上中下の上
休日暇だからと散歩をしていて小路を歩いていたら、前後を黒服黒眼鏡の男に挟まれて本人特定をされた。
勢いに押されてえぇそうですよと答えると低姿勢でお付き合い願いたいと言われ、流れにそって付いていくと小路の終わりに黒塗りの高級車が停まっていて乗るよう促される。後部座席に乗ると私に声をかけたほうが運転席に、後ろにいたほうが私の隣に座った。
とても丁寧な発進と運転で、少しいったところでどこに行くのかを聞いても隣に座った男が私を見て小さく会釈をするだけで教えてくれない。
窓の外を見ても右往左往が激しくてもうどこを通っているのかが全く解らなくなっている。二人とも怖い雰囲気も出していないので仕方がなくふかふかのシートといい匂いと滑るような運転を楽しむしかなくなる。
十分ほど経ったとき、広い門をくぐって豪邸に入った。
大きな玄関につけられ隣の男が降り、よたよたと降りる。
玄関前にはいかにもなメイドさんが立っていて私を迎えてくれた。
黒服の男からメイドさんに引き継がれ中に入る。
男達の黒服もメイドさんのメイド服も生地がしっかりしていて本当の金持ちなんだなぁと服だけでも見蕩れてしまうのだが、反面自分の服のぺらぺらさや歩き方がこの空間にふさわしくないのが情けなくなる。
洋館なので靴を脱がなくてどんどん入っていくのだが、どこかで靴を脱がないといけなくなると穴だらけの靴下をさらさないといけないのでやっぱり帰ろうかなと思ったり。
いくつかの扉を通り過ぎ、ようやく廊下左側にある部屋に入れられる。先の大きな扉が居間で、その直前の控えの間なんだろう。
そこでまた引き継ぎ。先導してくれたメイドさんよりもうデザインが少しグレードのアップしたメイド服着ている、怜悧で無表情な女性だ。
「いきなり来ていただいて申し訳ありません、どうしてもあなたにお願いしたいことがございまして」
「はあ」
返事と同時にまた別の扉から、また別のメイドさんが紅茶用具一式を持ってきた。
ティーカップを置いて紅茶を入れてくれる。
鷹揚に声をかける怜悧なメイドさん、メイド頭なんだろうな、このメイドさんが退出するまでしばしの沈黙し、私も流れで紅茶を一口飲む。
美味しいと思った瞬間にまた話が始まり、
「あなたは呪いを解くことができると聞きまして」
誰だよ言ったの。
「いろいろ研究はしていますけど、解けるなんておこがましい、呪いにもいろいろ種類がありますから、なんでも解けるってわけじゃないですよ」
誰が言ったのか知らないが、ちゃんと言えよ。
「この屋敷のお嬢様が突然重度の皮膚病を発症しまして、何人ものお医者様に診てもらったのですが、誰一人この皮膚病がなんという病気なのか解らず、どう薬を処方したらいいかも解らず、皮膚を採取して調べても原因が全く不明で、これはもう呪いなんじゃないかと言うしかなくなったんです」
「はぁ」
「それで呪いに詳しい人を探しまして、あなたのことを知りまして来ていただいたんです」
「そりゃまぁ、なんとも」
「当方としても何をどうしたらいいかがそもそも解らないので、解けるかどうかにかかわらず、とにかく見ていただけませんか?」
「そりゃまぁ、見るだけならいいですけど、治せませんよ?おそらく。本当に呪いってバリエーションがありますから、もう掛けた本人でなければ解くことは出来ないと思ってください」
では、と促されて急いで紅茶を全部飲む。
すいません、呪いに詳しい者が誰もおりませんので、とさっきの扉を開けられ、突き当たりの扉に向かう。
居間の奥にメイドさんが三人立って待機している。
中央のソファに座っているのがお嬢様だろう、面を被って、横を向いている。私を見る気にはなれないんだろうな、
それはいいんだが、こっちから見て面で隠れていない右側、お嬢様にとっての左側が焦げ茶色に変色しているのが解る。面が味も素っ気もない白でデザインも素朴なものなので、部屋の入り口からでもよく解る。
近づいてようやく私を見て、メイド頭さんの声かけで何も言わず少しだけ頭を下げる。
しかし、
「あぁ!これですか!」
メイド頭さんの
「これなんですけど」より一瞬早く声が出た。
「これなら簡単です、今の流行なんですよ」
「……流行とか廃りってあるんですか?」
「ええ、普通は呪いはバリエーションが豊富で掛ける個々人が微妙に自己流にしますんで解くのは大変なんですけどね、最近ネットでこれの掛け方を書いた者がいまして、誰でも出来る呪いって話題になってるんですよ」
「はぁ」
驚いてるというか呆れているというか。
「詳細に書いているんでみんなよってたかって解析しましてね、すぐ解き方も見つけられて、誰が書いたんだろうねという考察になってるんですが、本当にやる奴がいたとは。ちょっと、髪に触ってもいいですか?」
メイド頭さんもお嬢様も呆気にとられたようで、それから顔を見合わせて
「構いません」。
失礼して、と髪をかき上げて
「ほら、見てください、髪の生え際から一ミリ空いてこうなっているでしょう、これプロの仕事ですよ。怨みも何もない、頼まれたからこうやってるんです。恨んでる者がやったらこんな親切なことはしません。顔や頭に掛けるなら髪を全部落とさないといけなくなるとか、まぶたの裏とか口の中になったらもうどうしようもありませんし、ましてや飲み込まされたらもう」
「そうなんですか」
それほど酷くないというか、もっと酷いこともありえたからか、切迫感がなくなった口調で聞かれた。
「ただ、これはこれでまた厄介で、解いたらもう見れば解るじゃないですか、解かれたって。すると次にどんな呪いがくるか、それは解りません。そういう酷い状態に……」
「とってください!」
お嬢様が遮って強い口調で言った。
「次こそ私でもどうにもならないかもしれませんよ?」
「かまいません、すぐにとってください」
これなら特別な道具もいらない、メイド頭さんにバターナイフと空き瓶、ちょっと大きめのものを頼んだ。
それを待機しているメイドさんに指示を出す姿を見ていると、メイド頭というより親衛隊長みたいだなと思ったり。
お嬢様が仮面を外し、美少女の素顔が顕わになる。
道具はすぐに用意され、両手を合わせて集中し、バターナイフの刃を右手の人差し指と中指の間に挟む。
そして刃先を髪の生え際一ミリのところに置き、髭剃りの要領で滑らせると、盛り上がった部分が何の抵抗もなくすっと取れる。
今まで来てもらった医者たちには出来なかったことを目の当たりにして、みんな驚いている。
術者の親切は耳と瞼中央には呪いがかかっていないところにも感じられた。目尻のところを注意深くそぎ落として……いや、胸元までかかっている。
ひょっとして?と思ったら、お嬢様が用意された鏡を見て顔が元に戻っていることに驚き、勢いよく服を脱ぎだした。
両胸が顕わになるが眼に迷いがない、医者に診てもらっていると思っているのだろう、私もメイドさん達の賛嘆の眼差しに囲まれ、間違っても(うひゃうひゃ!)なんて顔はできない、プロじゃないけど呪いを解くプロに徹して、見えても何も思いませんよという顔で呪いを削いでいく。
全てを綺麗にし、メイド頭さんが確認し、お嬢様は黙って服を着る。
「誰がやったかは解りますか?」
と次の話に進めるメイド頭さん。
「いや、これは掛けたら終了のたぐいなので、調べようがないです。掛けられている最中なら追えるんですけど」
ほ~と大きく頷くメイド頭さん。