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落ちこぼれ聖女は絶対に祈らない  作者: 黒笠


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7 2通の手紙

 自領に魔獣が出た場合、領主が自己責任で撃退することが、リベイシア帝国では不文律となっていた。複数の領土に跨いでいれば連合し、手に負えなければ皇帝に応援を求める。

 そのために私兵部隊を一定数、爵位に応じて抱えることも認められていた。

「シセイ侯爵領土で大量のマウントキャットが現れたそうです」

 破談されて早くも2日が過ぎていた。

 システィナはコナーズ伯爵邸にて報せを受ける。

 報せをもたらしてくれたのは、皇都にあるこの屋敷を取り仕切る執事である。自分のことも幼少期から見てくれていた。

 いつもなら、すぐにでも救援に向かう。

(でも、今は)

 システィナはソファに腰掛けたまま動かない。

 今までは婚約者の領土だからシセイ侯爵領土での魔獣出現に、自身の判断ということで即応してきた。

 本来は出撃の依頼を待って、皇族からの勅命を受けた上で出動すべきなのだ。皇族直下の筆頭聖女なのだから。

「そう」

 故にシスティナはただ頷くに留めた。

 この際だから正規の流れに戻そうと思う。

(それこそ、ロラン様が自費で兵士を動かして戦えば良いだけ。あの人だって、剣の腕は立つんだから)

 システィナは窓の外を見やる。皇城や大聖堂はおろかシセイ侯爵邸よりも小ぢんまりとしているのだが、丁寧によく生け垣1つとっても切り揃えられていた。

 思えば実家の庭すらもゆっくり眺める時間がなかったのだ。お茶会をするのに丁度いい四阿なども木製の屋根が見えている。

「お嬢様、よろしいのですか?これまでは」

 執事が遠慮がちに尋ねてくる。

「これまでのことをぶち壊したのはあちらじゃありませんか。お嬢様が骨を折る必要も義理もありませんよ」

 侍女のジゼルが口を挟んだ。露骨に腹を立てている。幼い頃から姉妹のように育ってきた。付き合いが長く親身に寄り添ってくれる。

「そうだが。いや、私もそう思うんだが、お嬢様はこれまでにも民衆を見捨てられないと仰って、しなくてもいい苦労をされてきた方だから」

 温厚な執事の言葉も正しい。

 大聖女レティが亡くなってからは、当代の筆頭聖女なのだ。もう5年も経つ。今のティア・ブランソンよりも年少だった。

 その責任は軽くない。

(でも、それだってどうなるのかしら?昔は大聖女レティ様がいらっしゃって、今では『竜の巫女』たるティアさんがあらわれた)

 チラリと会っただけで、ティアにも神竜ドラコにも圧倒された。特にドラコの方には、小さな竜体に似合わない、膨大な質量の魔力が詰まっていたのだから。

(それでいて、どこか心地良くて。少なくとも聖女の私にとっては、恐ろしくないものだった)

 自称「ヒーラー」のティアの持つ魔力が清廉なことに由来しているのだろう。

 思えば自分がかつて、ティアに祈るように、と言い募ってきたのも、ティアに宿る力を感じ取っていたからだ。

 ティアの才能が開花すれば自分など一般聖女に過ぎない。ロランと2人でリベイシア帝国南東部の平和を守り続ければ良いと、そう思っていた。

「私にだって、心があるのよ」

 ようやくシスティナは言葉を絞り出す。

「さすがに今回のロランには傷ついた。人々には申し訳ないけど、ロランの顔がチラつくだけで辛いわね」

 システィナの言葉にジゼルも執事も痛ましい表情を浮かべる。

 嘘ではない。

(それに増して、今回みたいに、本当は私でなくとも良い案件は)

 システィナは首を横に振る。

「それは、私も酷な事を申し上げてしまいました。申し訳ありません」

 執事が頭を下げる。自分の気持ちを慮ってくれただけだ。

「いいのよ、私を心配してくれてのことなんだから」

 システィナは微笑んで告げる。

「本当に思い通りにはならなくって、全部少しずつ、違う方へとズレてしまったから。挙げ句、破談されるだけではなくて、害意まであの人から向けられるなんて」

 少しだけ思い出すと涙が滲んできた。システィナはため息をつく。

「お嬢様」

 ジゼルも痛ましげだ。

「システィナ、失礼するよ」

 穏やかな声で告げて、父のコナーズ伯爵があらわれた。

「お父様」

 システィナは立ち上がって一礼する。

「まったく、こんなに完璧な我が娘に恥をかかせるなんて。あの馬鹿小僧め」

 ボソッと父が毒づく。いつもは温厚な父には珍しい。

「どうか、されましたの?」

 システィナは首を傾げた。

 見せた怒りではなく、破談されてからは、そっとしておこうとされていた気がする。それを崩して姿を見せたことへの質疑だ。

「いや、シセイ侯爵領のことは、ジョヴァンから聞いているね?」

 父が椅子に座って問う。

 尚、ジョヴァンとは執事のことだ。

「はい。マウントキャットの群れだとか」

 この辺りでは珍しいが、手強い魔獣でもない。

「あぁ、数が多くて手こずっているらしくてね。あの親子は何を血迷ったのか。システィ、君の助力を求めてきたよ、侯爵本人が皇城で、ね」

 苦々しげに父が顔を歪める。

(それはそうよ、皇城でってことはつまり)

 システィナも苦い思いを抱く。

「倅の方も破談で恥をかかせることに失敗して領地に引っ込んだくせに、私兵を率いて出陣もしていないそうだ」

 更にコナーズ伯爵が加える。

 自分たちの義務を果たさずして、助けだけを求めてきたということだ。

「お前に恥をかかせておいて、恥知らずなことだ。応援は送ってやってもいいが。筆頭聖女の出動はそもそも私が決めることではない。却下しておいたよ」

 父が苦々しげに言う。よほど腹が立ったらしい。本来は却下出来る間柄でもない。爵位は相手のほうが上なのだ。

「あの親子がここに怒鳴り込んでくるかもしれませんわよ?」

 システィナは危惧して言う。

 爵位と剣の腕前だけは立つ親子なのだ。

「そんなものは門前払いだ。お前を破談しておいて、力だけは借りようなどと、虫が良すぎるのだよ」

 ぷりぷりと怒りのままに父が言う。

「はぁ」

 本当に怒りに身を任せて大丈夫なのだろうか。システィナは内心で案ずる。

「あまり揉めたいものでも、ありませんけど」

 助けたくもないが揉めたくもない。システィナは不安を抱く。

「言いたいことは分かるが、大丈夫だ。見るべき人はお前をちゃんと見ている」

 やけに自信たっぷりに父伯爵が言う。

「早速、お前に新しい縁談が来たんだ」

 そして手紙を2通、懐から取り出す。

 侯爵を堂々と拒めた理由がもう判明した。余程の良縁と見ているのだろうか。

「お父様」

 さすがにまだ傷心中なのだ。特に縁談は心の傷に塩を塗る。

「本来なら、気持ちは分かる。だが、システィナ、自信まで失うことはないんだ」

 更に手紙の差出人を父コナーズ伯爵が指し示す。

 父の言うとおりだった。システィナはその名前2つに驚くのだった。

 


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