6 システィナの来訪2
コンコンと遠慮がちにノックの音が響く。
「誰だろう」
無防備にティアが声を上げて首を傾げる。
ドラコとサンタがその脇を固めた。幼竜2頭で脇を固めてもあまり強そうにも威嚇になるようにも見えないのだが。
「さぁ?ルディ殿下たちぐらいしか来そうな人もいないんだけどね」
リドナーも首を傾げた。
かなり身分のある人なのかもしれない。ここは皇城の客室なのだから。
本来なら侍従などが来訪を告げるのが筋なのではないか。
(そういう手順をすっ飛ばして、ここに来てもいい人って、限られてるんじゃないかな)
チラリとリドナーは思うのだった。
「ふらっとここに来られるような人なんだから。警戒は要らないと思うんだ」
故にリドナーはティアに告げるのだった。
そして来訪者がすぐに名乗る。
「失礼します。システィナ・コナーズと申します。クレイ・ディドル新ティダール公閣下とティア・ブランソン様?予約もしておらず申し訳ありませんが。どうかお話をしていただけませんか?」
生真面目そうな声が丁重に頼んでくる。
見えないが扉の向こうで頭を下げているところが目に浮かぶ。
(さっきの破談の人か)
リドナーにはそれぐらいの印象しかない。
ティアが視線で問いかけてくる。
今のところ、別に嫌な相手ではないのでリドナーは頷く。
「どうぞ」
ティアがドラコを抱いたまま告げる。リドナーはすかさず扉を開く。
金髪のスラリとした美女が静かに扉を開けて入ってきた。身に纏う純白のローブからも、女性らしい身体の線が際立つ。
「ご無沙汰しております、ティア様。それに、ティダール公閣下には、初めてお目にかかります」
完璧な所作でシスティナが一礼した。
ティアが羨ましげだ。ティアの礼儀作法もしっかりしているのだが、こちらは何をしても可愛くなってしまうのである。本人も気にしていた。
「お久しぶりです、システィナ様」
ティアが緊張した面持ちで一礼を返す。
「あまり緊張なさらないでください。私の方が爵位は下で、しかも私たちのせいで、せっかくの晴れ舞台を。本当に申し訳ありません」
深々とシスティナがもう一度、頭を下げる。相手方だったロラン・シッセイという侯爵令息からは何もない。
どちらに非があるのか。
リドナーにとっては、それだけでも明らかなのだった。
「違います。ルディ殿下のせいです」
しかし、ティアの中では非があるのはルディなのであった。
断固としてティアが主張する。
クスッとシスティナが口元を緩めた。
「変わりませんね、本当にお可愛らしくて、でも頑固で」
システィナがティアに歩み寄って告げる。
まだ自分と出会う前の、皇都リベイルでのティアを知っているらしい。聞きたくてしょうがないのでリドナーは敢えて黙っている。
「私もティア様のことを、大聖女レティ様に代わる御方だって、認識していたから。祈りを強要してしまいましたから。苦手でしたよね?」
苦しげにシスティナが顔を歪める。幼い頃のティアにかなりキツく当たっていたのかもしれない。
「当時からティア様からは強い魔力の波動を私は感じていましたから。お祈りさえしてくれれば、本当にレティ様とも同等以上になれると」
更にシスティナが加える。
「お祈りは今もしません。もっと大事なことを私は知ったんです」
対してティアもしょんぼりと俯く。システィナの言葉通り、本当に苦手だったのだろう。
そして、歩み寄られたところで断固として祈らないのもティアらしさだ。
「それは、でも結果的には素質は間違いなくて。お祈りをしなくともティア様の場合は、他の誰にも出来ないことが出来たんですね」
システィナの視線がドラコに注がれる。
「専門家の人が言うには、お祈りしないからドラコは生まれてこられたんだそうです。神様にあげるのとは違う魔力が、この子には必要だから」
ティアが小さな声で説明する。日常的に祈りを捧げる筆頭聖女には言いづらいことだ。
「ごめんなさい。謝罪に来ておいて、かえって気を使わせてしまいましたね」
システィナが苦笑いだ。
「いえ、システィナ様こそ、あんなことになって、お辛いと思いますから」
ティアが慌てて両手を顔の前で広げる。そして首を横に振った。
そして助けを求めるようにリドナーの方をみる。やはり相手が真面目すぎて苦手な様子だ。
「大変でしたね。あんな見せ物みたいにされそうになって。俺は他国人だから分からないところもあるけど、でも、筆頭聖女とまで言われる人にすることかって、思いましたよ」
リドナーは助け舟を出す。たとえ会話のことでもティアを助けられるときは助けるのである。
「ええ、お二人には申し訳ありませんが、やっぱりルディ殿下のおかげで救われたところもありました。だから尚更、申し訳なくて」
システィナが弱々しく微笑む。
「あれは殿下が悪いので、システィナ様はもう、謝らないでください」
ティアがまた元のところに戻って告げる。
「気にしないでください、あと」
ティアが恥ずかしそうにモジモジとし始めた。
なんだというのか。可愛らしいがリドナーにも意図が分からない。
「お友達が、私はあんまりいません。仲良くしてくださると、私はとっても嬉しいです」
あまりに可愛らしいので、リドナーは鼻を押さえ、抱きしめてしまう。
「ひゃんっ」
ティアが驚いて悲鳴をあげる。
「ピッ」
「ジッ」
同時にリドナーは2頭の幼竜から体当たりをされてしまう。
「ぐあっ」
そしてあえなくティアを解放してしまうのであった。
「ふふっ、可愛い。こちらが噂の神竜様ですか?」
システィナがドラコに手を伸ばす。
「ジッ」
すかさずサンタが今度はシスティナとドラコの間に割って入る。
「ピ?」
一方、当のドラコがきょとんである。
「そっちの白いたてがみの甘えん坊がそうです。黄色いのはサンタっていう暴れん坊です」
端的にティアが紹介した。
「凄い力を感じる。レティ様とはまた違う素質を、ティア様も豊かにお持ちなのね」
しみじみとシスティナが言い、ティアに微笑みかける。
「そんなんじゃないです。私はヒーラーです。ドラコの親代わりはしてますけど」
照れ隠しで頬を赤らめながらティアが言う。
「あまり、皆さんのお邪魔をしてはいけないので、私は失礼しますね。仲良くしてほしいなんて、私なんかにはもったいない御言葉ですけど、でも、神殿にいらしていだければ。ぜひお越しくださいね」
そしてたおやかに微笑んでシスティナが部屋を去る。
ティアがじっとうかがうように自分を見つめていた。
「なんだい?」
リドナーは尋ねる。
「システィナ様はとてもお綺麗でね、あの変なご近所との婚約さえなければ、お姉ちゃんの次くらいに大人気だったんだよ?」
ティアが妙なことを言い始めた。
「俺はああいう隙のない人は苦手だし、どうなったって、ティアちゃんより可愛い人はいないよ」
恋人ゆえのヤキモチがあまりに嬉しくて、リドナーは破顔するのであった。




