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落ちこぼれ聖女は絶対に祈らない  作者: 黒笠


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19/21

19 ジャクソンの好機と岩の亀

 こんな好機が今後、自分の人生に訪れるだろうか。

 私服姿のシスティナを目の当たりにし、ジャクソンは固まった。これまでは聖女としてのローブ姿しか見たことがない。白地に金で縁取りされたものであり、凛とした雰囲気も良いのだが。

 白いブラウスに水色のロングスカートという、今は清楚な服装である。

「えぇ、本日はお招きいただき、まことに光栄至極」

 上手く口が回らぬまま無理矢理に挨拶をして頭を下げる。

 ここはコナーズ伯爵家の玄関口であった。

 屋敷は特によく見かける貴族邸宅であり、変わり映えもしないはずなのだが。システィナ1人いるだけで空気が清廉に感じられるのだった。

「騎士団長様にお越しいただけるなんて、当家としても名誉なことですわ」

 柔らかくシスティナが微笑む。

(改めて。ロラン・シセイは正気ではない。こんな御方が毎日、俺の帰還を待ちわびてくれる。そんな日を想像してみればいい)

 ジャクソンは思い、逆に幸運を掴もうとしている自分の判断に自信を深めた。ジャイルズに負けてはいられない。

(まったく、グラムの奴め)

 友人の貴族の私兵を思い出す。女性の口説き方を赤裸々に教えてもらってはいるのだが、まるで参考にならない。おそらくグラムが口説いてきた女性とシスティナ・コナーズとは全くの別物だろう。

「申し訳ありません、システィナ様。俺のような者が公然と言い寄るなど」

 ただ夢中だった。

 あの後、一呼吸遅れて、自分はシスティナにとって、断りづらい場面を突いてしまったのではないかと自問自答したのである。

「いえ、私もあんな事の後で、お声をかけて頂いて。お手紙も頂いてましたから、ただ」

 システィナがはにかむ。翼竜を撃ち抜いたのと同一人物とは思えない愛らしさだ。

『ただ』何なのだろうかが、ジャクソンの気にかかる。

「私のことは、ただシスティナと。騎士団長様に『様』付けで呼ばれるなんて、畏れ多くてそのたびに身がすくむ思いです」

 なんとも無理難題を吹っかけてくるのだった。対等な口を利けと言う。

 長年、筆頭聖女として敬ってきた相手なのである。

「いや、それは」

 ジャクソンは言い淀む。

「では、私にずっと、堅苦しい呼び方をなさるおつもりなんですの?」

 システィナが淋しげに言うのだった。

(それもそうか。いや、敬意は維持するが、俺は婚約を申し込んだ。かえって距離を感じさせるのも、間違っているか)

 ジャクソンは思い直した。

「では、システィナ殿かシスティナ嬢と呼ばせてください」

 どちらにせよ堅苦しいままの気もするのだが。ジャクソンは頭を掻きながら告げる。

「宜しくお願い致します、ジャクソン様」

 静かにシスティナが頭を下げるのだった。片やシスティナの方は『様』付けのままではないかとも思うのだが。貴族令嬢の呼び方なのだろう。

「俺は長年、システィナ嬢には助けられてきましたから、当初、堅苦しかったのはご容赦ください」

 ジャクソンは笑って告げる。上手く笑えているかも疑問なのだが。いつもは騎士たちとの訓練や任務で仏頂面ばかりの顔だ。

「殿方とお話をするのも久し振りです。司祭様以外は女性ばかりの環境ですから。でも、ジャクソン様からすぐお話があって、父も私も素直に嬉しくて」

 美しいばかりではない。年相応の愛敬もシスティナが見せてくれる。まだ20歳にも満たないはずだ。

 自分も手が届くかもしれない。そう意識させられているから魅了されている。ジャクソンにも自覚はあった。

「では、こちらへ。当家の庭へご案内致します。父は今、少々、領地のことで出回っておりまして」

 システィナが背中を向ける。華奢な少女の背中だ。魔獣討伐の時には、ジャクソンですら大きく感じることもある背中だったのだが。

 邸宅内を抜けて、中庭へ向かうようだ。

 ジャクソンもルディのの護衛として、各貴族の邸宅を回ることも多かった。

(貴族の邸宅としては、平凡なぐらいかもしれん。しかし)

 システィナが聖女であるからか。

 やはり空気が澄み切っている印象だ。途中、すれ違う侍女や使用人なども自分を見ると嬉しそうな顔をしていた。

(慕われているのだな。ではロラン・シセイなど来れば石でも投げられかねん)

 ジャクソンとしては微笑ましくもなる。

「自慢するほど他家のものほど、豪奢ではありませんが。庭師の人がいつもよく整えてくれていて、私は、時折、休んでいて、落ち着くのですけど」

 自慢するわけにもいかず、それでいて庭師を労いたいシスティナが庭を見渡してジャクソンに告げる。

「豪奢であれば良いというものでもありますまい」

 ジャクソンも頷く。

 嫌味なぐらいに珍しい木々や石の造形物で埋まっていたのが、ティアの実家ブランソン公爵邸であった。若干、悪趣味であったようにすら感じる。

(よく、あの凡庸な人々から、大聖女レティ様や竜の卵を孵すような少女が生まれてきたものだ)

 つくづくジャクソンとしては思うのであった。





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