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第三章:光のかけら

子どもの頃、誰かを好きになる気持ちは、まだ名前のついていない感情だった。ただ一緒にいたい、一言でも多く交わしたい──そんな願いだけが、胸の奥で静かに光っていた。

この章では、初めての「憧れ」と、その先にある「違い」への気づきが描かれます。記憶の中で柔らかく光る、ほろ苦くも確かなひと欠けらの光を、どうか静かに受け取ってください。

 小学校の下校時、僕は浩明と一緒に帰りたくて、偶然を装いタイミングを合わせては浩明の帰りのグループに紛れていた。僕の家が一番近かったので最初に僕が「バイバイ」

と言って、その後に浩明たちが僕に向かって「バイバ〜イ」と言う。たったそれだけのこどが僕にとっては欠かすことができない至福の時間だった。


 中学では僕らは別のクラスだったので、あまり一緒になることはなかったが、一度だけ浩明と2人きりにで帰ったことがある。


 僕は自転車通学だったけど、浩明は歩きだったので、僕も歩いて帰った。夕暮れの開けた農道で何を話したのかは忘れてしまったが、大好きな浩明を一人占めできてることが何より満足だった。別れ際に僕は、


「あ、自転車を忘れたから学校に戻るね。バイバイ!」

 

 中学を卒業して、浩明とは自然に疎遠になった。彼は地元の進学校へ進み、僕は少し離れた高校に通うことになった。


 春休みに一度だけ、駅前の文房具店で偶然すれ違った。制服姿の彼は、以前よりも背が伸びていて、声も低くなっていた。僕はとっさに笑みを浮かべたけれど、彼は軽くうなずいただけで、そのまま通り過ぎていった。


 高校生活は、何かと難しくなってきた。周囲に合わせて“男の子らしく”振る舞おうとしたけれど、どこか無理をしている自分がいた。


 男子の輪に入って冗談を言っても、いつもどこか上滑りしていたし、女子と話しても、話題についていけないことのほうが多かった。


 「男」として生きることが、だんだんと息苦しくなっていった。


 でも、ひとつだけ救いがあった。映画だ。物語の中の登場人物は、泣いても怒っても、恋をしても、自転車で空を飛んでも、誰にも否定されることはなかったから。


 ある日、ひとりで観に行った『E.T.』。物語の中で、少年たちは仲間と共に、大人たちから自転車で逃げる。ペダルを踏み込むたびにスピードが上がって、空に向かって飛び立っていくシーン──


 その瞬間、僕の心も一緒に空へと飛び込んでいった。「物語には力がある」。観終わったあと、誰に言うでもなく、心の中でそうつぶやいた。


 僕も、誰かの心に残るものを作りたい。スピルバーグのように、細胞の奥にまで届くような、そんな何かを。


 けれど、現実はそんなに綺麗じゃなかった。高校に入ってしばらくしたある日、家の前で父と一緒に立っていた時のこと。


 通学路を通りがかった自転車の男の子が、僕のほうを見て大声で叫んだ。


 「オカマ〜〜!!」


 その声は、笑い混じりで、無邪気というにはあまりに残酷だった。その声の主は、小学校のときに仲良しだった子だった。一緒にノートに漫画を描いて、休み時間に笑い合っていたはずの、あの子だった。


 父は何も言わなかった。ただ黙って聞こえないふりをしていたのかも知れない。僕も何も言えなかった。喉の奥に鉛のようなものが詰まって、声が出なかった。


 なんでだろう。なんで、あの子が。ただ、悲しかった。情けなくて、悔しくて、心がぐしゃぐしゃになった。


「自分は、やっぱり人と違うんだ」


 そう強く、はっきりと思ったのは、あの時がはじめてだったかもしれない。誰にも気づかれずに、自分のままでいられる場所が欲しかった。だから、映画や漫画の世界に惹かれたのだと思う。


 僕が何者であるかなんて関係ない世界。そこでは誰にも名前を呼ばれず、ただ“存在”できる世界。僕も、誰かの心にそっと寄り添うような、そんな物語を作りたい。徐々にそういう思いが強まっていった。

振り返れば、あの頃の僕は、たくさんのものに戸惑いながらも、確かに何かを探していました。うまく言葉にできない思いを抱えたまま、それでもどこかに「自分の居場所」があると信じたくて。

もしも、あなたにも似たような記憶があるなら──この物語のどこかが、そっと寄り添えたなら──とても嬉しく思います。

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