第一章:元(はじめ)のはじまり
小学生の頃の記憶をもとに書いた、少しだけ切なくて、やさしい始まりの章です。
子どもの目線だからこそ見えること、感じることを、丁寧に描いていけたらと思っています。
小学生の頃、僕はよく女の子に間違えられた。色白で、ふっくらしていて、声も高かった。話し方もどこか柔らかくて、男の子っぽい言葉づかいではなかった。
近所の人に初めて会うと、たいてい「お嬢ちゃんは何年生?」とか「女の子なのに仮面ライダーのズック履いてるの?」と話しかけられた。そのたびに「僕、男です」と言い返すのが少し恥ずかしかったけれど、なぜだか誇らしくもあった。大人たちに「可愛いね」と言われることは、僕にとって当たり前のことになっていた。
子供の頃から絵を描くのが好きで、とくに女の子を描くのが得意で、ノートの端にはいつもキャンディ・キャンディのようなふわふわの髪の少女たちを描いていた。少女漫画が好きだった。ふわっと風に吹かれるスカートや、きらきらとした大きな目を描くのが楽しかった。
小学校4年生の時、クラスの男の子──浩明が、ふとした瞬間に言った。
「元ちゃんの描く絵は、元ちゃんに似て可愛いな」
からかうような口ぶりではなかった。ただの何気ない一言だったと思う。でも僕には、その何気なさがかえってハートに深くズキュンと突き刺さった。その瞬間から、僕の中に恋する乙女の感情が芽生えた。
浩明の声、仕草、笑ったときの目尻、放課後にランドセルを背負って駆けていく後ろ姿。全部が眩しくて、全部が愛おしかった。
でもそのことは、誰にも言えなかった。いや、誰にも知られてはいけなかった。友達にも、親にも、先生にも、誰にも悟られてはいけない。
これは、この先ずっと僕だけの秘密として心にしまっていかなければいけない──そう思った。
ある日、教室の後ろで工作の準備をしていたときのこと。担任の女の先生が僕の歩き方を見て、こう言った。
「元、あんたねぇ、女の腐ったような歩き方するんじゃないの!」
クラス中の皆が笑った。僕は一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。それから顔が熱くなって、視界が滲んだ。恥ずかしいというより、情けないというより、自分がこの世界にいてはいけないような、そんな気がになった。
女の腐ったような──。あの言葉は、今でも忘れられない。あのときの教室の午後の光、クラスのみんなの目線。全部、脳裏に焼きついている。
だからこそ、浩明の「可愛いな」という言葉は、僕にとって赦しのように響いたのかもしれない。誰かに「そのままでいいんだよ」と言ってもらえた気がして、胸の奥がじんわりと温かくなった。
最初に好きになった人のことって、どこか特別な記憶として残りますよね。
「誰にも言えなかった気持ち」と「言葉にならなかった傷」が、この章の核になっています。
少しずつ進んでいきますので、よろしければお付き合いください。




