているの。あなたもそうでしょう」
ギルベルトの顔がみるみる笑顔に変化していく。私しか知らない、私だけの無邪気なギルベルトの笑顔。彼はこの言葉を聞きたいがために、何度も同じ質問をしてくるのだ。そして何度言っても同じような、心から嬉しそうな笑顔になる。
「けれど」
私は手を伸ばしてギルベルトの胸倉をつかんだ。ぐいっと彼の上体を引き寄せる。
「例え私のためを思ってやったことだとしても、あなたが他の女といちゃついているのを見るのは、胃がむかむかしてしょうがなかったわ」
ギルベルトの笑顔が瞬時に冷えていく。
「次、私に何か隠し事をしたら、大太鼓じゃ済まないから」
私がとびっきりの笑顔で言うと、ギルベルトは何度も小刻みに頷いていた。
さて、どんな結婚生活になるのか、そして悪魔がどんなやつなのか、今から楽しみだ。
おわり




