第九章:家族のようで家族ではないもの
一緒に暮らす時間が長くなるほど、
愛と生活の境目は、少しずつ曖昧になっていく。
抱きしめ合う夜よりも、
食卓や洗濯物のほうが、二人を語るようになる頃。
それは終わりの兆しなのか、
それとも形を変えた絆なのか──
まだ、その答えを知らなかった。
竜也はもともと、洋食屋で働いていた。料理の腕は確かだったけれど、職場には不満があったみたいだ。
オーナーとの衝突が続き、ある日突然、無断で出勤しなくなってしまった。
僕が会社で働きながら生活を支える形になってしまった。でも竜也に合う新しい仕事はなかなか見つからなかった。
そんなある日、ゲイ雑誌の小さな投稿欄に、「新宿で飲食店を始めるため協力者募集」という文を見つけた。
僕は不安しかなかったけれど、竜也はすぐに応募した。そしてその出会いが、彼の人生を大きく変えるのだった。
しばらくして小さな焼き鳥屋がオープンした。
竜也が考えた焼き鳥のメニューは、意外にも大好評だった。店は繁盛し、またたく間に二店舗目までオープンする運びとなった。
竜也がちゃんと稼げるようになり、僕たちは広い部屋に引っ越すことになった。そして、もう一頭新しい犬を迎えようと決めた。
竜也の仕事が順調なのは良かったのだが、僕らの生活時間帯がかみ合わなくなってきた。
二頭目のラブラドールのモモを飼ったのは、僕がどこかで“何かを繋ぎ止めたい”と思っていたのかも知れない。家族が増えれば、また昔のように戻れる気がした。
でも、竜也の心は時間とともに少しずつ、別の場所に向いていた。
竜也が目を逸らすように笑うことが増えた。モモばかり可愛がるようになっていた。
僕は気づいていた。
彼の心が、もう自分には向いていないということを。
「最近、恋人というより家族みたいになっちゃったからさ」
そう言った竜也の目は、どこか遠くを見ていた。
新しい恋人ができた、と告げられた日のことはよく覚えていない。頭の中で音が止まり、空気が止まり、世界がわずかに傾いた気がした。僕らは静かに、終わっていたのだ。
その後まもなく、竜也には新たな話が舞い込んだ。沖縄で居酒屋をやらないか、という話だった。
彼はまたも迷うことなく、モモと新しい彼氏を連れて沖縄へ旅立っていった。
竜也は以前からゆくゆくは地方で居酒屋をやりたいと言っていたけど、そこにはすでに僕の存在はなかったようだ。
僕は、残された犬のマークと一緒にまた狭い部屋に引っ越した。
マークがいるだけで、部屋の空気は穏やかだった。「家族」と呼べるものが一つでも残っていたことが、どれだけ救いだったか、あとになって痛いほどわかった。
人は去っても、
一緒に過ごした時間まで連れていくことはできない。
残されたものは、静かな部屋と、
無言で寄り添ってくれる存在だけだった。
「家族」とは何だったのか。
答えは出ないままでも、
それでも確かに、そこには温度があった。




